零の旋律 | ナノ

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 今回水波が事件の調査に自ら率先して乗りだしたとき、単身では戦闘面に不安が残るため、戦闘に特化し、なお且つ頭のいい彼らを雇ったのだった。勿論非公式に。細かい事情は何一つ話していない。
 今回の事件が、必ずしも志澄律が行ったとは限らないのだ。
 貴族等裏の固まり、それこそ魔術師の総本山と呼ばれる雅契家でも、暗殺者の白銀家でも、それの分家である、水霧、夕霧等の可能性だって零ではない。零じゃない状況で、志澄律だという先入観を持ってことに当たるのは危険極まりない。それを水波は知っているからこそ、二人には何も告げなかった。
 そして前回のときとは全然違う違和感を覚える。


「なんで……こんなに荒いんだ」

 思わず、その違和感を口に出してしまう。今回は彼の仕業じゃないのかそんなことが頭を過る。以前の時と様子が違いすぎる。ひと言でいえば、荒い。


「時間なかったんじゃないですか?」

 それに反応したのは、補佐官の悧智(りさと)だった。
 一応は敬語らしきものを使っているが、顔には敬語なんて面倒だと色濃く表れていた。
 補佐官と軍師じゃ、軍師の方が立場上だしねと水波は心の中で笑った。水波は別に立場を気にする人間ではなかったため、ため口を聴いてきたとしても、それが余程のものでなければ気にしない。

「時間?」

 でもそこにはあえて触れずに、悧智の言葉に返答する。

「多分、俺たちが屋敷の中に入った時、犯人はまだいたんですよ。まだいたけれど、俺たちがやってきたから、犯人は慌てて“出来る限りの”後始末をして逃げたんじゃないですか。そういう気配がしたし」
「成程ね。確かにその可能性が一番でかいか。死体の状態……死後どれくらい立っているが、現状では判断できないからなぁ。普段ならそれくらいなら僕だって可能だけど、この状況じゃあ無理だ。気配云々に関しては苦手だからなぁ……元々専門じゃないし」
「ってか俺だってそこまで遠く離れた気配はわからねぇよ。悧智の場合、屋敷に入る前に術を使って色々やっていたからな」

 そこに隊長櫟(いちい)が口を挟む。隊長の方は水波に敬語を使うつもりはないようだ。

「術専門だって、気配に鋭いわけではないですよ。……だから、予めそういったものが察知出来るように仕込んでおいただけです」
「流石」

 水波は素直に感心する。白き断罪最強の術師と謳われるだけあって、術に関しては申し分なかった。そしてそれを応用出来る頭脳にも。

「……んじゃあ、敬語みたいなの止めてもいいですか?」
「苦手?」
「はい」
「別に僕はそういったもの気にしないからいいよ」
「じゃあ、素でいくわ」

 いいよといった次の時からすぐに素に切り替える辺り、水波はその適応能力に感心した。

 ――というか本当に悧智は聞いていた通り、上下関係気にしないし、上に対する気遣い
が苦手なんだねぇ。それは長所にも短所にもなりえる魅力とでもいっておこうか。

 水波は一人考えながら、周辺を見回す。
 櫟も悧智も各々の作業を始めていた。櫟は無線で応援部隊を要請している。これから 専門家がこの場にきて、詳しい現場検証をすることだろう。
 彼らは出来るだけ証拠が消えないように、現状を荒らさないことが重要だった。
 未然に防ぐことには失敗した。

 ならば、犯人を捕まえること、それが次にすることだった。
 まだ、事件が起きてから一時間もたっていない。時間が経過すればするほど、犯人は捕まりにくくなるだろう。曖昧になどさせない。
 今此処で起きていることは、現実なのだから。
 なかった事にはしない。彼の記憶の隅には追いやらない。


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