第一話:対峙 『再び対峙することになるとはね』 水波は書類と睨めっこをしていた。 「……」 書類を見ている時あの時の光景が何故か目に浮かんだ。それは数カ月前に出会ったあの少年と呼ぶには聊か抵抗のある人物――志澄律。 十七歳という年齢とはとても思えないほど実力を備え、それを実行出来る行動力も備えている。目から鼻えぬけるような――そして壊れている少年。残酷で歪で、けれど一途で。油断ならない相手。 その顔が水波の脳内で再生された、それは再び何かが起こる前触れなのだろうか、水波は机の上にある緑茶を一杯飲んだ。 少し酷使した脳の休憩時間。 水波はため息をつく。もしこの嫌な予感が当たれば殺人事件が起こる。 それも残虐で残酷で、そこに一切の情はない殺人が。そしてこのままいけば、また犯人が捕まることはなく事件は迷宮入りするだろう。嫌な予感は当たらないに越したことはない。けれど水波の長年の経験が、嫌な感が確固たるものへ変わる。 「もしかしたら……」 上層部は事件の犯人を知っているのではなかという疑惑の念が浮かび上がる。 水波自身、軍師と呼ばれる階級には昇り詰めているがそこが終点ではない。もっと上があるそれこそ雲のような存在たちが。 その上層部の人間たちは始めから律が犯人だと知っていたとしたら―― 「何も変わらないか」 知っていたところで、捕まえられなければ意味がない。それに貴族と軍はあまり仲が良くないのも事実。 裏で繋がっていない保証は何処にもない。下手に上層部に立てつく必要はないのだ。 この縦社会の中で。横の繋がりが希薄とは別に言わないけれど、それでも決して深くはない。浅い表面上だけの繋がりだろう。水波はそう確信する。 証拠はまたしても何もない。ただ、水波の推論と憶測から導き出した憶断でしかない。それでも水波はその憶断に自信が持てた。 「……可能性が零じゃないなら、むしろ百に近い方なら、何もしないわけにはいかないか」 水波は立ち上がり、自室を後にした。再び同じような惨劇を繰り返さないために。 ――僕はまだ、国を愛している。 例え、それがどれ程腐敗していたとしても、綻びを治せないほど歪んでいても、それでも愛していることには変わりない。 この国を、世界を愛しているからこそ、水波は軍人になる道を選んだのだから。 「さて、この間と同じようには行かないよ」 [*前] | [次#] TOP |