T 状況は一転して臨戦状況死闘開始 「どぉりゃああ」 声を荒げて千朱は一心不乱に突っ込んでくる。右手の拳を高く上げ、水渚に一片の迷いもなく殴りかかる。 「ちっ」 身軽な動きで水渚は交わすが、余裕はなかった。すれすれの処で避けた、もし後一瞬遅ければ千朱に殴られていたことだろう。僅かに冷や汗が流れる。 水渚は後ろに数歩とび跳ねながら下がる。 しかし、下がるのより早い速さで千朱が突っ込んでくる。単調とも思える攻撃。 だが水渚にとって交わすのはそこまで容易なことではなかった。 目で見切れても身体の反応が追いつかないのだ。それでもすれすれのところで攻撃をかわせるのは今までの経験があるからこそ。 「避けるなぁあ」 千朱は叫ぶ。何回攻撃しても、擦れ擦れのところで水渚が交わしてしまうからだ。 「そんなこと言ったって、明らか打撲じゃ済まないような攻撃じゃないか」 水渚は数歩下がったところで距離を取ることを諦める ――得意じゃないんだけどなぁ 水渚の周りに泡が浮かぶ 「!? なんだこりゃ」 「僕は格闘家じゃなくて術者なんだよ!」 水渚の泡が炸裂する。周囲に拡散したと思えば、泡は破裂して、小さな泡を周辺に散らす。そして小さな泡はまた破裂してを繰り返す。 「だから、とっととくたばりな!」 無数の泡が宙に散乱する。 千朱には避けようがなかった。 無数の泡が千明を包み、一気に破裂する、無数の破裂音が周囲に響く。 だが、その泡の包囲網を無理やり破って千朱水渚の顔面まで迫ってきた。無数の切り傷、服は所々破れている。頬を伝う赤い雫、しかし傷を気にする様子なく、千朱は水渚に手を伸ばし胸倉をつかみ、そのまま勢いで水渚を地面に押し倒した。そしてその上に跨る。 「くっ……」 衝撃が水渚を襲う。此処がコンクリートではなく砂というのが唯一の救いだろうか。 「捕まえたぜ」 「ちっ……」 此処までの至近距離では術を使えない。自分自身を巻き込む可能性が非常に高いからだ。 千朱の不敵な笑みが、金色の瞳が、髪が間近に見える。 ――あぁ、やっぱり綺麗 千朱は右手を上に上げ、水渚を殴ろうと振り下ろしたその時 千朱の二の腕を何かが霞める。 「つっ!?」 驚いて何かが掠めたものがきた方向を見る。 死を覚悟した水渚も同様だった。目を見開いていて、自由がきく首を回し周囲の様子を伺う。 「水渚がいったことをは、水渚にとっては本当だよ?」 目の前に現れた人物は、漆黒の腰まであるストレートの髪の毛が揺れていた。猩々緋の瞳が細めて千朱を見下したように見ている。右手には薄香色の拳銃が握られている。 ――何時の間に 何の気配も感じさせずに現れたその人物に千朱は驚きが隠せなかった。 驚愕に見開かれた瞳がそれを語っている。 「相変わらず、栞ちゃんは唐突なんだからぁ」 一方その人物と顔見知りなのか、水渚は顔を緩ませ話しかける。 「ちゃん付けは止めろって何度言えばわかる」 銃を千朱に向けたまま、水渚に栞と呼ばれた人物は水渚と話す。殺伐とした雰囲気が僅かに和む。 「……オイ、こいつが言ったことが本当ってどういう意味だ?」 「ん? あぁ、そのままの意味だよってこと。つまり水渚は“それ”について何も知らないってこと。自ら墓穴を掘ったね、そして早合点だったね」 侮蔑するような口調に千朱は不思議と怒りは湧いてこなかった。むしろ毒を抜かれた感じだった。 [*前] | [次#] TOP |