零の旋律 | ナノ

Peace that collapsed


+++
 アルミヤにおいて小さな小さな、住民数四十人程度の村シアトに二人の人物がひっそり暮らしていた。

「奈月ちゃん、是おやつにでも持っていきな」

 ローズレッドの髪をお下げに結んだ眼帯の少年とも少女とも取れる容姿をした人物へ老婆がリンゴを投げる。奈月ちゃんと呼ばれた人物がそれを受け取る。掌に収まる林檎は艶があり美味しそうだ。

「有難う、美味しく頂くよ」
「新鮮なうちにどうぞ」
「うん」

 同じような木造建築の建物が数件並ぶ中、間違えることなく暮らしている家へたどり着く扉を開ける。

「ただいま」
「お帰りなさい。それは?」

 室内には一人の人物がいた。アイスグリーンの髪がゆったりと伸ばされ、後で結ばれている。特徴的なのは、動物の耳のような形に癖のある一部の髪と、カーマインからレモンイエローのグラデーションがかかった瞳だ。柔和な笑みを浮かべる。

「リンゴ。貰ったんだ、李真食べるよね?」
「えぇ、頂きますよ」
「じゃあ剥いて」
「はいはい」

 李真と呼ばれた青年が、リンゴを受け取ると手慣れたナイフ捌きでリンゴをむいていく。皮を全部向くことはせずに、兎の形に切り取り、それを皿に並べてフォークを出す。
 李真と奈月、嘗てアルシェンド王国のアルシェイル学園に在籍していた人間だ。様々な事情や原因――そして、縛られた過去から、未来を向くために学園から離れて、外の世界へ出た。李真と奈月が選んだのは、四カ国との関わり合いが薄い、島国アルミヤだった。そこで一年間ひっそりと暮らしていた。
 最初は料理が出来なかった奈月と李真だが、一年の間自炊するにあたって多少は出来る腕前へ変わった――主に李真が。
 李真が剥いたリンゴにフォークを刺して、奈月は頬張る。村の人がくれたリンゴは瑞々しくて美味しかった。以前一日一食が当たり前だった奈月は未だ食事の量が少ないが、それでも以前よりは率先して食べるようになっていた。僅かずつだが、一年の間で奈月と李真には変化が訪れていた。
 けれど平穏な場所だと思っていた場所が、軋み音を立てて崩れることは――ある。何時までも普遍な日常などないのだから。

「李真? 食べないの? どうしたの?」

 林檎ではなく窓の先を李真は凝視していた。

「……奈月」

 李真の視線が柔らかいものから鋭く変貌する。奈月はただごとではないと、口に含んでいた林檎を急いで咀嚼して飲み込む。

「こっそり逃げるぞ」

 柔らかい丁寧な口調から、本来の口調へ李真が戻っている。何が起きるのだ、と奈月の手は僅かに震える。

「何かあるんだね」
「あぁあんまりいい雰囲気は感じないな」

 奈月の手を握り李真は裏口へ向かう。裏口は山に面していて村の中心部からは見えない位置にある。ひっそりと出て森を走れば無事に逃げられるだろう、と思い李真が扉を開けたが、そこから足は動かさなかった。

「どうしたの? 逃げるんじゃなかったの」

 奈月が怪訝そうに問うと、李真は顔を渋らせる。

「駄目だ。……張り巡らされている」
「何が?」
「糸だ。この村を囲うように糸が周囲に張り巡らされている。殺傷能力があるか、まではわからないが村人を誰一人逃がさないための処置だろう。前言撤回だ下手に村から出ない方がいいな」
「僕には全然見えないけど……?」
「目を凝らして一点を凝視しろ、視認出来るか出来ないかの間くらいで糸があるだろ」

 李真が指を刺した方角を奈月は目を細めて凝視する。

「むむむ……ないよ……ん? あれ、本当だ。言われてみれば、何かがおかしい。これが糸のある風景なんだね」

 奈月が必死に凝視してようやっと糸があると気がつけたが、どれくらいの規模で張り巡らされているのかまではわからない。
 それを李真が一瞬で見抜けたのは、李真が糸を武器としているから――同じ武器だからこそ、気がつけたのだろう。


- 3 -


[*前] | [次#]

TOP


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -