零の旋律 | ナノ

When he is bad


 お裁縫セットと呼ばれる、未継、依有、裏咲の三人はアルミヤの首都ミヤノへ赴いていた。仕事ではなく休日を謳歌するのに買い物を仲良くしていたのだ。
 尤も、未継は好きな瞳を発見すれば抉り取る気満々だったし、絶賛恋人探し中の依有も、好きになれそうな人を探している。そんな様子を眺めながら裏咲は面白いことがないかと探している。求めているものを探していた。

「お前たち……また何かをやらかしにきたのか?」

 見知った声が硝子に展示されたアンティークを眺めていた三人へ向けられる。

「久凛」

 声をかけてきた人物の名前を未継は呼んだ。
 久凛と呼ばれた女性は、パープルの髪を肩で切り揃えていて、クラリットの瞳からは理知的な雰囲気が漂っている。白の上品な服装に身を包んだ姿は、何処かの令嬢のような雰囲気を漂わせながらも、凛とした表情や引き締まった無駄のない体つきがただの令嬢ではないことを伝えてくる。

「またって、僕らまだ何もやらかしてないよ」

 依有が笑うところでもないのに笑顔で返答する。

「あいつはいないのか?」

 久凛が周囲を興味深く見渡す。彼女とはある人物を通じて知り合った。

「残念ながら、貴方のお目当てである架秦は組織に籠って折り紙をしていますよ」
「そうか、それは残念だ」

 ある人物とは架秦だ。架秦がいないことに久凛は落胆する。
 彼女は人格破綻者が集まると言われている類とも組織で際立って危険人物である架秦に恋をしている稀有な人物だった。
 そして――人間大好きな架秦が唯一嫌いと断言する人物でもある。
 彼女の姿を見る度に、架秦は折り紙を炸裂させて抹殺しようとする。殺意を交わし続けて愛を叫ぶのだから、彼女の実力も折り紙つきであることを未継たちは理解している。その細腕からは想像しにくい大鎌を自在に彼女は操る。
 正式名称ザインは、探し物を探すための組織だ。
 架秦はその探し物を既に見つけている――嫌いな人間を見つけたいという願いを叶えているが、未だに架秦は類ともに在籍し続ける数少ない人物だ。
 その架秦と接点が多いお裁縫セットを久凛は見かける度に声をかけてくることが多かった。
 未継は久凛の姿を見る度に、あの人格破綻者の何処を好きになったのか心底理解不能だった。架秦以外には存分に発揮できる物事を冷静に判断出来る怜悧な頭脳を架秦にこそ発揮してほしかったとさえ思う。
 さらに理解不能なのは、才色兼備の言葉が相応しい久凛のことを、どうして架秦は大嫌いになったのかということだった。
 架秦の本性を知って愛を紡いでくれる女性など、この世に存在しないと未継は信じて疑わなかったのを久凛の登場で覆されたことを今でも鮮明に覚えている。

「ほんとさ、なんで久凛は架秦のことが好きなんだ? 人格破綻者すら可愛く見える人格壊滅者だろ」
「壊滅者とはまた酷い表現だな……何処が好きなのかと聞かれても困るな。私はただ、架秦のことが好きだから、好きというだけだ。よくいうだろ? 別れることに理由は必要でも、愛することに理由など必要ないと」
「それは久凛の持論だと思うけどな」
「そうか? 未継。君も好きな人間が出来たら理解出来るよ」
「俺は目玉なら常に愛しているよ。人間の部位で目玉程美しいものは存在しない」
「今の君はそうだったとしても、いつか愛する人が出来るさ」
「そうかな」
「そうさ」

 架秦から嫌われていて、何度も殺し合いを重ねて愛を叫ぶなどという行為を未継は自分の立場に置き換えてみると到底出来る気がしなかった。
 それを年単位で実行し続けるのだから久凛の実力もさることながら、不動の愛を実感する。

「では、君たちが悪さをしないようならば、私は行くよ」
「悪さしないってどーいうことさー!」

 頬を膨らませて依有が抗議すると、口元に手を当てて妖艶に久凛は笑った。

「むー」
「こら。依有。行儀が悪いですよ。久凛、それでは」

 裏咲が丁寧にお辞儀をすると、その姿を久凛は一瞬だけ目を細めた。僅かに冷ややかな空気になる。
 しかし、次の瞬間冷気は拡散し、元の気温へと戻る。久凛が御裁縫セットに背を向けて歩き出したからだ。

「あららー。最後久凛に睨まれちゃったー」

 依有が特に気にした様子もなく軽々と言う。

「そうですね」
「いや、裏咲が悪いだろ」
「失礼ですね、私は何もしていませんよ?」
「何もしていないことが悪いってことなんでしょーがー」
「久凛自身の言葉と矛盾しますよ、それは」
「仕方ないでしょー。僕らはともかく、裏咲は“何もしていない時が一番悪いんだから”」

 依有は無邪気に言い放った。


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