Given warmth 恒衛は森の中を颯爽と走る。血の跡が、自分の痕跡を消してはくれないことはわかっていたので、音を隠すことも気配を絶つこともしなかった。 ただ、ひたすら一心不乱に走る。少しでも、少しでもあの村から離れるために。温かくて掌にずっととどめておきたかったあの村を失うことは避けたい。 恒衛には求めていたものがあった。どうしても手に入れたいものがあった――はずだった。 だから、類とも――正式名称ザインという組織に所属した。 けれど、類とも組織の中で恒衛はやっていくことは出来なかった。人格破綻者の集まり、何をしてでも目的の物を手に入れると言う確固たる覚悟が恒衛には足りなかった。 覚悟が足りないのに怪物たちの巣窟に武器もなく入り込んでしまった。 故に脱走した。追手がくることを恐怖しながらも辿りついた村の人々は皆温かく得体の知れないよそ者である恒衛を受け入れてくれた。優しい人たちに死んでほしくない。だから恒衛は逃げていた。彼らに被害がいかないように。彼らが当たり前の生活を続けられるように。 やがて、回り込まれる。 「全く逃げてどうするんだよ」 未継がため息をつく。ストロベリーの瞳が呆れていることを告げている。 回り込んだのは依有と架秦だ。人間大好きと嫌いな二人に囲まれると、絶体絶命なはずなのに、笑えてきた。依有と架秦はそもそも人間を大好きになる資格も、大嫌いになる資格もないと声高に叫びたい心境に狩られる。 後は逃げ道を無くすように未継と裏咲が立っている。類とも組織内では比較的まともだと言われる未継は、確かに物騒な集まりの中では真っ当な会話が出来た記憶が蘇る。一見すると狂っていない印象を相手に与える、白いモコモコを身につけている裏咲はけれど、誰よりも狂っていると恒衛は断言出来た。 あぁ、これが一種の走馬灯なのかと思うと恒衛は笑えてきた。此処で死ぬのだと思うと怖くて笑えた。 「……さぁどうしてだと思う?」 恒衛が問い返すと、裏咲が間髪置かずに答えた。 「どうせ、架秦が村人を殺さないかもしれない選択肢を選ばせるためでしょう」 その表情からは呆れが見えた。否――それは呆れというよりも詰まらないという感覚だ。 「やっぱ狂っているよな」 恒衛は率直な感想を言った。 類とも組織は皆、何かを求めている。 面白いことを探している裏咲。大好きな人間を探していると言う依有。大嫌いな人間を見つけた架秦。どれもこれもが、おかしい。未継に至っては探し物を秘密にしているから恒衛は何を求めているのか知らないが、どうせ碌でもないと言うことだけは断言出来た。 だからこそ笑うしかなかった。 どうしてこんな組織に所属してしまったのか、自分でも理解出来ない。謝った道を歩んでしまったからこそ。その間違いを生産するかのように――此処で死ぬ。 ――あぁ。死にたくないな。 ――でも、せめて悪あがきだけはしないと。 恒衛は鞭を撓らせる。 ――願わくは、架秦が村人を殺さないという選択をすることを。 恒衛は走り出す。ただで死ぬつもりはない。せめて、傷一つでも与えられたら上々だ。 「折角だ。俺が殺してやるよ、恒衛」 架秦が折り紙を放つと一陣の風が踊る。ネイビーブルーの髪と共に、折り紙が空を乱舞する。椿のそれらは舞うのは美しいのに、残酷な威力を誇る武器だ。 風に誘われて恒衛へ襲い掛かる。次から次へと爆発する。恒衛は爆風の中を通り抜けて架秦へ鞭を振るう。架秦は微笑む。その手に握られた真っ白な薔薇が――ひと際美しく輝いた。 恒衛は身体の感覚が次第に消えていくのを実感する。 最後の鞭が架秦の頬をかすめたのを見届けたのを最後に恒衛の意識は消え去った。 架秦は頬から流れる血を腕で拭き取る。 「で、どうするのですか? 村に戻ります?」 裏咲の言葉に架秦は首を横に振った。別に恒衛の思いをくみ取ったわけではない。 ただ、見える範囲に人間がいないからならば恒衛だけを殺せばそれで済むことだと架秦が判断しただけのことだ。 人間が大好きだからこそ殺すか生かすかの選択肢しか出来ない――例外的な存在も、勿論存在するが――故に、架秦はこの場にいない人間を大好きだからこそ殺すことはしなかった。 「では帰りましょうか」 裏咲の言葉に、架秦は頷く。 瞳が欲しい未継と、恋人になってほしい依有だけは少々不満そうだったが、文句は言わなかった。 仕事は終わった。あとは類とも組織に戻って依有が夕食を作るだけだ。 [*前] | [次#] TOP |