零の旋律 | ナノ

New Journey


 架秦が走り出したのに裏咲、依有、未継と続く。嵐が過ぎ去ったような感覚に李真はほっと一息つく。
 恒衛の選択肢が正しかったのかはわからないが、少なくとも今現在、生命の危機からは脱することが出来た。

「奈月。大丈夫ですか」
「……うん。大丈夫」
「止血しますよ」
「うん」

 李真が服を破って、それを奈月の手首に巻いていく。奈月の顔色が青い。血を流しすぎたのだろう。足取りもやや覚束ないようだ。
 李真は村人の方を振り返る。どう反応していいかわからないという表情を浮かべていた。当然だろうと思ってそのことに関して李真は気にとめない。

「さて、どうします?」
「こ、恒衛君は……?」
「どうして逃げたんだ……?」

 村人の言葉が次々と質問を投げかけてくる。

「恒衛は、私たちを助けるために逃げました」
「やっぱり恒衛君は優しかったんだ」

 物騒な人たちが襲ってきたから、恒衛もその同類だったのではないだろうかという疑問が心中に渦巻いていたのだろう。無理もないと李真は思う。

「でも、恒衛は大丈夫なのか……?」
「恒衛は大丈夫ですよ。彼らから逃げ切れる自信があったから逃げたのでしょう」

 李真は人を安心にさせるような柔和な笑みで平然と嘘をついた。
 お裁縫セットと呼ばれる三人と、その上司が相手では逃げ切れる可能性は限りなく低い。
 零とは言わないが、常識的に考えれば無理だ。恐らく恒衛は殺害される。

「……彼らが戻ってこないうちに、村を棄てて逃げるか、それとももう戻ってこないと信じてこの場所に留まるか、どちらかを選択するべきだと思いますよ」

 李真の言葉に、村人は息を飲む。
 類とも組織が突然強襲してきて、平和を壊された。死の恐怖に身体が震えた。彼らは微笑を浮かべたまま人を殺せる集団だ。
 これ以上怖い思いをしたくない。大切な家族を失う危険に晒したくない。しかし、此処以外に逃げる場所があるかと問われれば、あるとは答えられない。
 小さな中で皆が手をとり支え合い暮らしてきた、静かな村だ。

「……私らにゃ決められんよそんなこと」

 誰かがぽつりと漏らした言葉に皆が頷く。李真はでしょうねと返事をした。

「(このまま運が良ければ戻ってこない可能性もありますが、どちらにしろ)では、下手に逃げるよりも、恒衛が逃げ切ったと信じて、彼らが戻ってこないことを祈りましょうか」

 李真の言葉に村人は恐怖を表情に現したまま頷く。それが彼らの選んだ選択だ。

「逃げた所で、逃げ切れるかどうかなんてわからないのですから」

 村に留まることを選択したのならば、自分の言葉が少しでも選択への後悔を生まない安心材料になればいいと思い呟いた。

「……でも、私と奈月は村を移動します」
「えっ」
「どうしてだい」
「ずっとここにいたかったんじゃないのか!」

 村人が次々と声をかけてきて引き留めようとしてくれる。その心遣いが李真にはありがたかった。出来ることならば、この村に留まり続けたいとは思っていた。
 それでも

「私はどうやら、あの頭に花を咲かした人に目を付けられたようなので……このままこの村に住み続ければ、貴方達に危害が及ぶ可能性があります。ですから、私と奈月は逃げます」

 此処にはい続けられない。
 人を安心させるような微笑みを李真は浮かべる。内心では、あの厄介頭に花を咲かせた依有という人物を思い浮かべ舌打ちをする。彼はまた今度を言っていた。
 ならば今度がないうちに逃げるのが得策だ。

「でも子供二人で……」
「大丈夫ですよ。私が奈月を守りますし、私は弱くありませんから、ね。……今まで楽しかったですよ、それでは」
「李真! 奈月!」
「……ごめんね、有難う」

 引き留める声を李真は無視して、奈月は風で描き消えるような声でお礼を呟いて、村を後にした。

「奈月、こんな選択ですみませんね」
「……別に僕は何処でもいいよ、李真がいるならね」
「じゃあ次は何処にいきましょうか。態々偽名を使わなくていいこの土地には残っていたいですし、また小さな村でも探しますか」
「うん。そうしよっか」
「今度こそ定住出来るといいですねぇ」
「あの頭に花が咲いた奴が現れなければ大丈夫じゃない?」
「まぁ確かに。今から密かに殺して置くのも得策ではありますが……」
「李真と体術で互角に渡り合っていたってことは、あれを殺そうとすると李真は――使うんでしょ?」
「……恐らくな。それはそれで面倒事になる可能性が上がる。なら、姿を隠す方がきっと利口だ。まぁ彼らの動向には念のため気をつけておくさ」

 李真が素の口調で奈月に返答をした。木々が風によってささめきあい、木の葉が散る中、新しい居住場所を見つけて放浪をする。


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