零の旋律 | ナノ

Release


 李真の視線は恒衛に向く。類とも組織に所属していたのならば戦えるはず。恒衛を解放させるのが優先、しかし、今この場で自分が村人の前から離れるのは得策ではないと判断した。
 カーマインの髪にモコモコを来た人物裏咲が動かないのを見ると、戦闘行為は不得意なのかそれとも――周囲に糸を張り巡らせた張本人なのか、李真は後者だと判断する。
 上司である架秦が動いてこないのは様子見か、はたまたお裁縫セットの実力を信頼しているのかだろう。
 針と針がぶつかりあう。細い針が李真の手から抜ける。武器がなくなった。

「ちっ」

 依有の蹴りが頬の隣を通って行く。風だけで肉が切られそうだ。後方へ回避して李真はバランスを整える。


 奈月は李真と依有の攻防を眺めながら最善の策を考える。黒服に身を包んだ彼らが正直言って恐ろしい。怖くて手が震える。
 それがただの怯えに彼らに映っていることは理解している。
 ただの――何者出来ない人間だと思われていることは理解している。別に意図してやった演技ではなく、本当にただただ怖くてたまらない。
 奈月は深呼吸する。恐怖をやわらいでくれる亜月も閖姫ももういない。どれだけの歳月がかかろうとも一歩前に進むと決めた。だから離れた。
 ――李真。
 奈月の縄の周りに僅かな陣が生まれる。幸運なことに予想外に李真が奮闘していることによって類とも組織の目線は李真とそして恒衛にしか向いていない。奈月は蚊帳の外だった。それ故に展開術式で縄を分解したところで、誰も気がつかなかった。
気がついたのは奈月が走り出した時だ。

「は!? 縄は!?」

 未継が驚いて声を上げる。恒衛程雁字搦めにしてなかったとはいえ、素人が抜けだせるような縄の縛りはしていない。否――縄が跡かたも無く消えていた。

「展開術式か!」

 未継は鋏を投擲した。魔法陣を描きながら投擲された鋏に奈月は咄嗟に頭を伏せる。頭上を通過して建物に突き刺さった鋏は建物を一瞬にして灰へ変えた。
冷や汗が流れるが、二撃目の鋏が投擲される前に何とか恒衛の下に辿り着き展開術式で瞬時に雁字搦めなっている縄を分解した。

「奈月ちゃん!? ってあっ! ちょっ待て!」

 鋏が再び投げられる。解放された恒衛は戦わない選択肢がなかった。鋏を防御魔術で防ぐ。防御陣にひびがはいる。魔術の腕は未継の方が上だ。恒衛は奈月を抱えて、その場から離れる。

「あう……有難う」

 抱えた奈月を地面に下ろす。恒衛がきりっとした目で嘗ての仲間を見る。

「奈月ちゃん、有難う助かった。……展開術式だよな?」
「う、うん……僕、それだけは得意だから」

 ボソリと奈月が呟く。恒衛は組織を脱退した後も習慣で肌身離せなかった鞭を取りだす。しなやかに弧を描く鞭が未継向かって放たれる。
 未継は掌に防御陣を作り出し、攻撃を防ぐ。
 李真はいまだ依有と攻防を続けている。鋭い一閃が李真の頬を掠める。滴る血を李真が舌で軽く舐める。
 恒衛の鞭が撓る度に未継の防御陣が掌に瞬き、鞭の連撃を悉く防ぐ。

「ちっ……相変わらず厄介だ」

 恒衛は数度目の鞭が防がれた所で舌うちをする。未継が相手では相性が悪い。かといって、裏咲や架秦に攻撃出来る程の余裕はない。彼らが動きだしたら此方が不利だ。二人がまだ動かないのは有利を確信しているからに他ならない。

「奈月ちゃんは戦える?」
「…………一応」

 ぼそり、と聞こえてきた言葉に震えが混じっているのが聞こえて、恒衛は失言だったと自嘲する。
 ――奈月ちゃんも李真君も普通の子供だ。何を期待しているんだ。李真君が依有と普通に戦っているからって、それを奈月ちゃんも出来るわけではない。

「ごめん、いいよわすれて」
「…………」

 奈月から返答はなかったが、恒衛は戦いに集中した。無数の鞭が途中で幾重にも別れる。
 無数の鞭の束が未継の防御陣を破壊しようと襲いかかる。
 未継は防御陣でガードしながら、魔術を詠唱する。水色の球が九つ現れ、それが唸る竜の如く、襲いかかる。水の竜は途中で水滴を走らせ、水しぶきとなりて降りかかる。


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