零の旋律 | ナノ

In order to fulfill


 冬馬が女性に声をかけて目撃情報を得ていく、その横で閖姫は少女の外見をした少年が現れないか周辺を鋭く観察する。分担した作業が効率よく進む。限られた時間という制限がある以上、効率よく動く必要があり一分たりとも無駄には出来ない。
 暫く探索を続けた時、果たして――少年は見つかった。タイミングがいいのか悪いのか、黒服の男に服を掴まれているところだった。やはり少年一人では逃げようもなかったのだ。
 とはいえ、この時間帯まで逃げられていたのは運がいいと言うべきだろう。

「……やっぱ予想的中かよ」
「さて、どうする」
「お節介やくつもりもねぇけど、でも後味悪いのは嫌いだな」
「同感だ」

 冬馬の言葉に閖姫は同意してから、鞘に入ったままの刀の鍔を握る。
 目線で合図する。黒服の男は一人。しかも、カナリアに集中していて、自分たちの姿に気がついた様子はない。好都合だ、と閖姫はそっと気配を消して背後に近づく。背後まで近付いた時、男は不穏な気配を察知して振り返るが、既に遅い。鞘に入ったままの刀が鞘から抜かない居合抜きを閖姫は振るう。腹部に命中し、男は悶絶する。すぐさま閖姫はもう一撃加え気絶させる。

「お兄ちゃんたちは……昨日の」

 突然の出来ごとにカナリアは呆然とする。真っ白で汚れ一つ知らない服は、一日中逃げ隠れしていたのか、煤汚れている。

「よぉ、昨日ぶり。大丈夫か?」
「どうして……きてくれたの?」

 有難う、よりもカナリアは聞きたいことがあった。
 彼らはアルシェイル学園の生徒であり、彼らには彼らの生活がある。それなのに――自分を助けに来てくれたのだ。

「気になったから来たんだよ。案の定捕まっているし」
「うん……有難う」
「で、カナリアはどうするんだよ、このまま逃げ回るのは酷なことを言うようだけどお前じゃ無理だ」

 冬馬は遠慮なく告げる。カナリアとて、わかっていた。閖姫と冬馬に二度も助けられたのは幸運だ。三度目もあるとは期待しない方がいい。
 ただ――カナリアは外が見たかった。窓の外から眺める風景に憧れた。だから、屋敷から逃げ出した。
 けれど、自分自身の力では満足に外を出歩くことも出来ない。
 閖姫と冬馬に助けられていなければとっくに屋敷へ戻されていた。

「……」
「わからないなら、選択をやる。一つ、学園アルシェイルに来ることだ。アルシェイル学園は優秀な生徒なら誰でも歓迎する。お前のような治癒術使いなら当然入れる。二つ、お前の大本――つまり、実家に一度戻って話し合いをつけることだ、そこでお前の意思を示せ。三つ、出来ない逃亡を続けて捕まるかだ」
「最後のは選択っていわなくねぇか?」

 閖姫が顔を顰める。捕まるのは――選択肢として提示する必要がないように思える。

「選択だよ。逃亡を続けたいと言うのなら俺らが止める必要はないだろ」

 だが、冬馬は三つめも選択肢だと、断言する。逃亡を続けるのもまた――カナリアの選択であり意志だ。
 本当にカナリアがそうするのであれば、最早自分たちに出来ることは何もない。
 カナリアは伏して思案する。求めたのは自由。鳥籠の中から出ること、外の世界を体感すること。
 望みを叶えるために、逃亡した。けれど冬馬の言葉通り逃亡を続けても捕まるだけだ。

「アルシェイル……学園」

 アルシェイル学園の知識はカナリアにはあまりないが、冬馬の口調から察するに、学園に入学すれば――実家からは逃亡し続けることが出来る。
 けれど、果たして鳥かごの中から逃れるために、新たな鳥かごに逃げ込むことに意味はあるのか。
 ならば、カナリアがとれる選択は一つだった。実家から抜け出したからこそ外の世界を見たからこそ、そして閖姫と冬馬と出会えたからこそ出来る選択だ。

「……僕は話し合うよ、僕の望みを真正面から伝える」

 凛とした声で告げる。決意に満ちた瞳は、ゆるぎない意志を溢れさせてる。

「何処だ? 実家は」
「え……」
「何言ってんだ? 乗りかかった船だ、実家に行くってんなら最後まで付き合ってやるよ」

 冬馬の言葉に閖姫も頷く。後悔する選択はしたくない、それだけだ。

「有難う、お兄ちゃんたち」

 カナリアは嬉しかった。閖姫と冬馬が一緒ならばこれ以上心強いものはない。

「どう致しまして。それにお礼はお前の望みが叶ってからでいいよ」

 閖姫の言葉に冬馬も同意する。まだ、カナリアの望みが叶うとは決まっていないのだ。話をつけに行ったところで、望みが叶うとは限らない。

「それでも、僕は嬉しいんだよ、お兄ちゃん。だから、お礼を言わせて」

 カナリアの道案内で実家へ赴こうとして――開始数分で迷子になった。
 外出したのが初めてで且つ、逃亡しながらのカナリアが道順を覚えているはずもない。

「……カナリア。お前の名字は何だ? その身なりからしていいとこの坊ちゃんなんだろ?」

 冬馬は頭をかきながらカナリアへ問う。貴族の人間であるのならば冬馬は何処に住んでいるかわかった。

「フェルティースだよ」
「フェルティース家の人間か、成程な。ならこっちだ」
「おい、わかったのか?」
「わからなかったら歩いていないさ。フェルティース家ってのは上流貴族だよ」
「よく知っているな」
「そりゃ、閖姫とは頭の出来が違うからな。フェルティース家はまぁ確かに治癒術にひいでた家系だったな。それでもカナリア程の高位治癒術師は見たことがねぇが。フェルティース家は保守的な所があるから、恐らくはカナリアが外で目をつけられるのを拒んだんだろ。だから守るって意味合いも兼ねて閉じ込めていたんだと思うぜ」

 冬馬は先導しながら、自分の推測を――恐らくカナリアが知っている以上の実家のことをペラペラと話す。

「そう、だんだ……」
「ん? あぁそうだと思うぜ。貴族ってのは、大体どこも保守的だし、自分たちの既得権益を守るためなら結構何でもありありって感じだからな。まぁ、それでもフェルティース家は他の貴族から見たら綺麗な貴族だと思うぜ」

 それはまるで、貴族の現状を見てきたかのような口ぶりだった。だが、閖姫は何も言及しないし、貴族でありながら、貴族に詳しくないカナリアが言及するわけもなかった。

「……黒服さんたちがお出ましだな」

 フェルティース家の門扉に近づくまでもなく、遠くから黒服の男たちがカナリアの姿を認識して走ってやってきた。走っているのに一切乱れないフォームは訓練されていることを如実に物語っている。
 閖姫はやや緊張した面持ちに刀に手をかけている。しかし、鞘には幾重にも紐が結ばれていて簡単には刃が抜けないようになっている。
 冬馬が隣に並ぶカナリアの背中を押す。

「カナリア様! よくぞ戻られました…!」
「あの……えっと僕……お父様とお話がしたいんだけど」
「……かしこまりました」
「あと……後ろの人たちも一緒にお願い……」
「かしこまりました」

 自らの足でこの場へ来たのならばカナリアを拘束する必要はない。
 昨日カナリアを捉えるのに失敗した仲間から、彼らは閖姫と冬馬の人相を聞いていた、このまま帰られるよりも一緒に話を聞いてもらった方がいい、と判断した。


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