零の旋律 | ナノ

In order not to regret


 アルシェイル学園に戻った冬馬と閖姫は僅かに睡眠するよりも徹夜している方が眠くならないと判断して、睡眠を取らなかった。

「流石に寝ないとつらいな……、やっぱちょっとでも寝ておくべきだったかな」

 閖姫は欠伸をしながら、徹夜の選択をしたことを後悔していた。
 アルシェイル学園の授業は、必修授業と選択授業で構成されており、必修授業以外に開いている時間を選択で埋め、自分の時間割を作っていく。
 選択授業で選ぶ科目の種類は豊富で、得意分野を極めるのも、苦手分野の克服も、興味本位、趣味と選択の仕方は自由だ。
 必修科目の一限目、閖姫は自分と同様都ルシェイに出ていた冬馬に話しかける。
 冬馬は徹夜等物ともしないのか、眠そうな雰囲気を一切醸し出していない。

「お前、寝なくて平気なのか?」
「別に、一日くらい寝てなくても何とかなるもんだよ。まぁ十夜程には無理だけど」
「そりゃな」

 あっさりした答えに、閖姫は普段から徹夜をしているなと確信する。
 今度冬馬の部屋の相方にでも詳細をきくかと考えて――あまりいい予感がしなかったので止めた。
 アルシェイル学園は全寮制で、一部の例外的存在を除いてだが二人一組の部屋が割り当てられる。
 閖姫にも同室の人間がいる。今日の一限授業はさぼっているためこの場にはいないが。
 閖姫も冬馬の相方も二人が夜中抜けだして都ルシェイに出ていたことを知っているし、隠すつもりはないため、堂々と二人とも告げている。
 校則違反だと知っていても、相方が教師に告げ口をすることはない。


「やっと一限終わったー」

 閖姫は背伸びをしながら、一限の終了時刻に喜ぶ。といっても授業はまだ始まったばかりで是からニ限、三限と続いていくのだが。目下目標は昼休みだった。昼休みに仮眠を取ると閖姫は決めていた。

「そういやさぁ、閖姫」

 冬馬が閖姫に近づいてきて話しかける。冬馬の周りには先刻まで女子生徒たちが群がっていたが、閖姫に話しかける時、冬馬は女子生徒たちに手を振り離れた。
 相変わらずもてるなと閖姫はその様子を見て思う。冬馬もそれを嫌としていないため、常に冬馬の周りには女子生徒が群がっているのだった。

「何だ? というか相変わらずもてもてだな」
「閖姫も女子に人気あるじゃん」
「俺は別に恋愛ごとには興味ねぇよ」
「俺もたいしてないけどな」
「初耳だな」

 いつも女子が周囲に侍らしている姿を見ていた閖姫にとって冬馬はてっきり女好きなのかと思っていた。だが、冬馬は恋愛ごとにはたいして興味がないという。首を傾げて疑問の様子を現すと冬馬は苦笑した。

「まぁ、いいじゃねぇか。それより、あのお姫様どうするんだ?」

 耳元で話しかけてくる冬馬に閖姫は少しだけ離れた。

「近づきすぎだ、気色悪い」
「内緒話なのに酷いな。で、どうする――授業受けながら考えていた。あの時カナリアが走り出した時、俺らは追わない選択をした。けど……やっぱり、カナリアがどうしたか気になるんだよ」
「放ってはおけないよな。赤の他人に近くても、それでもあそこまで関わったのにカナリアの存在を忘れて無視することは……後味が悪いな」
「だよな。やっぱ、あの時追いかけておけばよかった、って後悔しているよ」
「なら――その後悔が悪化するよりも前に」
「行くか」

 都ルシェイで出会った無垢な少年の姿が、脳裏にずっとこびりついていた。忘れようとしても――忘れられない。
 たった一人で逃げ切れるわけがない、と確信めいた思いがある。
 外で生活するだけの知識があるとは到底思えない。そもそも、知識があるのならば、あのような格好はしていないだろう。閉じ込められた世界での知識だから、こそ。外を知らないからこそあの少年はあの姿であり、無垢なのだ。恐ろしい程に。
 カナリアを放ってはおけない、何よりこのまま見知らぬふりをして日々を過ごすには後味が悪かった。
 何処かで野たれ死んだら、何処かで誘拐されたら、何処かで――そんな悪い予感ばかりが脳内をめぐる。

「あぁ、行こうぜ」

 閖姫の言葉に冬馬は頷く。
 無断外出は立派な校則違反で見つかるわけにはいかない、今まで露見しなかったからといって、今日も大丈夫な保障は何処にもない。この学園の教師は目ざとい。異変を感じればすぐに駆けつけてくるだろう。
 けれど、それでも躊躇はなかった。リスクを背負わなければ、何も動くことは出来ない。
 何より――今まで見つかったことはないのだ。昨日外出して今日躊躇する理由はない。
 学園に閉じこもっている限り、カナリアの情報は入ってこない。カナリアの情報を手に入れるためには学園の外へ再び赴く必要性がある。

「何こそこそ女子みたいに内緒話をしているのさ」

 顔を近づけて話し合う閖姫と冬馬を、やや半目で話しかけてくるミルキーホワイトの髪を靡かせながら歩いてくる男子生徒がいた。

「作戦会議」

 あっさりと閖姫はあながち間違いではない答えを返す。

「ふーん。まぁ、俺にはどーでもいいんだけど」
「だろうな」
「俺が感心あるのは、この次の授業――だからな」

 そう言って男子生徒はすぐ離れていった。その様子に閖姫と冬馬は顔を見合わせて苦笑する。

「じゃあ、夜に俺の部屋にこい」
「何だか逢瀬みたいだな」
「気色わるいな」
「全くだ」
「じゃあ、予鈴が鳴る前に移動するか」

 ニ限目は実技実習で体育館にて行われる。武器を使った模擬対戦を行うのがメインだ。
 閖姫は普段から愛用している刀を、冬馬は棒を持って教室を移動した。


 刀と刀が衝突しあい木霊が鳴る。
 閖姫の刀が相手の刀を絡め取り弾き飛ばす。衝撃を殺しきれなかった相手は、後ろに倒れ地面に尻もちをつく。

「終わり」

 その様子を見ていた、先生が終了の合図をつける。

「相変わらず強いな」

 閖姫の相手は、閖姫が差し伸べた手に捕まって立ち上がる。

「どうも」

 その横で、ミルキーホワイトの髪をした男子生徒が悔しそうにしていた。今日の授業は自由に相手を決められるのではなく、予め定められたペアで対戦することになっており、閖姫と対戦することが叶わなかったからだ。

「少しは手加減をしてくれよ」
「手加減したらお前に悪いだろ」
「いやいや、悪くないから、悪くないから」

 閖姫の実力はアルシェイル学園においてトップクラスだ。それ故に、覇王の称号を得ている。武術全般に秀で、特に剣技に置いては右に出る者がいないと言われる程だった。


 本日の授業が終わり、自室へ戻った閖姫はまず仮眠をして夜になるのを待った。夜、冬馬の部屋を訪れると、冬馬と同室の相方は不在だった。何時も一緒にいるのに珍しい、いないんだなと閖姫が問うと冬馬は

「杏仁豆腐を食べに学食いった」

 と返答する。相変わらず杏仁豆腐が好きなんだな、と閖姫は微笑する。自分の相方がカルボナーラを好きなように、冬馬の相方は杏仁豆腐が好物だ。

「じゃあ、さっさと行くか」
「あぁ」

 アルシェイル学園の外で出るための抜け道へ、冬馬と閖姫は人気がないかを確認しながら慎重に進む。
 この抜け道は、元々冬馬が発見したもので、一人で外へ遊び出るのも詰まらないと閖姫を誘ったのが発端で、それから度々二人は抜けだしている。

「さて、お姫様はいるかな」

 都ルシェイへ到着した冬馬は額に手を当てて周囲を見渡す。足元まで来る長く美しい髪、少女にしか見えない可憐な容姿は遠目からでも目立つ。
 世間知らずの令嬢にしか見えない少年は街の注目も集めるだろう。世間知らずな少年が、この街から一日の間で出るとは思えない。

「ねぇ、こんな少年知らない?」

 人当たりのよく、後腐れのなさそうな女性を見つけては冬馬がその持前の美貌を駆使して声をかける。
 冬馬が選んだ女性はどれも冬馬の人当たりのいい笑みと、その相貌に惚れ色々な情報を提供してくれる。最後にお礼をいってその場を立ち去る。

「目撃情報は多々あるな、やっぱりあのお姫様世間知らずすぎる……」

 家に戻りたくなくて家出をしたのなら、様々な場所で目撃されるのは本来ならご法度のはずだ。それなのに、カナリアの一目を惹く容貌と恰好のお蔭で尋ねる度に目撃情報を入手できる。
 冬馬と閖姫にとってはありがたいが――それは同様に、黒づくめの集団にとっても有りがたいことであり、カナリアにとっては不利なことだ。

「やっぱり放置していなくて良かったな」

 下手をすれば、既に見つかって屋敷へ戻されている可能性もあるが、それは成るべく考えないようにしていた。

「そうだな、やっぱり後悔する選択はするべきじゃない」

 閖姫と冬馬は何かあった時の為に今日は武器を所持していた。万が一、戦闘行為になったとしても前回よりはまともな戦いが出来るだろうとふんでいる。


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