零の旋律 | ナノ

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 アルシェイル学園の生徒であれば、慎重に行動する必要がある、と黒づくめは判断した。
 見た所、アルシェイル学園の二人が魔術系統を使う雰囲気は見られないし、接近戦を得意としている用にみえる。ならば、ある程度の距離をとって銃で射殺するのが一番合理的だと判断した。
 六人のうち二人はやられ、残り四人。ペールブランの青年に二人、マリーの青年に二人ずつの状況で、数や装備でいっても黒づくめの方が有利だ。
 冬馬は舌うちをする。
 相手が子供だと油断して冷静にならず全員が時間を開けずに攻撃してくることが理想だった。
 そうであれば油断を誘える。しかし、距離を開けられ冷静に――油断しないで構えられては此方が不利だ。
 冷静に攻撃してくると判断したからこそ、問われた時名乗ろうが名乗らまいが結果は変わらないとアルシェイル学園の生徒だ、と冬馬は答えた。
 閖姫はカナリアを手で少し横にずらしてから、ドンっと軽く冬馬の背中と自分の背中をくっつけた。そこから伝わる温もりに、冬馬は微笑した。
 温もりから諦めは伝わらない。
 伝わってくるのは、覚悟を決めた温もりだけだ――そう生き残るために

「避けられないならば、致命傷にならなければいい」

 冬馬は素早く相手の懐に潜り込もうとう走り出す。地面にカランコロンと錆びた鉄パイプが転がった。冬馬は刀を武器とする閖姫とは違い、棒を武器として使うのに手慣れていたが、形状は似ていようとも鉄パイプはあくまで鉄パイプ。冬馬愛用の武器にとって変わることはない。僅かな反応速度や扱いの差が致命傷に繋がるくらいならば、リーチが長く隙が生じやすい鉄パイプをこれ以上扱い続けるのは得策ではないと判断した。
 カナリアは現状をどうすればいいかわからずに困惑して、ただ突っ立っていることしか出来なかった。

「そこのお姫様、しっかりしていてよ」

 背後から伝わる困惑の気配に、冬馬が振り向くことをせず冗談交じりに声をかける。
カナリアから返事はなく、困惑だけでなく緊張もしているのが手に取るようにわかった。
 冬馬が黒づくめに殴りかかるが、紙一重で交わされる。そして交わす動作の中で拳銃が発砲される。至近距離で発砲された銃弾を回避する動体視力と反射神経を冬馬は持ち合わせていない。何より――交わすわけにはいかなかった。右肩を銃弾が貫く。
 血が滴り、痛みが伝わってくるが、致命傷ではないと気にしない。
 カナリアと出会ったのは成り行きであり、巻き込まれただけだが、それでもカナリアを放ってはおけなかった。別に困っている人を形振り構わず助けるお人よしでも、善人でもない――けれど、冬馬と閖姫は見捨てられなかっただけだ。

「死ななきゃ、いいんだよ。この程度一々びくびくしてられねぇよ」

 相手が銃弾を放てば、後方が壁でない限り冬馬は避けなかった。貫く痛みは悲鳴を上げたい程だったけれど、歯を食いしばって耐える。避けるわけにはいかないから。
 黒づくめはその様子に顔を顰める。それを、妖艶な笑みで冬馬は答えた。

「何変な顔してんだよ、避けたらあたっちまうだろ? 相棒(閖姫)に――」

 背中を任せている以上、相手の背中を任されている以上

「てめぇらの流れ弾が当たったら困るだろ」

 相手に負担はかけさせない。
 それは対等な関係。

 閖姫と冬馬は二人で、相手を分担して倒していく。その過程で負う傷など気にしない。
 そんなものに興味はない。ただ、相棒が自分のせいで怪我をしなければそれでいいのだ。
 二人の服はあちらこちらが避け、生々しい出血が付着する。痛みで顔を顰めようとも。それでも構わなかった。正面からいくら傷を受けようと、背中は無傷。自分が負う怪我がわかればそれでいい。不確定要素は相棒が守ってくれるから――自らの身体を呈して。
 数分後、黒尽くめの男たちは全員地面に倒れ伏した。
 全員気絶していることを確認すると、荒い息を整える。座りこまない。今すぐにでも休憩したい気分ではあったが、この場で休憩することはリスクを高めることにしかならない。第二第三の黒づくめがやってこないとは限らないのだ。

「おい、お姫様大丈夫か?」

 冬馬は笑いながらカナリアに声をかける。
 切れた唇から血が流れるのに笑みを浮かべている二人の姿が痛々しくてカナリアの身体は震える。
 カナリアは震えながら二人に近づき、両の手を広げた。

「ん? 何愛の抱擁?」
「馬鹿か」
「あははっ」

 カナリアの震えを止まらせるためか、冗談を言いあう閖姫と冬馬の眼前が青白く発光した。
 抱擁するかの如く、温かい光が閖姫と冬馬を包み込む。突然のことに驚きを隠せない閖姫と冬馬だが、身体は立ち尽くしたままだった。
 光が慈愛に溢れていたから。
 青白い光が収まった時、先刻よりも驚きを隠せなかった。
 何故ならば――怪我など最初から存在しなかった、と言えるほど綺麗に消えていた。跡形もなく。
 ただ、服に染みついた血や弾痕だけが、戦闘行為の後であることを告げている。

「……お前何者だよ……」

 閖姫は思わず呟く。服を捲ってみても、弾痕を受けた形跡が全くない。傷一つ、痛み一つない身体。

「高位の治癒術師か……いや、そんなレベルじゃないよなこれ」

 冬馬が苦笑いをする。一瞬で相手の怪我を完治させる芸当は並大抵の治癒術師では出来ない。
 優秀な生徒のみが集まるアルシェイル学園の生徒よりも、いな――治癒術を教える教師よりも、カナリアの腕前は飛びぬけていると冬馬は判断した。

「あの……僕」

 だからこそ、冬馬はカナリアが追われていた理由を明確に理解した。
 カナリアが貴族の人間であることは身なりからして間違いないだろう、それに合わせて治癒術師として最高峰の腕前を持つ少年。
 不埒な輩に目をつけられないためか、それともカナリアという力を独占したいが故か、詳細は不明だが、力を有するカナリアだから、カナリアの父親は連れ戻そうとしたのだ。
 そしてカナリアの存在を知られないために――目撃者を抹殺しようとした。

「なんでもねぇ、助かったよ」

 ポン、と掌をカナリアの頭の上に乗せる。

「うん……」
「閖姫。このお姫様どうする? このままにしとくわけにはいかないだろ」

 カナリアはただの不良に追われているわけではないのだ。屋敷に戻らない限り追手はカナリアを追いかけ続ける。

「……僕は、大丈夫。だからお兄さんたちは戻っていいよ、助けてくれて有難う」

 カナリアが閖姫と冬馬をこれ以上巻き込まないための言葉だと考えるまでもなくわかった。
 理解したうえで閖姫と冬馬は顔を見合わせる。
 仮にカナリアへ関与し続けるにしても、果たしてこれ以上自分たちに何が出来るのだろうか。
 自分たちが自由に動けるのも夜が明ける前まで。アルシェイル学園では外出は禁止されている。規則を破って行動している以上、制限は付きまとう。
 いっそ夜明けになっても戻らず、規則を破ったことを露見させてしまうのも手だったが、それは気が進まない。
 関わってしまったが、だからといって――自分たちの全てを投げ出してまで助けるべき相手なのだろうか、既知の間柄でもない少年のために。
 何より、自分たちは武器を所持していない。黒づくめが六人だったから、狭い路地裏に逃げていたから何とかなかったようなもので、その数の倍、その倍、と数が増えてきたら勝ち目はない。
 アルシェイル学園では実技授業の内容として、戦闘訓練も行ってはいるが、どれほど実技授業で高成績をたたきだそうが、それは授業なのだ。実践とはわけが違う。生死をかけた争いでしかない。
 閖姫や冬馬は黒づくめを気絶させただけで命を奪うつもりは毛頭ないし――命を奪える覚悟がない。
 けれど、先刻同様にやってくる黒づくめは此方を殺す算段だ。そんな相手とどうやって戦えというのか、その答えは見つからない。

「俺たちがいなくなって、その後お前はどうするんだよ」

 しかし、だからといって見捨てるのも後味が悪い。

「……それは……」
「お前だけではどうする術もないだろう?」
「……」

 とうとうカナリアは無言になってしまう。閖姫の言葉が事実だから。

「でも貴方達にこれ以上迷惑はかけられない。これは僕の問題だから。何より――これ以上僕に関与したら貴方たちは死んでしまう」
「……まぁ、それはそうだろうな」

 現場ではどうする術もない。それは三人とも理解している。理解しきっているからこそ、どうしようか悩む。

「僕はもう大丈夫だよ。貴方達のお蔭で助かったけれど、そのせいで貴方達がさっきみたく傷つく姿を僕はみたくない。今日は有難う」

 カナリアは無理矢理言葉を終わらせて走り出した。
 追おうと思えば追えた。カナリアが全力で走ったとしても、閖姫と冬馬より断然遅い。簡単に追いつけるだろう。けれど追うことはしなかった。
 冬馬の伸ばしかけた手が途中で止まる。
 自分たちに出来ることなど、高が知れている。
 赤の他人に関わり続けて自らの身を滅ぼす可能性を作り出してどうする。
 冷静に思考が回る。
 何より、カナリアは自ら選択をした。その選択を否定することに意味があるのか。

「……閖姫戻ろう」
「あぁ、そうだな」

 閖姫も冬馬と同様のことを考えていたのだろう、反対の声は上がらなかった。
 朝日が昇る前に――アルシェイル学園に帰還した。
 カナリアの後ろ姿が蘇るのを脳内から追いやって、忘れようとした。


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