零の旋律 | ナノ

The date of beginning


 無数の広がった道を進む
 例え道が別れようとも、永遠の別れではない


 奈月は李真を逃がした後、学園に戻った。アルシェイル学園は奈月にとって故郷のようであり自宅のようでもある場所。冬馬が発見していた抜け道は本来、アルシェイル学園に万が一が起きた時に秘密裏に外へ抜け出すための通路だとフェルメが言っていた。故に、この通路は何度抜けだす人間がいても封鎖されることはない。

 ――僕は、大丈夫

 深呼吸をする。緊張で胸の鼓動が普段より早い。手に胸を当てて落ち着くんだと自分自身に言い聞かせる。
 奈月は閖姫と相部屋である部屋の前でドアノブに手を伸ばす。手が緊張で震えるが、それでも勇気を振り絞って開ける。視界に閖姫が映る。

「閖姫!」

 奈月は閖姫に飛びついた。突然のことに驚きながらも閖姫は奈月を抱きしめ返した。

「どうした?」
「閖姫……聞いて欲しいの」

 是からのこと――歩むことを告げるのは、嘘ばかりついていた奈月にとって、勇気が必要だったが、その勇気を振り絞る。
 決めたから、一歩でも前に進むと。亀のような速度でも構わない。

「あのね、僕……学園を出ようと思うの。で、前に進もうと思うんだ」
「学園から?」
「うん…せっかく閖姫が僕を迎えに来てくれたけど……でも、僕」

 言葉が上手く音にならない。

「そっか、奈月が決めたことならいいんじゃないか。ずっと会えなくなるわけじゃないんだ。会いたいときには会おう」

 勝手に奈月がいなくなったわけではない。自らの意志で決定をして告げたのだ。反対する道理はない。閖姫は奈月の頭を優しく撫でる。奈月はその心地よさを最後まで堪能する。

「うん」
「いっておいで、奈月。奈月が前に進むと決めたのなら俺は何時だって応援しているから」
「有難う、じゃあね、閖姫。十夜にも伝えておいて。それと閖姫、亜月を――僕は亜月のことは忘れない。でも前に進むためにこれは置いていく。預かっておいてもらえる? いつか、取りに来るから」

 部屋に置いてあった亜月ぬいぐるみを閖姫の前に差し出す。閖姫は瞬時することなく受け取った。

「いいぞ、いつでも取りに来い。何時だって俺が大切に持っているから」
「うん。それじゃあね――」

 奈月は別れがおしくなる前に判断が迷う前に、依存心から離れるために、閖姫の前を後にした。



 学園を去った奈月は、都ルシェイにある丘で李真と再会する。手荷物は殆どない。執着していた持ち物は亜月ぬいぐるみだけだったから。
 李真は何処かで服を調達していたのだろう、黒のブレザーとスラックスに茶色のネクタイなしのワイシャツを着ていた。髪が纏めて後で縛られている。その為、独特な癖っ毛はなりを顰めていた。少しばかりの変装のつもりなのだろう。

「お待たせ、行こう。李真」
「いいのか? 本当に」
「これでいいんだ。閖姫と一緒にいたら僕は閖姫に依存して――殺してしまう。だから、僕は閖姫から離れるべきなんだよ。そうすることが、皆が僕に手を差し伸べてくれたことに対して唯一出来ることだと思うから。そう僕が決めたんだ」
「俺と一緒にいるのはいいのかよ」
「李真になら、僕は依存しないから。李真は僕と似た者同士、だから僕は君には依存しない。一人は寂しいからね、二人がいい」

 過去に縛られ、未来へ進むことを拒絶していた似た者同士。
 だから、奈月は李真に依存しないことがわかっていた。
 今まで李真にだけは本心を話せたように、李真にだけは依存しない。

「じゃあいくか。その前に奈月、お前は閖姫に本当のお前を告げたのか? 奈月、というアルシェイル学園での名前じゃない本名を」
「伝えてないし、伝える必要はないでしょ。僕の名前は奈月。今までも、是から先も僕は奈月なんだから」
「そうか。じゃあ、アルシェイル学園にさようならだ」
「うん、さようなら。僕の――――」

 奈月と李真は未来へ一歩でも進むために、姿を眩ませた。


 奈月が学園去ってから数日後。
 十夜は重たい荷物を運ぶ。扉の前までは来たが、ドアノブが上手く回せなくて開けられなかったから、蹴飛ばして開けた。

「おい、扉壊すな」

 閖姫が文句を言うが、十夜は無視する。

「いや無視するなよ。俺が開けてあげたのによ」
「いいよ。扉を蹴飛ばせばあくんだし」
「そういう問題じゃないだろう」
「よし、是で最後だ。是から宜しくな、閖姫!」
「あぁ、宜しくな」

 学園から、冬馬に佳弥が、李真、奈月、久遠がいなくなってしまった。残ったのは閖姫と十夜だけ。随分と寂しくなった。同室がいなくなった十夜と閖姫はお互いに同室になったのだ。
 十夜は今日、今まで久遠と過ごした部屋を後にして閖姫の部屋にやってきた。十夜が荷物の整理をあらかた終えた時、扉がノックされた。
 閖姫は誰だろう、と思いながらどうぞというと、スノーホワイトの天然パーマがかかった髪が現れる。

「お久しぶり、お兄ちゃん!」

 現れたのは、カナリアだった。カーマインからレモンイエローの瞳が閖姫の部屋を物珍しそうに眺めまわす。

「カナリア!? どうして学園に!?」
「えへへっ、勉強するために今日からアルシェイル学園に入学することになったんだよ! だから、お兄ちゃんたちに真っ先に挨拶しようと思って、僕は此処で友達をたくさん作るんだ!」

 無邪気に微笑むカナリアに、閖姫と十夜は

「ようこそ、アルシェイル学園へ」

 カナリアを歓迎した。



 冬馬の手から写真立てが絨毯の上に落下する。

「嘘だろ……」

 愕然とする。隣に並んでいた佳弥も衝撃の事実にまるで時が止まってしまったかのように感じられた。
 
「李真が……嘘だろ……死んだ、何て」

 李真が死んだ、と報告があったのだ。
 佳弥と冬馬はいてもたってもいられず権力を行使して現場を見せてもらった。牢屋の内部と外を隔絶する檻は鋭利な刃物で破壊されている。
 鎖に繋がれたままの李真はろくな抵抗をすることも許されず死んでいったのだろう。死体には恨みを晴らさんとばかりの無残な殺害方法だった。

「李真……」

 冬馬が膝をつくのを佳弥がそっと支える。冬馬は暫くの間呆然と李真だった死体を眺め続けた。

「行こう、イヴァル。これ以上、此処にいても……」
「あぁ……そうだな」

 冬馬と佳弥はその場を後にして、佳弥の部屋に向かった。冬馬は椅子に座りながら手で瞳を覆い隠す。

「ほら、飲むといいよ」

 コーヒーを手渡された冬馬は、心を落ち着かせるために味を楽しむこともせず一気に飲み干した。

「……無理矢理連れ出すべきだったのかな。こんな結末になるくらいなら」
「僕らはきっと心の中で、何処か李真の死をイメージ出来なかったんだろうね。いくら彼が強くても、捕らわれの身ではどうすることも出来ないことなんてわかりきっていたのに」
「あぁ……」
「けど、僕らが無理矢理連れ出したところで、李真は納得しなかっただろう。李真は檻に戻っただろう、それが悲しいよ。結局僕らにはどうすることも出来なかったんだから」
「そうだな。全く持って――無力だ。けど……佳弥」

 死体を眺めている時、冬馬は一つの不審点に気がついた。何処にも――なかったのだ。冬馬が李真に上げたピアスが。
 殺害した犯人が持ち去った可能性もあるが――もしかしたら

「もしかしたら――」
「冬馬、それ以上は口にしてはいけないよ。希望は、希望のままでいよう」
「そうだな」
「それがいいんだよ」

 佳弥が優しく背後から冬馬の首に手をまわして顔を近づけた。佳弥の温もりはとても――温かい。



 久遠は新しく来た街の風景を眺めながら、散歩する。見たことのない新しい場所は、見識を広めてくれる。新しい生活を送りながらも、ふと脳裏をよぎるのは楽しかった記憶。掌でトランプをいじりながら、久遠は歩み続ける。



 アルシェイル学園に入学したカナリアは加奈と名乗って学園生活を楽しく送っていた。
 毎日見るもの習うものが新鮮で楽しかった。
 閖姫と十夜は学園で――寂しくなった学園でお互いに切磋琢磨していた。相変わらず閖姫が勝利し続けたが。
 
「くそっ! 卒業までに絶対お前に勝つからな!」

 十夜は諦めずに閖姫に勝負を挑み続けた。



 佳弥の部屋で寛いでいた冬馬と佳弥の下に、王になってから以前の倍は多忙になった佳弥の兄シェリアスが訪れた。

「あ―疲れた!」

 どっさりと椅子に座る。その何時もの様子に冬馬と佳弥は苦笑する。
 シェリアスは佳弥と冬馬の方を見て、前々から思っていたことを告げる。

「お前らさ、いい加減結婚しろよ。くっつけよ、もう十九になるんだぞ?」
「私らはこのままの関係でいいんだよ」

 佳弥はすぐに切り返すと、シェリアスは眉を顰める。

「なんでだよ。別にいいだろ、どーせお前ら別の恋人なんて作るわけがないんだから」
「お兄様こそ最優先で結婚すべきだと思うけど?」
「俺はいいんだ、俺は」
「そんなんだから、王位継承の際に揉めたんじゃないか」
「俺にはアルシェアとイヴァルがいるんだから当分いい」
「それは妹と弟がいるから、みたいなものであって結婚とは違うよ」
「五月蠅い。いいんだ、俺は。だからお前らがとっとと結婚しろ」

 シェリアスの投げやりな言葉に、冬馬と佳弥は二人揃って肩をすくめた。



 大国の何処にも属さない、東の小さな島国の、小さな村で奈月と李真はひっそりと暮らし始めた。
 アルシェイル学園の名前である『奈月』と『李真』を名乗って――




Dependence×Syndrome




END

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