零の旋律 | ナノ

Ability


 黒づくめの一人が冬馬の方にゆったりとした足取りで近づいてくる。根底に優しさは欠片も存在していない。それは障害物を片付けるため作業だ。
 この国では基本的に人殺しは犯罪行為だというのに、それを躊躇なく行おうとする黒づくめに冬馬は再びため息をつきたくなる。
 つまるところ、彼らは隠蔽するだけの権力があるのだ。殺人、という犯罪行為を最初から存在しなかったことに出来る程の。カナリアがいかに重要な人物であるかが、その行動だけで伝わってくる。
 ゆったりとした足取りが一定の距離まで到達すると、一変一気にナイフを突き出してきた。冬馬は最初から見こしていたの如く、鉄パイプでナイフを弾く。金属音が響くと同時に、冬馬は鉄パイプを宙へ放りなげ、黒づくめの背後へ回り込み、首を手刀すると、がっと息を吐く音と共に男は地面に倒れ気絶した。宙を回転していた鉄パイプが地面に落下するよりも前に空中で冬馬は再び手に取る。

「あーあ、俺は肉体労働嫌いなのにな」

 男一人を倒しておきながら、冬馬は悠然と呟く。狭い路地裏へ逃げてきたのは武器があるだろうという憶測だけではない。狭い場所であれば乱戦には向かない。自ずと数であちらが圧倒していても、一対一、せいぜい二対一が限度だ。だからこそ路地裏であれば勝機があると冬馬は判断していた。
 銃を構えた男が、閖姫を殺そうと引き金を引くよりも早く、閖姫は駆けだす。殺害対象が標準から消えたことで、男は引き金を引けなかった。閖姫と冬馬の間に庇われるようにいる“カナリア様”に万が一でも銃弾が当たってはいけない。連れ戻すために使わされたのに殺してしまっては意味がない。
 閖姫に再び標準を向けようと銃を移動させるが、その僅かな時間が男にとっては命取りだった――命をとることを閖姫はしないが。横から頭上を鉄パイプで横殴りにされる。脳内がぐらぐらと揺れ吐き気が襲いかかると同時に閖姫が位置を素早く移動して、腹部を思いっきり強打する。男は地面に倒れる。
 男たちは油断していた、と言われれば否定できない。相手は十代の若者だ。だから簡単に始末出来ると思いこんでいた。その結果、二人が気絶させられた。ナイフや銃という殺傷能力のある武器をあいてに、裏路地に偶々転がっていた鉄パイプで対抗をした。

「……あの餓鬼どもただものじゃない、油断するな」

 今さら過ぎることを、黒づくめの一人が告げた。
 路地裏で乱闘があれば、深夜だとしても、誰かしら野次馬になったり、通報しても不思議じゃないのにこの空間には自分たちと黒づくめ以外誰もいない。仮に気がついても我関せずで厄介事に巻き込まれないようにしているのかもしれないが、随分と彼らにとって都合がいいのだな、と冬馬は自分から路地裏へ逃げる道を選んだにも関わらず思った。
 男が冬馬に近づいてくる。冬馬が鉄パイプをつき出すと、男は余裕な表情で交わす。寸前の所で交わしたのは鉄パイプというリーチがある武器である以上、一度攻撃を繰り出してしまえば二撃目に映るまでの隙が出来るほ判断したからだ。
 冬馬は鉄パイプから手を話す。一瞬だけ支えを失った鉄パイプは重力の流れによって落下する。地面に到達すれすれで冬馬は身体を屈ませながら右手で掴み、右側へパイプを容赦なく振るった――先刻とは段違いの速さで。一気に速度が上昇することによって、相手に距離感覚と速度感覚を狂わせる。落下して位置が変わった鉄パイプは男の右足を強打する。下手をすれば骨が砕けただろう力に、男は苦悶の表情を上げながらも悲鳴はあげなかった。
 男が銃を冬馬に向けて発砲する。だが、咄嗟の発砲が故、狙いがずれ冬馬の右肩を貫くだけで致命傷を与えることは叶わなかった。男は足を引きづりながら距離を離れる。冬馬は右肩の痛みに苦悶しながら、同じく距離をとった。

「冬馬、大丈夫か?」
「大丈夫だ。お前は目の前の奴に集中しろ」
「わかった」

 閖姫は冬馬へ向けた視線を、再び眼前の黒づくめに向ける。カナリアを挟んで冬馬と閖姫は背中合わせ。

「お前らは何者だ?」

 銃弾を受けても怯まない冬馬に、男は不審気味に問う。

「アルシェイルってご存知?」

 冬馬は不敵に語りかけた。『アルシェイル』このアルシェンド王国でその名を知らないものはいないと断言してもいいほどに、有名すぎる学園の名前に黒づくめは顔をしかめた。

「俺たちは学園アルシェイルの学生だ」

 嘘だ、とは到底黒づくめには思えなかった。閖姫と冬馬の技量がアルシェイル学園の学生であるのならば、納得がいったからだ。
 アルシェイル学園――レリュカ・ミューレにある大国のうちの一つ、アルシェンド王国が優秀な子供たちだけを集めた学園の名。
 なんにであれ、ただ一つ秀でていれば――優秀であればどんな子供だろうと入学が出来る異色の学園。
 そう、例えば犯罪者であろうとも、優秀且つ、二十歳未満の子供であれば学園に入学することが時期問わず出来る。それがアルシェイル学園だ。
 アルシェイル学園はその有名さに反して、内部情報は殆ど漏れることがない徹底した情報管理がされている。
 そのため、黒づくめは知らなかった。アルシェイル学園の学生は本来外出が禁止されていることを。


- 4 -


[*前] | [次#]

TOP


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -