Decision that ruled 壁を背もたれにして思案し続けたても怜悧な頭脳は何の解も生み出してはくれない。 誰かが部屋へ足を踏み入れた時の音すら耳に入らない。 思案を続ける。彼を救う方法が何処かに存在しないかと。 「リアト・ヘイゼルを私たちでどうすることも出来ないよ『冬馬』」 思案することで現実から逃避していた冬馬に佳弥が厳かに告げる。 冬馬が足掻いて思案し続けていることを佳弥は知っているからこそ、残酷に事実をつきつけることしかしなかった。 下手な慰めは冬馬には不必要だ。 現実に引き戻された冬馬は佳弥と視線を合わせる。真摯な瞳と厳かな口調が冬馬を困惑させた。 佳弥が素で冬馬と接している時、冬馬のことを冬馬とは呼ばない。それは学園の名前であるから。冬馬も同様に佳弥とは呼ばない。『君』や『お前』と呼び合った。それなのに、今彼女は冬馬と呼んだ。 「……わかっている」 「アルシェイル学園はその歴史上何度も犯罪者を入学させたことはある。私たちの国に渾名す反乱組織である久遠もまたしかり。けれど、その方針は崩れるだろうね。いくらリアト・ヘイゼルがこの上なく優秀な殺人者であったとしても――庇いきれない。優秀だけでは囲うことが出来ない。例え、それが望んでやったことでなくても、強制されたことでも、生きるために必要なことだったとしても――どのような理由があろうとも、彼は人を殺しすぎた。久遠よりも、フェルメよりも、反乱軍よりも――殺した」 そんなことは冬馬とてわかっていた。 例え、どのような理由があろうとも、その理由で清算出来ないだけの人を李真は殺した。償いきれないほどの命を李真は奪った。そもそも命に償うことなど出来ないのだが。 「例えどれだけ冬馬が望まなくても、リアト・ヘイゼルを国は全力で殺そうとする。そして国に狙われればいくらリアトとは言え殺されるのは目に見えている。私が王族の権力を駆使したところで、君が大貴族の権力を駆使したところで、私たちが力を合わせた所で変えられない。それが現実だよ、冬馬」 「知っている。知っていたから俺は李真の正体が知れないように学園に逃げた。何時までも一緒にいられないとわかっていたのにな。李真を俺は――手放せなかった」 「李真と過ごした日々は私にもある。けれど、リアトを見逃すわけにはアルシェンド王国として出来ない」 「わかっている。俺とて大貴族トライデュース家の御子息だぞ?」 「だから――冬馬が、もしも李真と共に逃げ続けると言うのであれば、私は手を貸そう」 「なっ――! そんなことをお前がしたら」 「私が立場を失うことで、李真を救えるのならば私がそれをしない義理はない。リアトは暗殺者であり、生かすべき存在ではない。けれど、李真は――私たちの友人だろう」 「――有難う。佳弥」 「礼を言われる筋合いはない。私個人としても助けたい、と思っているのだから。友人を助けるのに持てる限りの力を尽くす、そんなことは当然だろう?」 佳弥の笑みが、何よりも力強かった。 「けど、俺はアルシェア一人に責任を取らせたりはしないよ」 冬馬は覚悟を決める。 ――俺は、前に進むと決めたのだから此処で尻込みをしていたくはない 覚悟を決めた冬馬は内容を佳弥に告げる。佳弥は君ならそうすると思ったよと微笑み背中を押した。 冬馬は最初に閖姫の部屋へ訪れると、閖姫と奈月そしてブラックジャックをやっている久遠と十夜がいた。 「皆。俺と佳弥は学園を止めるよ」 澄んだ声で告げると 「冬馬と佳弥もか……!?」 最初に閖姫が驚愕した。 「もってどういうことだ?」 「久遠も学園を止めるんだってよ。やりたいことが出来たって」 閖姫の言葉を受けて冬馬は久遠へ視線を移す。 「あぁ……だから、是は最後のゲームだ」 久遠の瞳は落ち着いていた。十夜は名残惜しそうに一枚一枚カードを捲っている。 「冬馬と佳弥もいなくなって……李真も……寂しいな」 閖姫の本心が零れる。李真が捉えられてから既に数日が経過していた。 「私は元々、お兄様が王位継承をするまでの間、臨時で学園にいる予定だったからね、卒業をせずに何れは戻る予定だった。けれど、君たちと一緒にいるのが楽しくてついつい先延ばしにしていたけど、私は冬馬と実家へ戻ることにしたんだ」 「あぁ。だから挨拶に。折角奈月が戻ってきてくれたのに悪いな」 冬馬が奈月と目を合わせると、奈月はふるふると首を振った。 「自分で決めたことなら、僕は別に何も言わないよ。それに僕が戻ったことと、これは関係ないんだから」 「有難う」 佳弥が優しく奈月の頭をなでると照れくさそうに奈月はそっぽを向く。 「まぁ、学園際には遊びに行くし、お前らも勝手に抜け出して遊びにこいよ。佳弥の実家は……難しいかもしれないが、うちならお前らの名前を出したら通るようにしておくから」 「そりゃいい。大貴族トライデュース家のご実家に遊びに行けるなんて光景だ」 十夜が茶化して答える。 「久遠も、学園の外に出ても遊びにこいよ、たまには」 「俺がいっていいものか」 「いいだろ“久遠”なんだから」 「じゃあそうするわ」 悲しみの別れはいらない。また出会えるのだから。 「また今度会おうな。久遠に冬馬、佳弥」 佳弥と冬馬、そして久遠は同じ日の同じ時刻に学園を去った。 学園を出た所で久遠は佳弥と冬馬に別れを告げる。 目的地という目的地はなかったが、久遠は外の世界を旅したくなった。 今まで自分を形成していた、組織ドミヌスと、アルシェイル学園それ以外の世界を見て見聞を広めたくなった。 飛び出したくなった。 だから、久遠は学園の外に出た。 十夜や皆と別れるのは寂しかったが今生の別れではないのだから、悲しむ必要はないと、足を一歩踏み出した。手には何度も十夜とゲームをした想い出のトランプが握られていた。 冬馬は実家に戻って過去の清算を一日でつけた。覚悟を決めれば、目を背いていた内容がこんなにも簡単に終わらせられるのかと拍子抜けしそうだった。 目をそむけ続け、それがいつの間にか自分の中で強固な存在に育っていただけ。目を見開けば、それは鷹だと思い込んでいただけで実際は雛だった。 過去トライデュース家で行われていた大規模な魔術実験、その実験への清算をつけたことで冬馬の心に残っていたしこりが消える。 冬馬は翌日、王宮に足を運ぶと、王宮の建物入口で佳弥が凛と佇んでいた。 「アシェルア」 「宣言通り一日で清算をするなんて、流石だね。イヴァル」 学園の外に出た以上、二人を形どる名前は本名だった。男装を止めてなお、中性的な美しさを誇る佳弥に、冬馬はまた今年お兄様からのプレゼントは女物の服だと思うと苦笑いがこみ上げてくる。 「じゃあ行こうか『冬馬』」 学園内での二人を形どる名前はイヴァルやアルシェアではない。 「あぁ、『佳弥』」 外に出たからといって、今まで使った名前が消え去るわけではない。 二人は王宮を後にして――地下牢が存在する騎士団内部へ進んだ。 特別地下牢はたった一人の罪人のために用意された場所。そこに李真ことリアト・ヘイゼルは捉えられている。佳弥と冬馬は権力によって無理矢理面会をもぎ取った。 「李真」 「李真」 冬馬と佳弥が同時に声をかける。李真は地下へ下ってくる足音を耳にしていたが、目を瞑って興味がない不利をしていたのに――言葉をかけられた。 目を開くと、数日離れていただけなのに酷く懐かしく感じる顔がそこにあった。 天然パーマのペールブラウンの髪に、宝石のようなラピスラズリーの瞳、端正な顔立ちは世の女性たちを魅了しそうなほどに美しい。すらりとした手足に、高級な服装を身にまとう姿は絵本の中の王子様のような存在だった。 冬馬の隣に並ぶのは、冬馬に負けずと劣らない美貌を持つ佳弥が並ぶ。冬馬のペールブラウンの髪より明るいブロンドの髪が肩より下で切り揃えられている。芯のあるエメラルドグリーンの瞳。華奢な体型に、美脚を覆い隠すかのような赤のロングスカートをはいている姿は、絵本の中の王女様のようだった。 「……何故、私に会いにきたんですか。そもそもどうやって」 「そんなもの脅して堂々とは入ったに決まっているだろう。イヴァル・トライデュースと、アシェルア王女の権力乱用を舐めるな」 「ははっ……全く持って――馬鹿だな」 李真の服は白のシャツに黒のスラックスという出で立ちだが、学園の制服ではない。 李真の装飾品は全て、はぎとられている。歯の中にも武器を隠し持っていないか念いりに確認がされるほどに執拗に調べられた。以前、検査が足りなかったばかりに李真を取り逃がしてしまった二の舞にはならないとしているのだろう。 今の李真は武器一つ身につけていない。此処から脱獄することは不可能だ。また、身体が動けないように定期的に薬を盛られているため、思うように身体は動かせない。 「……李真、逃げて」 冬馬と佳弥が柵越しに告げる。 「何を言っているのですか、貴方達の未来を投げ捨ててまで私を助けようとする必要はない」 二人の言葉の意味を理解して李真は拒絶する。 「何を言っているんだい? 君を逃せば確かに私や彼は今の地位を失うだろうけど、私たちはその地位が故に殺されることはない。私たちは生きていられる。そして君も生きていられる。君が生き延びられるのならばそうすべきだろう? 私はね、どんな手段を使ったって生きて欲しいと李真には思っている」 佳弥は告げる。地位を失うだけで友達を助けられるなら、もろ手を振って地位を投げ捨てると。 「ただ、これ以上、一人として人間を殺してはいけないよ。そうすれば、今度こそ君は生きてはいられないのだから」 「だから、誰も殺さないで李真としての人生を送ってくれ。これは『冬馬』と『佳弥』が決めたことだ」 イヴァルとアシェルアとしての権力は駆使しようとも行使しようとも、それを決めたのは冬馬と佳弥だ。 「断ります。例え、貴方達が私を助けたとしても、私は何度だってここ<檻の中>に戻ってきますよ」 「何故だ、李真。俺は李真に死んでほしくない。李真が生き続けられるなら、俺は別に貴族であることを捨てたって構わない!」 柵が揺れそうになるほどに強く冬馬は柵を掴む。 両手足を拘束された李真が冬馬の手を触れることは叶わない。 「断るよ。俺は梃子でも動かない」 「なんでそんなに頑ななんだい、李真」 佳弥も尋ねる。 「俺は、此処で死ぬと決めた。それだけだよ。冬馬に佳弥。お前らの人生を奪ってまで生きるつもりはない」 「どうして……」 「そう、俺が決めたからだ。リアト・ヘイゼルとして決めたことだ。お前らが俺を助けようとしてくれた、それだけで俺は充分だ」 「なんでだよっ!」 冬馬は涙が溢れそうになるのを必死に抑える。 「冬馬や佳弥が俺を助けようと自らの意思で決めてくれたように、俺はそんなお前らを見捨てて生き伸びることはしないと自分の意志で決めたんだ」 李真の頑なな意志を冬馬は崩したかった。けれど李真と出会って行動を共にしていた冬馬は崩せないことを誘ってしまう。檻に額を強打したい気分だった。 「冬馬」 「くそっ! わかっ……た。わからないけど、わかったよ。李真。なら、俺に――お前のピアスをよこせ」 「それくらいお安いご用だ。権力乱用して俺の持ち物貰って行くつもりなんだろ?」 作り笑いを浮かべる冬馬に、李真は和やかな表情で言葉をかける。 「だから、俺のピアスをお前にやるよ」 冬馬はピアスを取って李真に投げた。不自由な手で、李真はピアスを受け取る。 「大切にするよ」 「もし見つかったら、俺の名前を出せ」 「わかった」 握りしめた温かさが伝わってくる。 「李真! 本当に、いいんだね」 佳弥が最後に確認する。僅かでもいい、李真の気持ちが揺らいでくれれば、そんな切願が見え隠れしていた。 「あぁ。いいんだ」 だが、佳弥の切願を打ち消すように李真は断言する。 「佳弥、行こう」 「そうだね。さようなら、李真」 「じゃあな。李真――」 最後に振りかえった冬馬の瞳から涙が溢れていたことを――李真は見なかったことにした。名残惜しくなってしまうから。 「冬馬に佳弥、ありがとな」 最期の言葉は届かない。 静まり返った場所が酷く空虚だった。 此処にはなにもない。想い出が何一つ詰まっていないただの檻。 リアト・ヘイゼルとして殺されるまでの間、最後に過ごす住処。 ふと、脳内に李真として過ごした日々が蘇ってきた。 ――そっか、俺は冬馬だけじゃなくて、あいつら全員のことを大切だと、思っていたんだな ――気がつくの、遅すぎるだろ ――まぁ、結末は変わらないか [*前] | [次#] TOP |