零の旋律 | ナノ

Say good‐bye


 深層心理の部分で李真は冬馬と最期に一目会えたからそれで満足していた――李真はそれに気がついていなくとも。
 だから、今度は都ルシェイの近郊王都ではない所へ体力が回復次第移動しようと考えていた。王都での休息は、久遠から受けた痺れを回復するための一時避難に過ぎない。移動先は――アルシェンド王国では冬馬や佳弥の力によって見つかる可能性があるため、ホルフェやレミュレス、もしくは小国で奈月と隠れようと考えていた。

 ――いや、ホルフェやレミュレスは向かないな。行くとしたら余り人がいない小国だ。それもアルシェンド王国から遠いい場所。アルミヤとか、クフェルとか、その辺の国がいいな。

 だが、その考えは実現しなかった。
 何故ならば、李真と奈月が王都から出ようとした時、閖姫たちと運悪く――運よく再開したのだ。

「……よくわかったな」

 思わず李真が感嘆する。

「そりゃ、李真や奈月を連れ戻すって決めている俺たちの執念が実ったんだよっていいたいところだけど実は違うな」

 執念でなければ、李真や奈月が現れる場所の算段を付けられていた、ということだ。李真はそれを理解して、その算段をした人物へ視線を向ける。休まずに動き続けた顔には疲労の痕跡が見え、普段からある隈はさらに色が濃厚になっていた。

「久遠のおかげですか」
「李真は非効率なことはしないだろ? 痺れ薬はドミヌスで使用していた強力なものだ。効いていたことを考慮すると一旦は何処かで休息をする。そうなると、都ルシェイから一番近い街にして、李真と奈月が逃げて行った方角にあるのは王都だ。王都――それも、李真は色々な普通の人が利用するような宿泊施設は避ける。と、なると俺たち<犯罪者>が隠れて使うような宿泊施設を利用する。俺はその辺の知識もあるしな。だったら、そこ周辺に魔術で探知出来るように魔術の糸を張り巡らせておけばいい。そうすればお前と再会出来るからな」

 李真の視線を受け、久遠が説明する。久遠の読みは外れることなく的中した。李真は思わず舌うちをする。久遠は頭も切れ、さらに冬馬や佳弥とは違う知識を豊富に有していることは知っていたはずなのに、それでも無意識かで大丈夫だろうと鷹を括っていた。
 執念だけで二度も再会出来るはずがない。ましてや今度はもう一度会いたいという李真の心理もなかった。出会えたのは奇跡でも偶然でもない。策略にはまっただけのことだ。

「今度こそ逃がさないぞ」

 閖姫の断言を受け、奈月の表情が歪む。

「なんで、なんで、僕たちに構うの!?」

 奈月が声を荒げる。泣きそうな瞳に、閖姫は優しく微笑んだ。

「何言っているんだ、奈月や李真が大切だからに決まっているからだ。当たり前だろ? 仲間なんだから」
「つっ――閖姫……」

 閖姫は奈月へ手をさし伸ばす。距離を下手に詰めようとはしない。

「奈月」
「……ううん」

 奈月は首を振る。閖姫は優しいから、何時だって手を伸ばす。けれど、奈月は閖姫の優しさにつけ込むことは出来ても縋ることは出来ない。

「手を掴め! 掴んでいいんだから、逃げるな!」

 閖姫が声を荒げる。奈月は震える。

「俺の目を見ろ、奈月。奈月がいくら逃げ回ったって、俺が連れ戻してあげるから。さぁ」

 伸ばされた手を、掴む勇気はまだ足りない。

「李真、お前も戻ってこい。君は俺のものだ、勝手に何処かへいくなんて許さないから」
「……お前だって俺のものだ。けど、お前は何処かへ行きそうじゃないか」
「何を言っているんだ」
「俺にはお前しかいなくても、お前には佳弥がいるだろう……許婚なんだろ? それにお前らは俺と冬馬以上にわかりあっている」
「嫉妬でもしているのかい?」

 佳弥が口を挟む。事実を指摘されて李真は僅かに眉を顰める。

「だったらなんだ」
「当たり前じゃないか。私と“イヴァル”は幼馴染だ、当然君の知らない“イヴァル”を私は知っている。けど、君は私が知らない“冬馬”を知っている。わかりあっているっていうのだって君と私は同じ意味でわかりあっているわけではないのだから」
「…………」
「李真、冬馬にとって君が大切なように、私たちにだって“李真”は友達で仲間で友人なんだから大切に決まっているだろう。大切じゃなかったら、どうして暗殺者だったという君を連れ戻そうと躍起になるのさ」

 佳弥の言葉が空虚な中に入り込みそうになって、李真は慌てる。

「そんなことは」
「ないっていうのかい? 違うだろう。本当に李真のことを大切に思っていないのならば、暗殺者であった君に、ハルモニアがやってきたて殺戮したあの場で、私たちは悲鳴を上げていたって不思議じゃないし、暗殺者である君に刃を向けておかしくはない。私たちは君を嫌ったり恐れたりしない。それは、李真を大切な友人だと思っている証拠だ」

 凛と告げる佳弥の言葉に、冬馬が頷く。

「そうじゃなきゃ、俺たちは学園を抜けだしてはいずり回ってお前らを見つけようなんて思わない。俺はリアトだろうが李真だろうが、大切だから此処まで来たんだ」

 冬馬が佳弥の言葉を続ける。仲間を見捨てることは出来ない。大切だから、一緒にいたいから懸命に探した。そこに嘘偽りはない、向き合っている相手が眩しすぎて李真は目を逸らしたくなる。

「逸らすなよ、李真」

 だから、冬馬は先手を打つ。

「俺を見ろ。俺たちを見ろ。友達だろ」
「冬馬……佳弥」

 李真は――




「俺は、お前を許さない一生。だから生きていやがれ」

 閖姫の手を掴むのを未だ怖がっている奈月に十夜が断言する。

「十夜」
「俺は亜月を殺したお前を許さない。だから、生きていろ、俺たちと一緒に」

 閖姫の優しさだけでない、十夜の本心それが後押しになる。

「だから、奈月、自分の意思で閖姫の手を取れ」

 奈月は躊躇しながらでも、それでも――

「いいの?」

 勇気を振り絞って声を出す。

「当たり前だろ。拒絶する馬鹿が何処にいるんだって」
「……閖姫ってお人よし」
「お人よしじゃないよ。奈月が友達だから、一緒にいたいから此処までするんだ。誰にだってするわけじゃないよ」

 ――誰にだってはしないだろうね。けど、閖姫は李真だけだったとしても同じことをした。佳弥でも冬馬でも十夜でも久遠でも同じことをした。だって閖姫は優しいから。
 ――結局、僕一人のものにすることは出来ない。閖姫は優しいから。
 ――そして、僕にとって閖姫が大切だから。だから僕は何時か閖姫を殺してしまうだろう、けど、それを閖姫に言ったところで優しいから殺されないから大丈夫って微笑むんだろうね。
 ――だったら、僕はその醜い本心を押し殺して


 奈月は閖姫の手を掴んだ。



「逸らすなよ、李真」

 だから、冬馬は先手を打つ。李真がリアト・ヘイゼルという暗殺者だったとしても冬馬には関係ない。彼らにとって李真はリアトではなく李真であり、李真は友達なのだ。

「俺を見ろ。俺たちを見ろ。友達だろ」

 友達でなければ、学園を抜けだして寝ずに走り回って体力の限界を超えても歩み続けはしない。説得をすることはしない。学園に戻ってきて――とも言わない。
 友達だから、彼らは李真に手をさし伸ばす。

「冬馬……佳弥」

 李真は結末を知りながらも――冬馬の手を握った。


 李真と奈月が微笑んだのを見て、閖姫たちは気が緩んだ。これで――元通りだと。李真の視線が鋭くなったのにも気がつかずに、安堵した。
 足音が徐々に近づいてきた時には既に手遅れだった。武装した人間に囲まれたことに遅れて気がついた閖姫と十夜は武器を構えかけて――それが王国の騎士団だと判明した時点で武器を下げた。
 一体自分たちに何用か――と考えた所ですぐに気がついてしまった。百分の一の確率で李真ことリアトではなく久遠ことクゥエルを捕えに来た可能性もあるが、李真にしろ久遠にしろそれは最悪の事態だ。
 武器を構えなおした所で意味はない。冬馬は舌打ちをした。
 此処で冬馬が大貴族トライデュース家の嫡男であることを明かそうが、佳弥がアルシェンド王国の王女であることを公言しようが、意味はない。事態は覆らない。都合よくことは運ばない。
 冬馬の手から温もりが消える。折角掴んだ手が離れていく。冬馬は離したくないと再び伸ばそうとするが、李真は目線を佳弥へ向ける。佳弥はその手を掴んで、冬馬の元へ戻した。

「リアト・ヘイゼル。貴様を捉える。抵抗はするな」
「わかっていますよ、さぁ行きましょうか。貴方達が来ることは――わかっていましたし」

 絶望的な表情を浮かべる彼らとは違い、李真は至って平然としていた。清々しいとも思える表情で、彼らの輪から外れようとする。最後に奈月の頭を軽く撫でた。

「李真……」

 輪から外れるのを誰も止められなかった――否、動けなかった。
 李真が背後に回している指が少し動いているのを見て、動けない理由を納得して、納得したから声も出せなかった。
 それを李真が選んだ。
 騎士団相手に自分たちが暴れた所でどうすることもできない、何より李真が望んでいない。輪から外れた李真が騎士団に取りこまれる寸前、彼らを李真が振り返る。

「さようなら。今まで有難うございました」

 作り物ではない最初で最後の――満面の笑顔。
 やがて、笑みは騎士団に取り囲まれて消えて行った。
 その日、リアト・ヘイゼルは捉えられた。

 失意のままに、彼らは学園へ戻る。
 学園へ戻ったところで、騎士団が滞留しているのを知って、どの道学園にも逃げ道などなかったことを知る。


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