零の旋律 | ナノ

Assumption of fellow


「奈月、戻っておいて」

 佳弥の言葉に、奈月は李真の代わりに亜月ぬいぐるみを抱きしめ、首をふるふると横に振る。

「奈月」
「……五月蠅い……五月蠅い、五月蠅いっ! 黙って! 黙れ!」

 亜月ぬいぐるみを抱きしめたまま銃を構えて奈月は佳弥へ発砲した。

「佳弥!」

 それを間一髪で助けたのは冬馬の魔術だ。李真へ視線を移したのち、冬馬は奈月と向き合う。

「奈月、戻れって。臆病で怖いんだったら俺たちといればいいだろう、そうしたら怖くない」
「……五月蠅い五月蠅い五月蠅! 僕に構うな、僕は……僕は!」

 奈月が銃を続けざまに発砲するが、冬馬の防御魔術によって阻まれる。

「……なんで、邪魔するのさ。僕は……」
「邪魔をするよ。何度だって、何度だって邪魔をする。だって友達だろう?」

 佳弥の温もりが温かくて奈月には辛い。
 だから、拒絶した。



 十夜と閖姫が連撃を繰り出すが一向に当たらない。少し距離を李真がとって着地した瞬間を狙って久遠の弓矢が李真の心臓を狙って放たれた。李真はナイフで弾き飛ばす。

「殺す覚悟もない貴方たちより久遠の方がずっと――厄介ですよ」

 くすり、と李真は苦笑する。閖姫や十夜は気が付いていないだろうが、久遠の攻撃は自分の心臓を狙っていた。狙って――殺す気でいかなければ意味がないと久遠は気がついたのだ。

「久遠のほうがずっとわかっていますね」
「……俺は、閖姫や十夜とは違うからな」

 李真には遥か及ばなくても、誰も殺していない閖姫と十夜とは違い、すでに人殺し。人を殺す覚悟はとうのむかしから出来ていた。
 久遠は弓矢を取り出しながら魔術を矢に編み込んだ。そして放つ。
 鋭い閃光を李真はナイフで弾き飛ばすが――途端、水しぶきが李真にかかる。

「なっ――」

 右肌にかかった水に触れるため、右手で頬の水を救う。

「……これは、毒か何かか?」

 李真が冷静に問うと、久遠は顔を顰めながら答えた。

「痺れ薬。ばれないように魔術を編み込んだと見せかけてやったんだよ。にしても効かないか。それ――うちで使っていた中でも尤も強力な痺れ薬なんだけど、普通はたってもいられないんだぞ」

 久遠は肩をすくめる。閖姫と十夜は驚いて言葉が出てこなかった。

「ははっこれは油断したな。まさか痺れ薬を仕込んでくるとは思わなかったよ」
「李真はこうでもしないと意味がないだろう。油断大敵だ」
「本当に、久遠の方が――厄介だ。はははっ」

 李真は楽しそうに笑った。
 何が楽しいのか、閖姫と十夜には理解出来ない。



 奈月の銃弾が尽きたのは引き金を何発か引いたのに弾が発射されなかったことで冬馬と佳弥はわかった。リロードする様子はない。
 奈月の攻撃に対して、冬馬が防御魔術を張って攻撃を防いでいただけ。展開術式を得意とする奈月では自分たちに勝てないとわかっていたから。
 血を使って攻撃して来たとしても、あれは基本奇襲を得意とするタイプのものであり、防御魔術で防いでしまえば意味がないし、奈月の血を対外へ出す必要がある。その自傷行為に及ぼうとしたらすぐさま止めるつもりだった。

「奈月、戻っておいで」
「いやだっ!」
「奈月」
「近づくな!」

 奈月が銃の引き金を引く。弾はないから意味のない行為だ――と思いながら冬馬は直感で違う、と判断し慌てて防御魔術を築く。

「つっ――!」

 完璧に形成されなかった防御魔術のせいで、奈月の銃弾の反動を受け、冬馬は後方へ僅かに下がる。

「……冬馬、大丈夫か」
「勿論。怪我ひとつないよ」
「だろうね」

 佳弥の視線は奈月から動いていない。

「奈月」

 奈月では冬馬と佳弥の相手は出来ないと判断した李真が奈月の元へやってくる。

「奈月。逃げましょうか」
「うん」

 奈月が叫んだ、冬馬と佳弥に対しての拒絶の声が李真には居心地が良かった。
 ――そう、奈月はそれでいい。
 奈月を抱えて逃げようとした李真を止めるため、冬馬は

「閉ざせ、内なる障壁にて、汝と難敵を密閉せよ」

 魔術を放ち結界を生み出した。

「冬馬……」

 暗殺者としての冷淡な瞳が冬馬を射抜く。

「李真、奈月。俺らはお前らを連れ戻すって決めているんだ、逃がすわけないだろ!」
「ははっ」

 李真は抱えていた奈月を下ろす。李真は自分の腕を見る。暗殺者だからといって油断することもなく、一番強力な痺れ薬を用意した久遠に拍手を送りたい気分だった。
動きが普段より鈍い。
 だから――七つ同時に放たれた矢に気がつくのが僅かに遅れて、ナイフで弾く動作も普段より緩慢になり――そのうちの一つが李真の左肩に突き刺さった。
 李真はすぐさま、左肩から矢を抜き去る。血が肩から流れる。

「また……痺れ薬か」
「今度は矢に直接塗ったんだけど、一つだけでも食らわせられるといういことは、全く効かないわけじゃないな」
「そうですね。多少は聞いていますよ。毒だって聞かないわけじゃないんで」

 李真は素直に答える。そして脱出出来ないのならば仕方ない脱出出来るようにするまでだ、と判断を下す。
 相手は、例え才能を秘めていても――暗殺者ではないアルシェイル学園の学生なのだ。
 ――厄介なのは
 李真が駆けだした先には久遠がいた。唯一実戦経験を経験しており、修羅場も潜って気いるだろう元反乱組織の幹部。
 李真のナイフが一閃する。久遠は上体を逸らし交わす。交わしきれなかった髪が一房持っていかれた。久遠はそのまま身体を地面に倒して転がるように逃げる。素早く右手に重心を欠けて飛び起き上がる。
 二撃目のナイフが迫っている――久遠は弓を投げ捨てて懐からナイフを取り出す、ナイフとナイフが衝突しあう。
 右から迫るナイフを左へ振り払うことで回避する。久遠は魔術を詠唱して、水の刃を李真へ無数に放つと李真は僅かに後退しながらナイフで悉く払う。水飛沫が地面に吸い込まれる。
 十夜が背後から槍を振るうが、李真は身体を屈めて回避しながら、手を後ろに回し十夜の腕を掴み投げる。閖姫が足払いしてくるが、閖姫を逆に蹴ることで避ける。閖姫が後方に下がる。十夜は空中で一回転しながら着地をした。

「――此処まで来て、どうしてお前たちは武器を武器として扱おうとしない」

 李真は呆れる。組織ドミヌスや組織ハルモニアが襲撃してきた時も、今も、彼らは決して刃を向けない。殺意を露わにしない。

「刀は別に人を傷つけるためだけのものじゃないだろ」
「閖姫……。一つだけお前らにいっておくよ。実戦でなければいざ知らず、実戦でそんなことはただの他人に責任を押し付けるだけの行為だ」
「な……」
「閖姫や十夜が――いや、佳弥も冬馬も含めて、誰かを刃で傷つけられない分――人を殺せない分、他の誰かが人殺しを肩代わりしているんだ。お前らが殺せなかった人間を、久遠やフェルメが殺すんだ。俺はまぁ別にそこに含まなくてもいいけどな」
「つっ――」

 閖姫と十夜が息をのむ。久遠が会話の隙を逃さず弓矢を放つが、李真のナイフが叩き折る。

「別にいいだろ。殺せないなら殺せないことに越したことはない。人殺しなんて、しなくていいだろ」

 久遠の言葉に李真は舌打ちする。会話に乱入することへの拒絶だが、久遠はそれを聞かない。

「確かに、ハルモニアが襲ってきた時、十夜たちは誰も殺せなかったけど、別にそれは悪いことでも何でもない。普通人間は人間をそう簡単には殺せないんだよ。俺やフェルメがお前の言葉通り肩代わりを使ったとして――肩代わりしたっていいだろ。少なくとも俺は構わない。それに――今はそんな話、関係ないだろ。今眼前にいるのは敵じゃない仲間なんだ。どうして、十夜や閖姫が刃をむき出しにしなければならない?」
「……仲間、ね。というわりにはお前は俺に対して本気みたいだけど?」
「当たり前だろ。それが、俺の李真に対する誠意の見せ方なんだから。俺がそうするべきだと判断しただけなんだから、第一信頼しているんだよ」
「何をだ」
「お前なら、俺が心臓を狙って弓を放ったとしても、交わすという信頼をな。実際裏切られなかったわけだし」

 変な信頼をされたもんだ、と李真は思わず口元が緩んだ。心臓を狙ったという単語に閖姫や十夜は驚愕したようだが、すぐに表情を引き締める。
 久遠にされた変な信頼にならば答えてやろう、と李真は久遠の元へ駆けだす。李真がナイフを振るうとフェイクを入れて、久遠はそれに反応してしまった。直線で変わったナイフから腹部への蹴りには対応できず、後方へ衝撃を受けるが、李真が久遠の肩を掴むことで重心が移動することはなかった。
 李真がそのまま二撃目を久遠に加えて弾き飛ばす。

「がっ……」

 久遠は転がるが、辛うじて受け身だけは取り、起き上がる。その様子をただ、閖姫と十夜は眺めることしか出来なかった――李真に言われた言葉が脳内をうろつき身体の動きを抑圧していた。


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