Look to the future 「亜月は僕の双子で、僕は亜月を殺した。誰にも亜月を渡したくなかったから」 問われたから、奈月は過去を答えた。 李真にならば話せた。閖姫であれば問われた所で、適当な嘘をでっちあげたことだろう。そしてその嘘が露呈しないかに恐怖する。十夜が――過去を知っているから。 けれど、李真ならば問題なかった。李真は自分と同じ。過去、“大切な人をその手で失った”が故に、過去に縛られている。だから偽る必要はない。 「双子か」 「そうだよ。李真に血縁者は?」 「知らない。俺は物心ついた時から暗殺者をやっていたからな。だから血縁者がいるのかどうかは知らないし、多分いたら俺はそいつらを殺す。……けど、俺にはたった一人“親友”がいた。生きてはいないけどな」 「だろうね。君は僕と同じ匂いがしたし。それに、いたら、君はアルシェイル学園に来ることはなかったんだろうから」 「あぁ。あいつが――ハクリアが生きていたら、俺は今でも暗殺者をやっていたよ、リアト・ヘイゼルとしてな」 唯一無二の親友その名はハクリア・ヘイゼル。ヘイゼルは名前を知らない子供に対して組織が与えた名前も名字であり、そこに血縁関係はない。故に、ヘイゼルの名字を持つものはリアトとハクリアの他にも存在する。 ハクリアだけが、地獄のような場所でリアトにとって唯一心安らげる場所だった。 ハクリアだけが――殺せなかったから。自分と、全くの互角だったから。 手加減することもなく、戦って――それでも決着がつかない唯一の互角だったから、二人は親友になれた。 相棒として数々の組織から下された命令に従って他者を殺し続けた。 そして――殺し続けていたある日、“最期”の任務を受けた日、ハクリアは無くなった。リアトを生かすために、友達が死なないために守って死んだ。 ハクリアを失った空虚な心では、生きることが酷く面倒だった。 だから、リアト・ヘイゼル<自分>を捉えようとした騎士を適当に殺したが結局捕まった。 処刑されることになってもどうでもよかった。生きることが面倒だった。生きている意味を実感出来なかった。それほどまでにハクリアは大切な存在だった。 空虚な心のままで死を迎えようとした時、空虚なこころに割って入る――空虚だからこそ入り込んできた存在がいた。 殺されようとしたまさにその時、人々から浴びせられる罵声も何もかもに興味などなかったのに、それに意義を立てる馬鹿で愚かな人間がいた。 あびせられる罵声は全て正しい、反論する必要も意義を立てる必要性もないのに、状況を理解していない馬鹿は自分を庇った。 死にゆく者にそれ以上の罵声や罵倒をしてどうする、と。 だから――面白いと持った。空虚な心に、異物が入り込んで――生きる意味を取り戻した。 馬鹿――イヴァル・トライデュース、学園における冬馬を面白いと思ったから、李真は隠し持っていた糸で自分を拘束するものを破壊して、自由となった身体で、冬馬以外を虐殺した。 呆然とする冬馬を半ば誘拐する。 冬馬がどんな反応を見せるのか、期待をしていたら――冬馬は三十秒ほど後悔したが、これ以上後悔はしない、と言いだしたのだ。 だから、李真は冬馬と行動をすることにした。冬馬が大切になった。 けれど、今、李真は冬馬と行動を共にしていない。 「……李真はどうして、冬馬と一緒にいる道を止めたの? 大体の想像はつくけどさ」 「冬馬は、前に進むんだとよ」 苛立ちを半ば八つ当たりのように奈月へぶつける。 「だったら、俺は冬馬の隣になんていられるわけないだろう!」 「そうだね、過去に縛られている君が、未来へ歩み出す冬馬と一緒にいられるはずがない。冬馬をそうさせたのは間違いなく佳弥であり、閖姫や十夜、久遠といった友達だったんだろうね。だから君はあの空間から逃れた」 「あぁ、そうだ。あの空間は酷く居心地が悪い。吐き気がする」 「僕もだよ。あの空間は眩しすぎるんだ。だから僕は李真と一緒にいることにした。未来なんて、怖いだけだからね」 暗黒の道を手探りで進む先は恐怖するしかない。ならば、過去に縋る。未来に目を閉ざして過去に縛られ続ける。 奈月と李真は一泊してから、外に出る。澄んだ空気に太陽の光――李真は気配を察知した。それは、李真が深層心理では望んでいた気配。 「奈月、少し移動するか」 「ん? うん」 李真がさし伸ばした手を掴んで、李真と奈月は都ルシャイを出た所の草原で立ち止まった。 「どうしたの、李真?」 「……全く、俺たちを追いかけてどうするっていうんだ?」 都から走って追いかけてきたのは、冬馬や閖姫たちだった、ずっと街を駆け巡っていたのか表情には疲労の痕跡が見える。自分たちが学園を抜けだしたのを追ってから、一睡もしていないのだろう。 「はぁはぁぁ、やっと見つけたぞ!」 魔術師であり、体力面は他の面々に劣る冬馬が息を荒くしながらも、手を前に差し出しながら言い放つ。 「李真に奈月、戻ってこい!」 それは差し伸べられた手。眩しい光。 「……今さら戻って何になる」 「じゃあ俺たちの元から離れて何になる! 学園に戻ってこい!」 「学園に今さらリアト・ヘイゼルが戻れるとでも思っているのですか? 学園が犯罪者すらもろ手を上げて歓迎するような場所だったとしても、私を囲うことは出来ない」 「知るか! そんなもの知るか! そんなことは後で考える、だから戻ってこい! 俺の前から消えるな!」 「子供の泣きごとですか? 我儘ですか? そんなものに意味なんてないでしょう。駄々をこねたって現実は変わらないんですよ」 冬馬の必死の叫びを李真は軽くあしらう。 意味なんてない。学園はリアト・ヘイゼルをアルシェンド王国に引き渡すことを決める。そうなることがわかっているのに、リアトを学園へ戻してどうなる。 けれど、理屈で冬馬たちは考えていない。ただ、感情のままに突っ走っている。 仲間が大切だから、仲間と一緒にいたいから。 その感情が冬馬たちを動かす動力源だ。 いくら李真がそれを問うた所で聞く耳を持たない。 ただ、一緒にいたいだけ。李真と――離れたくないだけ。 その感情の前では、李真が戻ったことにおける現実を否定し、新たな道を模索する意志があるだけ。 「奈月、お前も戻ってこい。俺のことが嫌いか?」 閖姫が声をかける。奈月は閖姫を見ていられなくて、李真の背後へ隠れた。 「奈月! 俺はお前の過去なんて関係ないし気にしない、だから怖がらなくていい。戻っておいで」 優しい言葉に耳をふさいで奈月は李真の袖を握りしめる。閖姫が心配してくれる、それが純粋にこの上なく嬉しい。けれど、だからこそ怖い。 「奈月は嫌だってさ、閖姫」 「……李真も戻ってくればいいだけだろう」 「断るよ。意味なんてないんだから」 「意味なんて作ればいいだけだろう」 「お前らみたいにな、進めないんだよ。俺らは」 李真の表情が泣きそうに――実際はそんなことないのに、泣いているように彼らには見えた。 「進めばいいだろう。進めないなんて、そんなものは李真や奈月が決めていることだ」 閖姫の断言に李真は嘲笑う。 「誰しもがお前みたいに強くあれると思うな。そんなものは強くあれるものが口にする 戯言だ。詭弁だ」 「詭弁でも戯言でも構わない。一人で進めないなら皆で進めばいいだけだ」 「だから、一人で進めないからといって皆がいるから進めるとも限らない。お前らはそれを知らないだけだ」 一人で進めないのに、皆で進めるはずもない。 本心を露呈するのが出来ない臆病な人間は、他者に助けを求められない。 だから、他者と一緒になっているつもりでいるのは他者だけであり、臆病な人間はその場に取り残され続けるだけ。 誰とわかり合うこともせず、一人で臆病に震え続ける。 「だぁ! なんでお前らはそんなにめんどくさくて思考がひねくれているんだよ! 俺らが一緒にこいっていっているから、そうすりゃいいだろう!」 十夜が叫ぶ。手をとればいいだけ、それだけなのに何故拒むと。 「閖姫や冬馬、それに俺たちは見捨てないだろ、だから戻ってくればいいだろ」 久遠が続く。犯罪者であり、学園を襲った組織ドミヌスの幹部でありながらも立ち去ろうとしてくれた自分を引き留めてくれた十夜がいるから久遠はこの場にいるし、今まで通りに接してくれた仲間がいるから久遠は前を向いて歩ける。 「そういう風に、俺は……出来てないだけだ」 「逃げ続けることに意味があるのかい」 今まで無言だった佳弥が口を開く。凛とした口調に、前に進むことに怯えるものを前進させることが出来る声。 「佳弥、お前には理解出来ないだけだ」 「そうだね、私には理解出来ないよ。前に進むのが怖くても、何時までも後ろを見て逃げ続けられるわけじゃない、いつか終着点は訪れる。だから、李真も奈月も前を見て歩むんだ。その手伝いなら僕は何時だってする。此処にいる全員が君たちを手伝う。なのに、それを拒絶することは僕には理解出来ないよ」 「それは、お前が強いからだ、そしてお前がそういった世界で生きてきたからだ」 「確かに、君と私の生きてきた世界は違う。だからといって――それを言い訳にするな! 李真!」 佳弥の凛とした口調が、過去を選んだ自分たちを断罪しているようで李真は無性に苛立った。 ――お前が、冬馬を引き戻した。冬馬は、過去に縛られていたが俺や奈月のように深くはなく、綱渡りしている状態だった。それを――お前は安全な岸にまで誘導した! 李真が、奈月が掴んでいる手をそっと離す。奈月は李真が佳弥の言葉に胸をうたれてそちら側へ移動するとは思えなかったから不安はなかった。 何故ならば、李真の背中から憤りを読み取ったから。 李真の足音を響かせない動きに、久遠が真っ先に反応してけん制の意味を込めて矢を放った。 李真はそれを交わす素振りすら見せない。 「久遠!?」 冬馬たちが驚くが、久遠は李真から視線を離さない。 「久遠が正解だ。もし――無理矢理にでも取り戻したいと思うのなら、俺を倒してみせな」 残酷に笑みを浮かべた李真に、十夜と閖姫が並ぶ。 「李真、そんな言葉に意味はないよ」 佳弥は腕を組み、戦う意思を見せない。 「意味があるとか、意味がないとかそんなことは知らない。ただ、意志表示をするだけさ」 李真がかける。俊足はあっと言う間に距離をつめ、戦う意志を見せなかった佳弥を足蹴りしようとするが、閖姫の鞘がそれを受け止める。 「ほぅ」 李真が鞘を土台にして、跳躍し閖姫の背後へ回る。十夜が鞘のついた槍を振りまわすが、李真はごと如く回避をし触れる気配すら見せない。閖姫が背後を振り返り、刀を振るうが同様にあしらわれる。 「人を殺す覚悟もない攻撃が私に当たるとでも?」 李真が李真として嘲る。閖姫と十夜は何時だって刃を見せない。 「殺す覚悟のないお前らに、俺が止められるとでも思いあがっているのか?」 閖姫と十夜から打撃を与えられた所で致命傷にはならない。刃で傷つけられれば出血多量で死ぬかもしれない。 「知るか。なんで仲間を連れ戻すのに、仲間を傷つけなきゃいけないんだよ」 十夜が力強く断言する。前を向いた意志が李真には忌々しい。 冬馬は、どうすることも出来ず呆然とするしかなかった。 佳弥は、李真ではなく奈月の方へ向きあう。李真という背中がなくなった奈月に近づくのは容易い。李真とは会話をしたが、奈月とは会話すらしていない。 [*前] | [次#] TOP |