零の旋律 | ナノ

World of only two people


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 崩落する建物は突然のこと。足場が崩れ落ちる。突然の出来事――任務を終えた安堵から緊張感が抜けていたからこそ――反応が遅れた。
 人為的な崩壊、それに気がついた時には既に足元が崩れ落ちていた。死ぬ、と思ったのも束の間。走馬灯すら流れない刹那、身体が宙に引っ張り上げられる。
 助けたのは――スノーホワイトの髪を肩までで切りそろえた、少年だ。

「リアト、助けるよ」

 最後に映ったのは、リアトの生存を望むシェルピンクの瞳だった。

「ハクリア!?」

 リアトは叫ぶが、自分の代わりに死を選んだハクリアを助けることは叶わなかった。リアトの唯一の相棒にして親友だった、ハクリアはリアトを助けその代償として死んだ。その過去を李真は思いだす。時折、夢にすら見る鮮明な映像。

「……」
「どうしたの?」
「……何でもねぇ」

 想いにふけながら、李真は奈月を抱えて建物間を移動していた。
 特に行くあてはない、ただの現実逃避だ。

 けれど――もう一度、皆に会いたいと思う迷いが深部であるのか、都ルシェイの外に出る気にはなれなかった。出てしまえば――恐らくもう二度と彼らと会うことは叶わない。その心理に李真は気がつかなかった。
 建物の上に立ちながら李真は自分にしがみついている奈月を見る。
 儚くも折れて散りそうに脆い存在。過去に縛られて不確定な未来を見ることを恐れる臆病な兎。自分と同様壊れた心を持つ人間。

「一旦、何処かで宿でも取りましょうか」

 奈月から返事はないので反対ではないと判断し、李真は適当な宿をとった。
 部屋を分けるのは問題が起きた時対処するのに面倒なので、ダブルの部屋を一室とった。奈月はベッドに腰掛ける。
 特に計画はない。学園から逃げたはいいものの、先を考えていない。未来から逃避しているのだから、未来の計画を練れないのはおかしなことではない。
 僅かな希望と憤りと絶望と、様々な心が心中を渦巻いていて、愚かだと李真は自嘲するも、その気持ちが薄れることはなかった。

「奈月――お前は何故亜月ぬいぐるみを大切にする? 亜月ぬいぐるみの中には――人体のパーツが含まれているだろ?」



+++
「奈月をお前は本当に連れ戻したいのか」

 十夜が真剣な瞳で閖姫を見据える。

「あぁ、勿論だ」
「じゃあ――教えてやるよ。俺の知る限りの“奈月”と“亜月”を」


 時は僅かに遡る。
 学園内を探しても見つからないのだから、以前奈月が外に出たように、外に出たのではと判断した彼らは何時も使っている抜け道から外に出ようとした時、教師フェルメが姿を現す。

「フェルメ……」
「行っておきますけど、奈月はともかく、李真を見つけた所でどうしようもないですよ。李真、いえ、リアト・ヘイゼルという正体が大多数の人間に知られてしまった以上、彼に生きる道などないのです。それに彼が真実貴方達と心を交わすことなどないでしょう。それでも、貴方達は探すのですか、連れ戻したいと願うのですか、彼を、奈月を」

 フェルメが真摯に問う。

「当たり前だ。それでも――俺は李真と奈月を連れ戻したい」

 間髪いれず冬馬が答える。

「リアト・ヘイゼルに生きる道はないとわかっていながら?」
「勝手にそんなことを決めるな。道なんて俺がいくらでも作ってやる。場所なんて俺が作ってやる。李真を、リアトは大切な俺の――ものだ。勝手に失わせるなんて許さない」

 冬馬の本心だった。勝手にいなくなって死ぬなんて許さない。フェルメはため息をつく。

「外に出た所で、どうしようというのですか。李真と奈月が都ルシェイの外に出ていたら探す範囲は膨大すぎて探しきれませんよ?」
「探し出す。例え――どんな権力を行使しても、探し出す」

 冬馬は揺らがない。

「当たり前だろ。例えどんな手段を使っても、俺は奈月と李真を探しだすよ」

 閖姫も続く。大切な仲間がいなくなったのだ、探し出すのは仲間として当然のこと。そこに疑問はない。

「例え、奈月や李真がどんな存在だったとしても、俺だって元々犯罪者だしな。もう佳弥と冬馬の正体で充分驚いた。これ以上に驚くことなんてないだろ」

 久遠が笑いながら言う。

「連れ戻したいと思うことを、フェルメには邪魔させない」

 槍を構えながら十夜は断言する。

「どけ、フェルメス・アーハイド。私たちは仲間を探しに行くだけだ。君たちに止められる筋合いはない。私たちは、“李真”と“奈月”を――連れ戻すだけだ」

 佳弥の凛とした言葉。全員の確固たる意志が――フェルメを見据える。

「……特例ですよ。けれど、覚えておきなさい。リアト・ヘイゼルは暗殺者であり、貴方達にどうこうすることが出来る存在ではないことを。覚えておきなさい。奈月の深層心理を理解出来るのはリアト・ヘイゼルだけだったということを。貴方たちには“理解出来なかった”のだということをゆめゆめ忘れないで下さい」

 彼らの意志は覆せない、そう判断したフェルメはそれだけを告げて、踵を返した。


 学園の外に出る。何度も見た景色なのに、その広大さに一抹の不安が襲ってくる。
 それを歩むことで霧散させようとした閖姫を、十夜が止めた。

「閖姫。奈月をお前は本当に連れ戻したいのか?」

 十夜が真剣な瞳で閖姫を見据える。

「あぁ、勿論だ」
「じゃあ――教えてやるよ。俺の知る限りの“奈月”と“亜月”を」

 十夜が知る限りの奈月の過去を、この場で語った。


「亜月ぬいぐるみ、奈月の宝物を知っているよな?」
「あぁ、知っている」

 亜月ぬいぐるみは奈月が大切にしている兎のぬいぐるみ。愛らしいピンクの兎に黒い眼帯がついた――少しだけ異質なぬいぐるみだ。

「何故、亜月って名前だか知っているか? あれは、亜月の形見を入れたぬいぐるみだから、亜月っていうんだ」
「形見?」
「そうだ。奈月と生前の亜月は“双子”だ。そして、亜月を奈月は“殺した”――奈月の眼帯はその時、亜月につけられた傷だよ」

 十夜にとって忘れられない事件。脳裏に映るは亜月の死体、そして奈月を殺そうとした自分の姿。殺されるのを良しとした歪んだ奈月の笑み。

「奈月と亜月がどうして学園に来たのか、とか詳しいことを俺は知らない。俺が学園に来るより昔のことだからな、ただ当時の奈月と亜月は傍から見れば見わけがつかないほどに同一だったんだ。髪型から服装、何から何まで同じお揃いだった。それだけなら双子としてよくあることだから違和感もないが……あいつらはお互いに依存していた。これも別に双子ならって思うかもしれないけれどその依存心が――ただ、異常だっただけだ。何がどう異常かと言われても俺にはわからない。けれど、ただ異常だったことだけがわかった」

 十夜は過去を思い出す。
 何時も一緒に行動し、他の存在を排他的にしていた双子。
 同じ格好をしてまるで、自分たちが同一に見られることを望んでいるかのごとく同じをし、同じ存在として生きる姿。
 お互いだけが大切だとお互いにしか見せない笑顔。
 他者を排他して作り上げたお互いだけの空間。他者を拒絶する閉じた世界。

「そしてある日、きっかけがあって俺は、二人だけで完結していた世界に――足を踏み入れた。正確には亜月と仲良くなったんだ。それを奈月は本心では快く思っていなかった。自分たちの内側に異物が紛れ込んだんだからな。けれど奈月は表面上、俺と仲良くなった亜月を喜ぶ奈月を“演じていた”自分の本心を誤魔化してな。俺は、亜月と一緒にいるのが楽しかったし、亜月も俺と一緒にいるのが楽しかったんだと思う。亜月は奈月を嫌ったわけじゃない、ただ亜月の世界に映る人間が一人増えただけだった。ただ、それだけだった」

 あの時、大丈夫だという言葉を信じていた亜月に、奈月を気にかけるように口を開いていれば――。依存心が強すぎるから、少し距離を置いてみるのもいいんじゃないかと能天気に思っていた自分の頭を分殴っていれば――あの事件を引き起こさなくて済んだのに、と十夜は何度繰り返したかわからない後悔をする。その後悔は今でも続いている。

「けれど、奈月にとってそれは亜月が自分以外を見ている、それが耐えきれなかった。抑えきれない独占欲を奈月は自らを自傷することによって抑えていた。その自傷も他者には知られないように亜月には見られないように徹底して隠しながら続けていたから、俺らは気がつかなかった。けれど、それも限界が来た。奈月の耐えきれなくなった心は――亜月を殺せば、亜月は永遠に自分と一緒にいられると考えた。奈月は亜月を殺した。そして俺はその場面を見て、殺された亜月を見て、奈月を殺そうとした」

 息をのむ声がしたのは果たして誰のものか。

「奈月は、俺に殺されそうとしているのに抵抗をしなかった。どっちでも良かったんだ。死ねば――亜月のことで心を痛める必要もないし、亜月と離れることもないからな。そんなことにも気がつかなかった俺は、怒りで殺そうとした。けれど、そんな俺を止めたのはフェルメだった。俺は我に返ったよ、何をしようとしていたんだってな。だから、俺はフェルメに亜月がいなくなったのは俺のせいにしてくれ――そういう噂を流してくれと頼んだ」

 奈月がこれ以上に壊れないように、誰かのせいにしておけば奈月は今の状態で踏みとどまれると信じて。

「だから、十夜は酷い人間だって……誰かと喧嘩をして怪我を負わせて誰かを学園から追い出したって噂が流れていたのか?」

 久遠が学園に来たばかりの頃、耳にした噂。孤島で独りぼっちだった十夜の姿を思い出す。
 誰の部分は噂が廃れてきていたのか、わからなかった。多分フェルメが意図的に情報を操作して、それが亜月だとはわからなくしたのだろう。
 そして、人々の記憶から亜月は消えて行った。フェルメが全てそう仕向けた。ただ、十夜に悪意だけが向くようにした。

「あぁ。そうだよ。別に俺はそれで構わなかったしな。それで良かった――まぁ奈月が亜月と名付けた兎のぬいぐるみを作り上げたときは流石に愕然としたけれど、それが奈月の心の平穏を保つための手段ならば仕方がないと認めたんだ。奈月はどうしようもなく歪んでいる。歪んでいる癖にその本心を偽って生きてきているんだ」

 十夜は奈月の過去を語り終えたあと、閖姫を見る。


「それでも――奈月はお前の仲間か?」
「当たり前だ」

 閖姫の答えは決まっていた。


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