零の旋律 | ナノ

Tyrant and Overlord


 細い裏路地を冬馬の案内で進んでいく。
 しかし、先刻まで全力疾走していたカナリアはすぐに体力がつき、足取りが覚束ない。閖姫と冬馬は目線を合わせ頷き合う。閖姫は体力が尽きたカナリアを担いで走り出した。担がれたカナリアに抵抗をする素振りはない。余程あの黒づくめには捕まりたくないのだろう。
 裏路地の中でも入り組んだ場所まで到達した時、冬馬は歩みを止める。閖姫はカナリアを地面に下ろす。

「お前、一体何なんだよ」

 肩で息をしながら冬馬は問う。本来ならば楽しく街を散策して学園に帰宅するだけの予定だったはずなのに想定外の出来ごとに巻き込まれた。下手をすれば学園にも知られるだろう。

「……ごめん、なさい。一般の人まで撃つなんて思わなくて……」
「いや、あの状況的にあの外見的に一般人を撃たないって選択肢の方が確率低いだろ」

 黒づくめ集団は見るからに目的を達成するためならば手段を選ばない雰囲気を醸し出していたのに、カナリアはそれに気がつかなかった。

「ごめんな……さい」

 弱弱しく謝る年下のカナリアを責める気には閖姫も冬馬もなれない。

「まぁ別に仕方ないからいいよ。カナリアだよな?」

 閖姫が名前を確認する。

「うん」
「じゃあ、カナリアちゃん。行くか」

 閖姫が手を差しばしたが、その手にカナリアは掴まない。どうしたのだ、と閖姫がカナリアの顔を見ると眉を顰めていた。

「どうした?」
「僕、男です」
「はぁぁあぁぁ!?」
「はぃぃいいい!?」

 閖姫と冬馬の音の高さが違う声が重なり深夜の状況を忘れて微妙なハーモニーを生み出した。
 驚愕する閖姫と冬馬とは対照的にカナリアは何を驚いているのだ、と首を傾げる。ツインテールの髪が左右に揺れる。

「おまっ、男!? その格好は趣味!?」

 矢継ぎ早に冬馬は思わず訪ねてしまう。カナリアの、全体をフリルで覆ったようなドレスのような形状の服装は何処をどう見ても少女が着る服だ。足首まである長いツインテールで止めている布もリボンだ。なのに――このカナリアは少女、否、少年だというのだ。

「何が不思議なんですか? というより……何故お二人はそんな恰好で街を歩いてんです?」
「へっ……」

 予想外の言葉に、呆然とする。

「フリフリ、きないの?」

 カナリアの言葉に、冬馬は閖姫を、閖姫は冬馬がフリフリをふんだんに使われた白のドレスを着ている姿を想像した。想像をしてどうしようもなく吐き気がした。顔はモザイクにしたのに。

「ないないない」
「絶対ないから。まかり間違ってもないから」
「何故?」
「あのさ、俺が来て似合うと思う? カナリアの服を着た姿を想像してごらんよ」

 冬馬が顔を引き攣らせながらカナリアに問う。

「ん? 別に問題ないよ」

 あっさり問題ない発言をしたカナリアこそが問題大ありだ、と思わず冬馬は突っ込みたくなるが、身なりからしていい所のお坊ちゃんなのは確実だ。お坊ちゃん故の世間知らずだろうと頭を痛ませながら納得した。

「で、カナリア、あいつらは何」

 話を無理やりそらして冬馬は質問する。あの物騒な黒尽くめ集団は、どう見てもただの一般人とは到底思えない。

「僕の……見張り?」

 疑問形で返してくるカナリアに閖姫はたいして良く分からないままに逃げていたのかと半ばあきれる。

「で、お前はどうしたいの」
「僕は……あの屋敷には戻りたくない」

 カナリアが断言した時

「しゃがめ!!」

 閖姫が叫ぶ。狭い路地裏で声が反響する。
 もしかしたらこの声で寝ていた誰かが起きたかもしれないが、構ってはいられない。
 閖姫の声に従って冬馬はカナリアの頭を地面に押し付ける勢いでしゃがむと、頭上すれすれに銃弾が飛んでいった。対象を貫くはずだった弾丸は壁に穴をあける。閖姫の判断が一瞬でも遅ければあの世だっただろうと冬馬は自然と冷や汗が流れる。
 ――街中で銃なんか使うんじゃねぇ! 物騒だろうが!
 声にならない文句を叫ぶ。

「一撃で死んでいれば、不用意に苦しむこともなかっただろうに」

 冬馬は周囲を警戒しながらカナリアと起き上がる。入り組んだ裏路地で逃げ道をふさぐように前後から三人ずつ黒づくめの男たちが現れている。

「なんでこの餓鬼を?」

 冬馬が慎重に問う。

「カナリア様は我が主のご子息様。逃げだせば連れ戻すのは当然のことでしょう。何を不思議に」
「にしては、穏便に済ませましょうって沙汰じゃないよな」
「カナリア様の存在は我々以外誰も知らなくてもいいのですよ」
「目撃者には死あるのみってか――物騒極まりないだろう」

 冬馬はあきれ果ててため息が出てくると同時に、愛用の武器を学園においてきたことが悔やまれた。
 一応――武器の変わりになるように裏路地の中でも鉄パイプや人を殴るのに適切そうな武器が無造作に転がっている場所を選んで逃げてきた。それらの“武器”を手に取れば丸腰よりかはましな戦いが出来るだろう。問題は急ごしらえの武器に対して黒づくめ集団は銃で武装をしていること。ナイフなどの接近戦用の武器も懐の中に仕舞われていることだろう。急ごしらえの武器では武器としての性能には明らかな差がある。
 逃走しかしなかったカナリアは戦う術を知らないだろう。それ以前に見るからに深層の少女――否、少年とした風貌のカナリアでは無理だ。

「はぁ……全く持って。折角の夜遊びがこんなことになるなんてな」
「ごめんなさい」
「いや、今のは俺の愚痴だから気にしなくていいよ」

 申し訳ないと涙目になっているカナリアに、冬馬は優しくその頭を撫でた。

「というわけで閖姫に頼みますかっ!」
「俺を使うな、俺を。お前もやれ」
「えー、此処は『覇王』様に頼みたかったのに」

 『覇王』という単語が相手にも聞こえたのだろう、随分仰々しい呼び名だと思っているのか、顔は哂笑している。
 ――覇王をなめるなよ
 冬馬は人知れず呟く。

「なら、暴君もやれ」

 大層な呼び名が続くものだと侮っている黒尽くめの人数は六人。

「はいはい――じゃあ、ノルマは三人で。背中は任せた」

 冬馬は地面に転がっている鉄パイプを、ボールを蹴りあげる要領で上げ、左手に持つ。冬馬とは違い閖姫は普通に屈んで鉄パイプを握った。
 そんな急ごしらえの武器でましてや未成年がはむかってくるのか、と黒づくめの集団は明らかに覇王と暴君を舐めていた。

「随分と侮られたもんで。舐めるなよ」

 冬馬が大胆不敵に宣戦布告する。


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