零の旋律 | ナノ

The end of the raid


 冬馬は閖姫の隣へ歩いていく。冬馬の治療を一通り終えた久遠は佳弥の治療に映る。フェルメは現状の後始末を考えているのか、腕を組んでいた。

「悪かったな、奈月を傷つけて」
「冬馬のせいじゃないだろ。それに、俺だってわかっているよ。李真が動かないと奈月が止まらなかったってことくらいは、ただ――いやいい。ただ俺の力不足を他人になすりつけるつもりはない。李真は何者だ?」
「閖姫は本当に、心が広いな。俺の狭量さが嫌になるよ」

 冬馬は思わず呟く。

「別に心が広いとは思わないさ」
「いや、広いよ。お前といい佳弥といい眩しくなるくらいにな。李真は……いや、その
前に話すか。俺の本名はイヴァル・トライデュースっていうんだ」

 李真のことを勝手に話すより先に、自分のことを友人に話すべきだと冬馬は思った。どの道――どちらにしろ、自分と佳弥のことは知られるだろう。だから、その前に自らの口で告げる。

「トライデュース? あのトライデュースか?」
「どのトライデュースかは知らないが、お前のご想像通りのトライデュースだと思うぞ」
「成程、だからそんなにも魔術が強かったのか、確かトライデュースって、魔術の名門だろ? 大貴族様」
「だろ? って疑問形で言われるとは思わなかったんだけど」
「そこを気にするか? 俺は元々レミュレスの出身だからそこまでアルシェンドには詳しくないって」
「レミュレスだったのか」
「あぁ、まぁ俺は冬馬みたいな有名人じゃないけど、一応本名はユリキ・サイラスだ」
「ゆりきって変わらないんだな」
「あぁ、だって偽名で呼ばれるってなんか慣れないだろ?」
「そりゃ、そうだな。俺も暫くは冬馬って名前馴染まなかったよ、今では冬馬の方に馴染み過ぎた気もするけどな」
「ははっ。まぁ俺はゆりきで一つ後悔していることがあるんだけどな」
「なんだ? ってわかったぞ。“閖姫”の姫か」
「正解」
「どうして、姫にしたんだ?」
「……いや、あてる字は何でも良かったからフェルメに任せたら姫にされた……」
「ははっ。そりゃお前が悪い。フェルメに任せるからだよ」
「入学したてでフェルメのことがわかるかよ!」
「まーな。さて」

 冬馬は話を切り替える。閖姫の名前誕生の経緯を話されたからか、少しだけ心が軽くなった。

「李真の本名……なのかは知らないんだけどよ。学園に来る前の名前はリアト。リアト・ヘイゼル――元暗殺者だ」
「暗殺者!?」
「あぁ……」

 勝手に李真の過去を離すべきではないのかもしれない、けれど――黙っていることはもう李真が過去の姿を披露した瞬間に崩れ去っている。今までの日常は消え去ったのだ。隠して置くことに意味があるとは思えない。閖姫のことは友達だから、大切な仲間だから話すのだ。

「暗殺者だからリアト・ヘイゼルはあの時躊躇せずハルモニアを殺戮出来たんだ」

 殺害、ではなく殺戮。

「そっか」
「あぁ。……まぁナヅっちゃんも殺戮をしていたけど……流石に俺はナヅっちゃんが何者かは知らないぞ」
「俺も知らない。けど、奈月は語らないと思う。それで、いいさ。奈月は奈月だし、李真は李真だ。俺たちが人を殺せないからといって殺した奈月を、李真を、それに久遠とかを責めるつもりはないし、嫌煙するつもりもないよ」
「流石覇王様懐が本当にお広いことで」
「そういう暴君だって構わないんだろ?」
「勿論だ。その程度で、俺が嫌いになるわけないだろう? 誰が何を言おうともな。だって――俺は暴君だ」

 閖姫と冬馬は笑いあった。


「何がどうなったんだ!?」

 遅れてやってきた十夜は惨状を見て、叫んだ。
 何が起きたのかは不明だが、一つだけわかることがある――学園が襲撃された危機は去った――ということだ。
 そして、フェルメの表情から察して一難去ってまた一難なのだと理解して顔を渋る。


 久遠は佳弥の怪我を治癒しながら遠慮がちに問いかける。

「なぁ、佳弥……いや、アシェルア様っていったほうがいいのか?」
「佳弥でいいよ。私は確かに王女だけれど、此処では佳弥だし、それにアシェルアと呼ぶにしたって呼び捨てで構わない。君とは友人なのだから」
「……というか……佳弥、いいのか?」
「何がだい?」

 治癒の光が温かく包み、折れた腕を再生していく。

「俺はアルシェンドを目の敵にしていた組織ドミヌスの幹部だぞ?」
「あぁ、そのことか。構わないよ、今いる久遠は久遠じゃないか。僕の友人の。だから、僕は君が何者だったとしても気にしないよ」
「ははっお前の懐には誰にも勝てないだろうな。何その広大過ぎる懐! 羨ましくて涙が出るよ」
「そうかい? 僕はただ、僕の友人のためならば全力を尽くす、それだけだ」

 誰よりも男らしいんじゃないか、久遠はそんなことを思いながら佳弥を治療を続けた。


 レミュレスの地下組織ハルモニアがアルシェンド王国のアルシェイル学園を襲撃し失敗した情報を、大国レミュレスが知った時、驚愕が走った。
 ハルモニア組織の大部分をアルシェイル学園襲撃に向かわせた結果、ハルモニアは殆ど機能しない状態に成り果てていた。
 アルシェイル学園にハルモニアを全滅させるほどの戦力があったのかは結論からすれば全て謎のままだった。レミュレスはアルシェイル学園で起きた出来ごとを掴みとることが出来なかった。
 スパイを潜り込ませようとしたが、閉鎖学園は現在、ハルモニアに襲撃されたことを理由に学生の入学拒否していた。



 カナリアは、学園から直接招かれてアルシェイル学園の地を学園際以外で踏む。
 惨劇の名残が酷く、カナリアは息をのむ。学園祭の華やかだったイメージとは真逆の凄惨な雰囲気を醸し出している。果たして此処は同じアルシェイル学園なのかと――疑いたくなった。
 正門をくぐったところでカナリアを出迎えたのは、

「初めまして、フェルメス・アーハイドです。フェルメとお呼び下さい」

 教師フェルメだった。

「は、初めまして。カタリナ・フェルティースです。えと、カナリアと呼んでください」

 カナリアはおどおどしながら、優しそうな風貌のフェルメにお辞儀をする。

「今日は此方に来て下さって有難うございます。冬馬から伺いました。深刻な人手不足なもので本来ならば自分たちでやらなければいけないことを外部の――貴方にお願いすることになってしまい申し訳ありませんね」
「そ、そんなことないですよ! 僕が出来る範囲だったら、頑張ります」

 緊張しているのか言葉が上ずっている。

「緊張しなくていいですよ。有難うございます」

 後に、親切丁寧なフェルメのことをカナリアがいい人と称して、冬馬と十夜に思いっきり否定されるのだが、根が純粋なカナリアはフェルメのことをいい人だと思ったままになるのはまた別の話。
 カナリアが呼ばれた経緯は、怪我人が大勢いるのに対して治癒術師の数が圧倒的に不足していたからだ。その様子を見た冬馬が、フェルメにフェルティース家の御子息が治癒術の達人であることを告げた。
 猫の手も借りたいが、大々的には借りられない現状だった学園はフェルメと大貴族イヴァル・トライデュースの言葉でカナリアを特例で学園内へ入出を許したのだ。
冬馬が太鼓判を押すだけあってカナリアの腕前は学園の誰よりも卓越しており、あっと言う間に怪我を治していった。その姿をみたフェルメが学園にカナリアをスカウトするという珍しい事態が起きたが

「僕は……えと、自分で入りたくなったら入学、します」

 という返事をカナリアはした。



 奈月は一人、屋上で亜月ぬいぐるみに蹲っていた。

「うぅ……」

 ハルモニアが襲撃してきた際、閖姫が怪我をしているのを見て、我を忘れて暴走してしまったことが恥ずかしかった。
 怪我は治療してもらったから殆ど治ってきてはいる。
 李真が自分を連れて行ってくれたため、閖姫に自傷した今までの傷跡が知られることはなかったが、それを差し引いても閖姫の前で暴走してしまった。閖姫にだけは見せたくなかった“本性”を垣間見せてしまった。
 それなのに閖姫が今まで通り心配してくれる姿が、今まで通り接してくれるのが辛かった。
 何故こんなにも自分に優しくしてくれるのかが理解出来ない。


 十夜は、ハルモニア襲撃から一晩経った後で、あの時何が起きたのか冬馬に詰め寄って問いただした。
 奈月と李真がいない場で、冬馬は説明をする。

「はぁ!? じゃあ何か、お前はあの大貴族トライデュースの御子息様で、佳弥がアルシェンド王国の王女アルシェア様だってのか!? で、李真は暗殺者ってお前ら何豪華な面子+危険人物みたいな組み合わせしているんだよ」
「いやぁ……そんなわけでした」
「褒めてねぇからな。つーか、佳弥と冬馬が幼馴染ってもう……それ豪華すぎだろ」
「因みに許婚だよ」

 さらりと佳弥が口を挟む。佳弥と冬馬以外が目を丸くした。暫く沈黙の時が流れる。

「はぁぁぁあ!?」
「冬馬と佳弥が許婚!?」
「豪華ですまないだろそれ!」

 次々にまくし立てられて予想通りの反応に思わず冬馬と佳弥は顔を見合わせて笑った。

 李真はその場に姿を見せず、その様子を、気配を消して扉の向こうで聞いていた。
 ――佳弥と冬馬に何かあるとは思っていたけれど、許婚とはな
 ――忌々しい
 誰にも心中を悟られることなく、その場を後にする。


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