零の旋律 | ナノ

Still can not kill


 十夜と行動を共にしなかった奈月は一人、奈月は閖姫を探して走っていた。普段運動を拒む奈月には走り続ける体力などなく、息が荒いがそれでも歩みを止めることはなかった。
 一目を憚ることをしない走りは当然ハルモニアの面々にも目撃される。格好の的と狙われる。

「邪魔だ――!」

 奈月がナイフを振り下ろした先は果たして――自分の手首だった。包帯が巻かれた手首に上をナイフがかすり、赤く染まる。血管を廻る血液が表に現れた。血は意志を持ったかのように動き、少量のそれ、が相手の指を掠める。

「つっ」

 僅かな痛み。けれど、気にするほどの怪我ではない、と相手はその傷口を無視した。尤も、無視しなくとも手遅れの行為であったため、結論として意味はない。
 奈月の血が相手の血と混じり合うことで、その血は奈月の血として変質する。奈月は自らの血を自在に操ることが出来た。
 だから、相手に“奈月の血”でかすり傷でも追わせることが出来れば、それだけで奈月の勝利が確定する。

「がはぐうあ!?」

 言葉の羅列を相手は叫ぶ。体内で何かが、血が沸騰するように暴れているのだ。やがて、全身の血管を突き破って血が表で出てきた。

「僕に構うな、僕は閖姫を探しているんだ」



 冬馬の腕から血が流れる。魔術で防御しているからといって――それでも、全ての攻撃を防ぎきれるわけではないし、久遠や閖姫、フェルメが加わったからといって不利な状況から脱せられたわけではない。

「くっ……」

 フェルメの額から汗が流れる。指先から血が滴る。弓矢はとうに尽きていた。矢を魔術で編み出し放つ。途中で七つに分かれた矢が相手を貫こうとするが、防御魔術に阻まれて進まない。
 ひびがはいった防御魔術を破壊するかのように久遠の鋭い一撃が貫くが、破壊する衝突で失速し、相手を致命傷に至らすには足りない。
 閖姫が刀で連撃するがはじき返される。肩から血を滴らせ、顔を顰める。
 佳弥は近づいてきたハルモニアの人間に回し蹴りを食らわせようとするが、途中で足首を掴まれ投げ飛ばされる。空中で回転しながら着地すると拳が眼前に迫ってくる。佳弥は交わしきれないと踏んで腕でガードする。そのまま勢いよく吹き飛ばされる。辛うじて受け身はとったが腕が上がらない。

「大丈夫か!?」
「だ……大丈夫だよ。助かる」

 久遠が駆けつけてすぐさま治癒術を使う。ある程度治ったところで佳弥は大丈夫だ、と攻撃に戻る。
 冬馬が魔術を膨大な魔力を駆使して魔術を使うが状況は好転しない。
 多勢に無勢。相手はアルシェンド王国を滅ぼそうとする組織の面々。その戦闘能力はもとより、人を殺すことにも長けていた。襲いかかってくる殺意の嵐を受け流せてはいるが、永遠に続けられるわけではない。
 その間に結界が破れて応援がきて組織ハルモニアを撤退させてくれる――そんな夢物語は訪れない。

「ちっ――ブレネン・フランメ・シュデン」

 冬馬は魔力任せの魔術乱発を止めた。精神を統一する。
 足元に浮かびあがる煉獄の魔法陣、唱える詠唱はアルシェイル学園の地下で見た刻まれたスペルコード――『古代魔術』を冬馬は発動する。
 炎の陣が上空より浮かびあがり、それらが発火線の如く螺旋を生み出し着火される。燃えあがる業火は大地を焼きつくそうとする。それはまるで天からの天罰の如く降り注ぐ。上空一体を覆う、回避不可能な炎。

「ナス・レーゲン」

 目には目を古代魔術には古代魔術を、二輪の薔薇をさす男が手にしたステッキを翳すと同時に、水の魔法陣が浮かび上がり、灼熱の焔を鎮火しようと、水流が豪雨となりて炎と相殺し合う。すさまじい水蒸気が周囲を覆う。焼きつくす焔を水が死守する。
 相殺された後に残るは、雨の跡。

「なっ――古代魔術まで扱えるのかよ!」

 冬馬は愕然とする。だが、古代魔術を扱った二輪の薔薇を刺した男は、膨大な魔力を消費したのか、肩膝をついていた。立ち続けられる冬馬の方が魔力総量も実力も上なのは一目瞭然だが――それでも

「……俺だって流石に二回目の古代魔術はこの状態じゃ無理だぞ」

 既に、魔力を発動しすぎたせいで、枯渇してきている。
 通常魔術ならまだ扱えるが膨大な魔力を必要とする古代魔術は使えない。使っても、魔力が尽きてその後魔術を発動出来なくなる。その状況は避けたかった。
 他の場所の状況がどうなっているのかは不明だが、好転していることはないだろう。 アルシェイル学園を閉じ込めている結界も未だ解除された様子がない。
 このままだと、学園は――佳弥は、冬馬は唇を噛みしめる。佳弥の素性を明かすことで状況を覆すことが出来なかった。むしろ不利な状況を生み出した。そのせいで、閖姫や久遠、フェルメが戦い傷ついている。
 疲弊のせいで飛んできたナイフを交わせず、冬馬の腕に突き刺さる。

「がっ――」

 歯を食いしばって、ナイフを抜くと血が滴る。腕から血が滴り白のワイシャツが赤く浸食されていく。
 閖姫に久遠、フェルメが駆けつけてくれたおかげで、相手も無傷というわけにはいなかい。特に人を殺して数を減らす久遠とフェルメの活躍により当初より数は減っている。それでも、例え百人いたうちの住人が減ったところで数に大差はない。その程度の減りだった。傍目からみれば人数が何も変わっていないようにしか見えない――事実、冬馬は眼前のことに手いっぱいで気がついていない。王女を殺そうとハルモニアの面々が次第に集結していることに。
 荒い呼吸を整えるよりも早く魔術が迫ってくる。他の皆をも巻き込まんとする魔術に冬馬は広範囲の防御魔術を展開して防ぐ。幾度目かのやりとり。最早何度目かも記憶にない。

「ぐっ――」

 閖姫は強烈な蹴りを喰らって後退する。バランスは崩さなかったが吐き気がする。満身創痍の状態に近く、油断すれば刀を手から零しそうだった。何回か久遠に治癒術をかけてもらったが、それでこの状態なのだから、久遠がいなければすでに死んでいたとさえ思う。
 朦朧とする意識を必死に繋ぎ止めて、閖姫は刀を振るう。


 状況が好転しない中――フェルメは、アイスグリーンの少年が此方へ走ってくるのを捉えた。

 それは異質で構成された歯車の中の最たる異物――だ。



「冬馬!!」

 李真が糸を使った跳躍でハルモニアの面々を飛び越え、冬馬の隣に立つ。傷一つ李真は負っていない。

「大丈夫ですか、冬馬!」

 無数の怪我を負った冬馬、その額からも血を流している。怪我の状態が余りいいとは言えない。それでも――魔術攻撃が迫って来る度に冬馬は呼吸を乱しながらも防御する。仲間を守るために。誰も殺させないために。

「冬馬、聞いているのですか」

 李真は繰り返す。鼓動が速くなる。

「あぁ……大丈夫だよ」
「何処が大丈夫なんだよ!」

 李真が思わず声を荒げる。理解出来なかった。
 何故、冬馬は他人のために戦い、他人を守ろうとするのか――何故、ハルモニアを殺さないのか。
 全く理解出来なかった。理解しようとも思わなかった。
 覚めた瞳で李真が周囲を見渡すと、人殺しを躊躇しない久遠は、それどころではなかった。怪我を負う仲間たちのために治癒術で治療するのが手一杯で攻撃にまで移れない。この場で唯一治癒術が扱えるのが裏目に出ている。それでも久遠の治癒術がなければ既に死んでいただろう事実が苛立たしい。
 フェルメも人殺しを躊躇しないが、弓矢はつき筒は空だ。弓矢を魔術で生み出しているが、そろそろ限界なのか不揃いで威力も低い。
 閖姫は満身創痍なほどに怪我をしているのにそれでも鞘を抜かない。抜けば相手を殺せるのに殺さない。
 佳弥は足技で相手を倒そうとしているが腕が折れているのか、腕を動かしていない。
 冬馬の魔術が放たれた痕跡は多大にあるのに、誰ひとり殺していない。

 ――何をしているんだ、お前らは

 苛立ちと共に、刃が研ぎ澄まされる。死闘が対岸の出来ごとのように遠くに感じられる、かと思えば一瞬で近場にまでやってくる。不規則な感覚が襲う。

 ――殺そうとしてくる相手を殺せないで、その結果“冬馬が怪我をしている”

「大丈夫だって李真、そんな瞳をするな」

 視線だけで人を殺しそうな李真に、冬馬が宥めようとするが、今の李真に冬馬の言葉は届かない。
 李真にとってこの場における事実とは――冬馬が怪我をしている、それだけだ。

「――殺す」

 李真の残酷な言葉が呟かれたのを冬馬ははっきりと耳にした。

「李真!」

 だから、止めようと叫んでいた。
 李真がそれで止まらないのを――知っているのに。
 失うのが怖くて、前に進むのが怖くて、けれど――前に出ようとした結果が是だと言うのならば、残酷だ。
 冬馬は自らの無力さに嘆いた。


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