零の旋律 | ナノ

Unforeseen circumstances


 李真の誤算は冬馬にハルモニアのことを伝えなかったこと、佳弥と冬馬がハルモニアの存在を知らなかったこと――その二点だ。


 冬馬が愛用している茶色の棒が輝きを放ち、偽りの形状から本来の形<杖>へと変貌する。棒を包み込むように螺旋を描く。先端の部分が伸び出して、円を描き中心部には深紅の球状が浮かび上がる。棒部分には模様が複雑な文様が浮かび上がる。手にすると馴染む。

「業火の火柱を、守りの水連にて鎮火せよ」

 足元に水色の魔法陣が浮かび上がる。魔法陣は回転し、魔力によって徐々に巨大化する。魔力の本流が、建物全体を覆った時、火の手が跡形もなく鎮火された。
 残ったのは燃えていた事実だけだ。

「さぁ行こう」

 冬馬が伸ばした手を佳弥が掌を重ねる。王女と魔術師は、堂々とした足取りでハルモニアの前に姿を現した。凛とした姿はこの世の汚れを知らないように美しい。
 佳弥は男装を解いているが、それでも中性的な容姿は一目見ただけでは性別の区別がつかないだろう。
 あり得ないほどに堂々とした振舞いに、一瞬ハルモニアにどよめきが生まれるが、佳弥と冬馬は意としない。
 放たれた灼熱の魔術を冬馬は不敵な笑みを浮かべて、杖を翳すと深紅の球状から陣が生み出され防御魔術が形成される。灼熱の魔術は冬馬と佳弥にかすり傷一つ負わすことは不可能。
 
「お前ら、何が目的でアルシェイル学園に足を踏み入れた」

 冬馬が厳かな声で告げる。冬馬ではなく、トライデュース家の嫡男、イヴァルとしての言葉だった。

「ふん、そんなことは告げる必要はないだろう」

 誰かが代表していう。攻撃の手が止む。静まり返った空間。
 ハルモニアは威風堂々たる振舞いをする二人組が“何者”かであることを直感で理解した。
 ならばこそ、正体を知らないわけにはいかない。

「お前たちが何者かは知らないが、このアルシェイル学園から手を引きなさい。下がりなさい。此処はアルシェンド王国の管轄下。お前らが襲撃していい場所などアルシェンド王国には何一つ存在しない」

 凛として透き通る声。佳弥が胸元から一つの飾りを取りだす。宝石が中央に埋め込まれたそれは、アルシェンド王国の紋様だった。それを持つ者はこの世に限られた人間だけだ。

「なっ――!」
「私はアルシェンド王国王女、アシェルア・アルシェンド。お前らがこの地を滅ぼすと言うのならば、私は私の命を用いてでも、お前たちを殲滅すると此処に断言させてもらう」

 アルシェンド王国の紋様にルビーの宝石を身につけることが許されるのは王族だけ。それが――アルシェンド王国における王族の身分証明になる。
 組織ハルモニアに動揺が走る。そこまではアルシェアとイヴァルの予想通りだった。しかし――すぐさま予期しないことが起こる。
 身分を明かした佳弥ことアルシェアを殺害しようと、魔術が襲いかかったのだ。冬馬は慌てて防御魔術で消し去る。魔術師として本領を発揮している冬馬にとって単一攻撃など防ぐには容易かった。

「アシェルア王女だとしってお前らは学園を襲うか!?」

 冬馬が声を荒げる。

「アルシェア王女に寄り添うその姿、魔術の腕前は大貴族イヴァル・トライデュースと見受ける」
「あぁそうだ。俺はイヴァル・トライデュース。俺とアシェルアのことを知って、それでもお前らは刃を向けるのか?」
「当たり前だ。カモがネギをしょってきてくれた事態を見過ごす程我らは愚かではない」
「なっ――!」
「アルシェンド王国の王族や大貴族を殺せる状況など好機」

 魔術を放った男の胸には二輪の薔薇。一輪多いことが、この場で偉いことを物語っていた。
 冬馬は呆然とする。どんな“組織”であれ、王女を殺せば自分たちの命がどうなるかなど想像がつくだろうに――ロストテクノロジーを狙うよりも、大変なことをやろうとしている。
 その事実を認識してもなお狙う組織があるとは想像だにしていなかった。冬馬の考えが甘かったわけではない。ただ――大貴族であったが故に、ハルモニアの存在を知らなかった。それが誤算だっただけだ。
 好機の一手を打ち損ねた。その代償は死への誘い。

「我らはハルモニア! アルシェンド王国の滅亡を願う組織だ、王女が現れたのならば好都合だろう!」

 背筋に悪寒が走るのと同時に、冬馬は自らの失策に笑いたくなった。

「――アルシェア、さがれ」
「イヴァル!?」
「お前は俺が守るから、安心しろ」
「何を、君のことは私が守るのに」

 目の前にいる人間は百人はいるだろう、他の建物や場所も襲撃しているのにこの規模、この人数。
 勝ち目は非情に薄い。それでも――死ぬわけには死なせるわけにはいかなかった。
 お互いに、お互いおことが大切だから。



 十夜は李真が屋上から地上まで飛び降りたことに驚愕しながらも、途中で糸を使い失速していたのを見て、慌てて建物内に入る。それに奈月も続いた。

「何処にいるの……閖姫」

 奈月は閖姫の姿が見えないことに不安を覚えたが、覇王と呼ばれる閖姫ならば問題ないだろうと判断する。



 久遠が気配を隠して潜み、ハルモニアと鉢合わせすることを避けながら移動していると、視線の先でフェルメが苦戦しているのが見えた。フェルメ一人に対して十人が取り囲んでいる状況だ。
 魔術が扱えるとはいえ、フェルメは久遠と同じく弓での遠距離攻撃を得意としている。詰められた状況は不利だった。
 今まで通り学生を見捨てたようにフェルメも見捨てて――と思うが、久遠は首を横に振る。
 現状がハルモニアの襲撃であるのならば、フェルメを見捨てるのは得策ではないし、何より――フェルメがいて相手が十人であるのならば勝ち目があると久遠の脳内が答えを導き出す。

「――舞風」

 風属性の魔術を放つ。突然の不意打ちに対応出来なかった一人の身体が切り刻まれ絶命する。
 久遠は手加減をしなかった。
 殺せるのならば殺す。
 突然のことに一瞬の動揺が走るのをフェルメは見逃さない。素早く矢を射抜き、心臓を貫く。そのまま、次の矢を構える。久遠の存在に気がついた一人が走ってくる。
 久遠は武器が振りかざされる瞬間、上空へ跳躍し、背後へ着地する。

「雷牙!」

 途中の詠唱を省略した魔術、雷の牙が相手の首を貫通する。容赦はしない、敵を殺さなければこの場で殺されるだけ。
 均衡が崩れた――劣勢が崩れたお蔭でフェルメは残りの敵を殺す。

「助かりましたよ、久遠」
「いえ。それよりも何故ハルモニアが? ロストテクノロジーを?」
「その可能性もありますが、まずい」
「何が!?」
「……この学園には、いえ。教えましょう。向かいますのでついてきてください、話は道中で」
「わかった」

 久遠とフェルメが走り出す。向かうは休日である以上、大半の学生が――余暇を部屋で過ごす寮へ向かった。途中襲いかかってくる敵は問答無用で殺した。手心を加えて背後から刺されれば意味がない。
 フェルメは敵をなぎ払いながら、まずいと言った理由を告げた。

「はっ!? 佳弥が?」

 久遠はフェルメに佳弥の正体を聞かされて驚愕すると同時にまずい、といった意味を理解した。

「佳弥がアルシェア王女であるのなら……佳弥の性格から察するに、佳弥は自らの正体を明かしてでもこの襲撃を止めようとする。ドミヌスとは規模も威力もけた違いなのを止めるために。けど、それは――カモがネギをしょって現れたようなものだ」
「アルシェア王女がハルモニアの存在を知っていれば、無謀な強硬策には出ないでしょうが、恐らく無理でしょう。それに知っていたとしても同じことをしでかしたかと思いますよ。もしもの可能性にかけて。彼女はそういう性格ですから」
「……! 馬鹿じゃないのかっ! 自らの命を危険にさらしてまで命をかける必要性が何処にある」
「でも、彼女がそういう性格であることは、友人である貴方は知っているはずです」
「……佳弥がアルシェア王女ってことは、幼馴染である冬馬は――トライデュース家のイヴァルか」
「えぇ」

 佳弥の正体がアルシェア王女であるのならば久遠は冬馬の正体にも気がついた。
 魔術の名門中の名門にして数々の魔術を生み出してきた大貴族トライデュース家において天才と謳われる、イヴァルであれば、学園で魔術を当初隠していた理由にも合点が行くし、魔術の成績が他の追随を許さないほどに圧倒的だったのにも納得がいく。
 ましてや二人が頭脳明晰だったのも――久遠が及ばないほどの英才教育を、王族として大貴族として受けてきた結果だと思えば納得出来た。

「……ったく、素性が偉すぎだろ」

 十夜のようにぼやいてしまったのも無理からぬことだった。

「けど……それでもこの状況を覆せる切り札にはならない。相手はドミヌスとは桁違いのハルモニアなんだ。アルシェンド王国を滅ぼすためにレミュレス建国当時から存在する組織……」
「そうですね。尤も……」

 フェルメは言い淀む。
 状況を覆せる切り札が存在しても、その“奇跡”に縋る程にフェルメは愚かではない。



 魔術の防壁が、光の攻撃を阻む。光と魔術が相殺され、雪が降るかのように、白の粒が舞う。灼熱の炎が、周囲を焼け野原へ変貌させようと蠢くのが、氷の壁が炎を鎮静させる。水蒸気が舞い視界が悪くなるのを風が空へ誘拐する。焔の竜が八百万に出現するのを、防壁が具現し焔の竜が侵入してくるのを阻む。氷の蔓が、竜に飲み込まれて、竜が内部より凍らされ砕け散る。氷の礫が落下する途中で水蒸気へ変わる。
 激しい攻防が続く中、冬馬は息を切らしていた。

「大丈夫か? イヴァル」

 佳弥は輝印術を用いて冬馬の魔術を補佐するが、それでも多勢に無勢だった。いくら天才魔術師と謳われ脚光を浴びていた冬馬といえども、熟練の人間百人以上を相手にするのには骨が折れる。
 何より――殺そうと相手が魔術を使ってきているのに対して、冬馬は相手を殺せない。
 それが――どれだけの不利になるかわかっていても、それでも冬馬に人を殺す覚悟はない。
 それは佳弥も同じだ。佳弥も人を殺せない。殺意を持ってくる相手と応じるには、冬馬にも佳弥にも殺意が圧倒的に不足していた。
 冬馬の防御魔術にひびが入る。猛攻を受け続けていて疲弊していたからだ。

「アルシェア! 避けろ!」

 冬馬が叫ぶが遅い。防御魔術が砕けると同時に、水の槍が迫る。

「万物の壁を築きて脅威から汝を守れ!」

 だが、新たな防御魔術が現れたことにより、冬馬と佳弥は危機を脱した。瞬時に編み上げられた防御魔術が砕けて霧散する。声の主は久遠だった。フェルメが走りながら弓矢を構え、放つ。一直線に放たれた弓矢は対象の身体を破壊する。血と肉が飛び散る。
 冬馬が安堵したのも束の間、防御魔術が砕けたのを好機とハルモニアの人間が剣を振り下ろすが、閖姫が鞘が連れたままの刀で弾き飛ばす。

「お前ら! 冬馬と佳弥に何をしているんだ!」

 閖姫は冬馬と佳弥を守るように、立ちはだかる。

「閖姫! 助かった!」
「何がどうなっているんだ……本当に、なんでハルモニアが……アルシェイルに」

 表情を曇らせる閖姫に、冬馬は此処にくる道中で学生もしくは教師が殺されている場面を見たのだなと察した。
 遠くから援護していたフェルメと久遠が追いつく。

「閖姫、貴方はハルモニアを……そうか、閖姫はレミュレス出身でしたから知っていましたっけ」
「あぁ。それにしても――何がどうなって。なんでこいつらはこんなに人数を残したまま冬馬と佳弥を殺そうとしているんだ」

 フェルメの言葉に閖姫は頷きながら、疑問を口にする。いくら冬馬と佳弥が強くても、大人数を二人に当てるのは聊か異常だ。所詮、優秀であってもアルシェイル学園の学生でしかない。
 だが、異常に関する答えをフェルメは知っている。

「それについて一言で話すなら、佳弥がこの国の王女で、冬馬がこの国の大貴族だからですよ」
「そうか……は? いや、今はいい」

 閖姫は刀を構える。疑問が解消された所で、追及する必要はない。大切な友達を死なせるわけにはいかない。それだけだ。

「今は、佳弥や冬馬を死なせない、それが重要だよな」

 久遠が魔術を放つ。それは苛烈で、冬馬の扱う魔術より威力は格段に上だ。人を殺せないが故に、実力は冬馬の方が格上でも、死なないように無意識かで調節している冬馬とは違う。
 人を殺せるが故に、死なないようになんてことはしない。殺せる時に殺す。
 だから――久遠の魔術が相手の防御魔術を破って、相手の腕を食いちぎったことも久遠にとっては驚くことではない。

 ――多勢に無勢でも人を殺さなかったとか、どんだけ佳弥も冬馬も甘いんだよ。人を殺せるだけの実力を持っていながら。でも、だから冬馬と佳弥なんだよな。人殺しの俺とは違う。




 李真は舌打ちをする。屋上から飛び降りた所で囲まれた。糸で相手を縛って、相手の武器を奪って致命傷にならない程度に相手を倒してきたが、無尽蔵なのではと思うほどに相手が湧いてくるものだから、中々進めないでいた。

「あぁ本当に! うざったい」

 苛立ちが募る。背後から攻撃しようとしてきた相手を回避して、肘鉄を食らわせる。顔面に食らった相手はそのまま昏倒する。数が減らない、数が減らない。

 ――冬馬は一体何をしている。
 ――佳弥と何をしようとした。

「邪魔だっ!」

 李真が前を進もうとすると魔術の業火が立ちはだかる。イライラする。いっそのこと殺害してしまうか――李真の中にどす黒い感情が沸々とわき上がる。
 殺意を露わにしようとした時――タイミングよく建物から外へ出てきた十夜と教員数名が姿を見せた。

「李真! お前何一人で突っ走っているんだよ!」

 十夜の叫びに、どす黒い感情は一旦鳴りを顰める。

「十夜、いい所へ。彼らを任せます」
「はっ!? え、ちょ!」

 十夜の返答も聞かず――十夜と、教員なら問題ないと李真は判断して――何より死んだところで冬馬ではないと冷酷な思考で李真はその場をかいくぐって離脱した。

「おいおい、李真……いや、まぁそうだな。冬馬が気になるんだから仕方ないよな。ほら、お前らの相手は俺がしてやるよ!」

 勇ましく十夜は宣言した。


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