零の旋律 | ナノ

A princess's decision


 冬馬は呼びだせる学生を一通り呼んだ後、佳弥の部屋に向かった――佳弥ならば無謀な弧魚津には出ずに、待機しているだろうと信頼して、最後に回していた。その信頼は裏切られることなく、佳弥は部屋にいた。窓際から、外を眺め思案している様子だった。状況が状況でなければ、ブロンドの髪が揺れ、エメラルドグリーンの瞳がやや伏し目になり、しなやかな指先が唇に振れている姿は優美で見るものを魅了したことだろう。

「佳弥! 逃げるぞ。屋上へ」
「わかったよ――けど」

 焦る冬馬とは対照的に、佳弥は不気味なほど落ち着いていた。その理由を冬馬は阿吽の呼吸に等しく理解して、佳弥の前に近づく。凛とした表情は、常に前を向き、太陽の光を浴びて歩く姿そのものだ。

「手伝ってほしい」
「お前――本気か?」

 本気だと骨の髄まで理解しているのに、問わずにはいられなかった。

「本気だ」

 佳弥は凛として答える。
 冬馬は佳弥の腕を掴もうとして、途中で手が止める。佳弥が行おうとしていることを止めろ、と止めることは出来なかった。
 謎の組織に襲撃されたばかりだが、このまま放置していて状況が好転するのかと問われたら冬馬は首を盾に派振れない。アルシェイル学園を覆った結界は、内部の人間を逃がさないため――そして、万が一にも外部に異変を認識させないための措置だ。この結界を冬馬が破れるかと言われれば、首を縦には振れない。何故ならば冬馬の本領発揮が出来るのは魔術の中でも攻撃特化。さらに属性は火だからだ。破ることに特化した魔術ではない。
 学園は襲撃に耐え切れず滅びるかもしれない。そのビジョンが浮かんで冬馬は自分を嫌悪する。
 久遠が嘗て所属していた組織ドミヌスが襲撃してきた時は、そんなビジョン浮かびもしなかったのに――今は浮かぶ。その状況がおぞましいと感じる。恐らくは佳弥も同じビジョンを浮かべたのだろうと冬馬は推察する。だからこそ、佳弥は“その手段”を用いようと決断したのだ。

「……だが、それは」
「私はアルシェイル学園を失いたくない。此処は、私が学生として過ごしてきた想い出の地だ。何より、私の大切な仲間がいる。その為に、私の命を賭けることにどんな不都合があるというのだ?」
「けど、それは――嘘を暴露することになるんだぞ。構わないのか?」
「問題ない。私の命で、他の全てを守れるのならば私は命を捨てる。何より、私が――アシェルア・アルシェンドは、このアルシェンド王国の王女であることを誇示して変わる可能性があるのならば、私は私を利用する。何人たりとも、王族を殺して無事であろうなどという思いあがったことはさせない。僅かな時間でもいい、些細な変化でも構わない。勝利を確信しているだろう、彼らの基盤を破壊出来ればそれで構わない」

 その言葉に嘘偽りはない。ただ真摯な瞳が冬馬を捉える。
 彼女は何時だって気高い。そんなことは――誰よりも、彼女を溺愛している兄よりも――冬馬は知っている。
 彼女の意思を変えることは出来ない。
 ならば――冬馬が選ぶべき道は一つだった。

「わかったよ。俺もお前を手伝おう。お前に全てを背負わせたりはしないよ。背負うものは半分にしよう」
「有難う。助かるよ――君を巻き込んでしまって済まないね」
「何言ってんだ。お前を守らないと俺はどの道死ぬだろう」

 軽口を叩くと、佳弥は微笑した。それが軽口であるのに、何よりも真実だ。

「そうだね。君が私をむざむざ殺せば、君は私のお兄様に殺されてどの道死ぬ。ならば一緒に行こうか」
「あぁ。そうしよう『アルシェア』」
「わかっているよ『イヴァル』」

 お互いに本名を呼び合う。
 王族の第一王女である彼女と、大貴族の嫡男である彼。
 二人が手を取り合って進んだ先が例え戦場だったとしても気高き誇りが失われることはないし、障害が立ちはだかろうとも己が実力と、そして持って生まれた権力を行使してなぎ倒す。
 その覚悟が二人にはある。
 例え正体を知られたとしても構わない。
 例え何者かだと露見しても良かった。
 それで、今あるこの場所が守れるのならば、隠して全力を出せないで失うくらいなら――使える力を行使するだけだ。
 自分たちがそうすることに意味があるのならばすべき。
 王族だろうと大貴族だろうとその正体が露見したところで、何が変わると言うのだ。
 周りの反応は変わるかもしれない、畏まられるかもしれない――ただ、それだけだ。

「イヴァル・トライデュースは、アルシェアを失わせたりはしない」

 冬馬が覚悟を決めた先に進むのを、佳弥は隣で寄り添い続ける。
 それは――過去に縛られた李真には決して出来ないこと。
 だから、李真は――佳弥を嫌った。殺したい程に――


 李真の往復によって大半の学生を避難させることが出来た。
 敵が痺れを切らして攻撃をしているが、それも凌ぎきることが出来た。空中浮遊の原因である糸を視認することは出来ずとも何かを伝って移動しているのだろうと判断され、途中から火柱が糸を焼き切ろうと襲ってきた。だが、李真にとってその程度のことは予測済み。新たな糸を張り巡らせながら移動を続けた。
 そして残りが十夜と奈月の二人になった。十夜の身長は低いが、槍を自在に扱うパワーや攻撃力を支える筋肉の量は多く、見た目より体重があるが、奈月の折れそうに細い見た目を裏切らない軽さなので二人で足して割れば丁度いい重さになるのではないかと李真は何となく思った。
 十夜と奈月を抱えながら、李真は冬馬が一向に現れないのを不審に思う。
 しかし、屋上を防御していた学生を別の場所に移動してしまった手前――敵の地上からの攻撃では結界で破れないと判断してからは暫く屋上に攻撃の手は回らなくなったが――既に結界は解除されている。気がつかれるのも時間の問題だ。

「さて、是で後は冬馬と恐らく佳弥ですが……一体」

 避難した先で十夜と奈月を下ろす。
 李真が疑問を呟くと同時に、燃えあがっていた建物が鎮火された。

「冬馬!?」
 ――何をした!?

 李真は慌てて駆けだそうとしたが、李真の糸を全て焼きつくすような炎が火柱を上げる。

「ちっ」

 李真は舌打ちする。その火力は今までのよりも数段上だった。恐らく、今までの魔術師よりも実力が上の魔術師が応援に来たのだろう。
 瞬時に新たな道を形成することは可能だが、何度も魔術で消し飛ばされては邪魔だった。

「ウザイ」

 李真の本心を十夜は耳にしたが、空耳だった、ということにした。普段丁寧な口調で喋る少年が、悪態をつくとは思えなかったからだ。

「えっ!? ちょ!」

 そして糸を燃やされた彼が取った行動は――屋上から飛び降りることだった。


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