零の旋律 | ナノ

Charmer


「十夜! 下には行かないでください」

 李真が声を×と、十夜は歩みを一旦止める。その手には槍が握られている。謎の襲撃者を倒すつもりだったのだろう。
 ――勇猛果敢、いや猪突猛進だな。

「どうしてだ! あんなやつら」

 李真の制止で一旦は歩みを止めているが、今にも動き出しそうだった。

「下へ行くことは無意味。自ら死ににいくようなものです。屋上へ行きますよ」
「どうして屋上へ」
「いいから私の言うことを聞きなさい」
「ちっわかったよ」

 十夜は渋々だったが、李真の言葉に従った。考えなしにした発言ではないだろうと判断して。

「では屋上へ行く前に一旦閖姫を呼びます」

 閖姫の部屋の前に辿り着くと、刀を肩に乗せた閖姫が部屋から出てくる所だった。十夜よりもタイミングが遅かったと言うことは、最善の選択はどれだ、と暫くの間迷っていたのだろう――奈月が一緒だったから。

「閖姫、丁度良かった。屋上へ行きます」
「屋上? わかった。奈月、行こう」
「うん」

 李真、十夜、閖姫、奈月が屋上へ向かう。屋上の前で李真は乱暴に扉を開いた――それはまるで人が潜んでいないことが最初からわかっているかのような動作だったが、誰も気にしない。

「何もないな」

 閖姫が周囲を見渡す。魔術に疎い閖姫だが、魔術的仕掛けが施されていたとも思えない。

「いえ、ありますね」

 李真が閖姫の言葉を否定する。淡々と屋上の端まで近づき、李真が下を覗きこむようにした時、銃弾が李真の横を通過していった。

「なっ……! 李真大丈夫か!?」
「えぇ平気ですよ十夜。“わかっていた”ことですし。下は火の手。ましてや謎の集団がいる場所にいくのは自ら死にに行くもの。火の手を考えれば屋上へみな自然と逃げるでしょう。人が集まった所で、最後に魔術で攻撃するなどして一網打尽にする算段なのでしょうね。そして、魔術で緩和して飛び降りようとしたら銃でハチの巣にされるのがオチです」
「だったらどうするんだよ。そもそもなんで屋上へ」
「十夜。焦らなくても大丈夫ですよ。それより久遠は?」
「久遠は図書館だ……大丈夫かな、あいつ」
「久遠は大丈夫でしょう。規模はちがえど、犯罪組織に身を置いていた人間です、そうそう危険な行動には出ませんよ」

 十夜とは違って猪突猛進ではありませんしね――とまでは余計な言葉だと思い口をつぐんだ。

「あいつらはなんだ?」

 李真は組織がハルモニアであることを知っていたが、以前不覚にもドミヌスの名前を呟いてしまったことで久遠に不審がられた為、“謎の組織”と表現した。此処でなんだ? と問われているからといって答える必要はないと判断した。

「レミュレスの地下組織だよ」

 だが、『知りません』と李真が口にするよりも先に閖姫が答えた。

「知っているのですか?」

 閖姫が犯罪組織に知識がある――それに近しい立場の人間だとは思えず李真は驚いた。

「そりゃ知っているよ。俺の出身国はレミュレスなんだから」

 屋上から眺めても判断がつく――真っ赤な軍服に紫の薔薇。

「レミュレスでは有名で?」
「アルシェンド王国でも結構有名だろうが、レミュレスだと知らない人間はいないってくらい“人気者”だよ。過激思想だけど、元々アルシェンド王国から独立しようとして独立出来た唯一の国だからな。今だってアルシェンド王国を憎んでいる人間は沢山いる。だから、アルシェンド王国を滅ぼすって旗印を上げているハルモニアは大人気ってわけさ。レミュレスとしてもアルシェンド王国を滅ぼしてくれたら有りがたいって思っているから表では犯罪組織としているけれど、犯罪者としてハルモニアの面々は扱われないし、秘密裏に武器の支援もしているって話だぞ」
「……そりゃまぁ、大層な組織だことで」

 十夜が表情を歪める。

「さて、敵に屋上が潜んでいなかったわけですし、人数が集まると攻撃される恐れがありますので、移動しましょうか」
「は? 移動っつたってどうやって?」

 下に降りれば銃撃、残っていても魔術攻撃。逃げ道はない。

「まさか」

 移動手段の想像がつかない十夜とは対照的に、閖姫には思い当たる節があった。
 閖姫や十夜、勿論奈月にも無理だが唯一その移動手段を取れる――李真がいる。

「その通りです。では理解している閖姫で。とりあえずこの建物から避難するしかありません、火の手に関しては冬馬が水の魔術で消し去ることも可能でしょうけれど、危険性を増やす必要はありませんしね」
「どういうことだ?」
「火の手が上がっていると言うことは、基本的に――敵の侵入も防ぐことが出来るんですよ。そこを水で火を鎮火すれば下から敵がなだれ込んできますよ。そうなった場合、逃がせる人数に限りが出来る、全員を――いえ、全員は無理でも多くの人間を逃がすためには、逃げ道は屋上だけである必要があるんです。とはいえ、時間との戦いですけどね……魔術で攻撃された際、私たちでは防ぐ手立てはあまりありませんし……まぁ魔術が得意なのは冬馬だけではありませんから、学生たちがきたら防御魔術を屋上一体に張りめぐらさせてください」

 李真の言葉が終わると同時に、李真は閖姫をお姫様だっこする。通常時であれば下ろせと暴れただろうが、李真にとって効率のよい運び方が是ならば従うしかないと大人しかった。
 自分より身長が下の――しかも男にお姫様だっこをされる心境は複雑だったが。
 李真は閖姫をお姫様だっこしたまま跳躍すると、重量に従わず上で停止する。一見すると空中に浮いているように見えるが、実際は視認出来るか出来ないかの極限まで細く洗練された糸を縦横無尽に張りめぐらせた上に乗っているのだ。李真は学園内最速と謳われる素早さを駆使して糸から糸へ跳躍して移動する。
 屋上に待機か、下に降りてくる選択肢しか予想していなかったハルモニアの面々は驚愕するも、驚愕で思考が停止したのはものの数秒。すぐさま銃を構えて発砲するが、空中を駆け巡る李真に銃弾を当てることは叶わず――教師たちに宿舎に到着する。

「此処なら教師が残っているはずです、指示や状況把握はそこでしてください。フェルメはいないでしょうが……」
「わかった」

 李真はそれだけ告げて、また元の場所へ戻りながら銃弾が狙っているのを見て被弾する心配はしなくとも、全員を移動するためには一人一人じゃ遅いと判断した。痺れを切らしたハルモニアが襲ってくる可能性は高い。既に、予想外の行動をとった李真を見て、ハルモニアは屋上に魔術で攻撃していた。それを、後から屋上へやってきた学生が防御魔術を組み立てることで凌いでいる状況だ。長くは持たないだろう。
 ――二人同時だと、一人より力を使うが仕方ない。
 李真はすぐさま戻り、手短な二人を俵を担ぐようにして移動をする。
 李真が一人で避難活動をしているその間、十夜は何かをしたいと思いつつ――魔術が不得意であり且つ李真のように糸も扱えるわけではないので、何も出来ずただ立ち尽くすことしか出来なかった。
 無力さに唇を噛みしめる。


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