零の旋律 | ナノ

Everyday that ends


 異物が紛れていれば、正常な歯車も何れ狂うもが必然であれば、最初から異物の歯車で構成されていたそれが狂うのも必然だ。


 神無月の上旬、学園に異変が起きた。事件と呼ぶには生ぬるい異変だ。
 学園としての根幹が覆される、その――異変。
 学園の授業は一週間が七日で構成されるうちの六日間ある。その中の授業がない学生の休日、学生は授業から解放され各々自由な時間を過ごしていた。部活動に精を出す者、勉学に励む者、遊ぶもの、時間をもてあましている者。
 教師も、学生に勉強を教えることもなく悠々自適に休日を謳歌するもの、次の授業で教える資料をまとめている者と様々だった。学生が全寮制なこの“閉鎖学園”においては教師さえも例外ではなく、教師も学園内での生活をしている。宿舎は別だが、教師専用の寮がある。
 正午、教師や学生が自由に過ごしていた休日は、崩され去った。学園全体を巻き込む異変が起きた。
 外からの援軍を望めないような――結界が突如学園全体に張り巡らされた。
 空を覆い、太陽が燦々と降り注ぐ日を遮断し、まるで太陽が雲に隠されたみたいだ。
蒼い光がうっすらと発光し、外からの色を蒼さが映る視界へ変質させる。
 学生の一部は、誰かが魔術を使ったのだろうと気にしなかった。教師は真っ先に何かが起きた、と立ち上がった。そして――誰もが、ただの事件ではないことを悟る。
 正々堂々と正門を破壊して、現れたのは真っ赤な軍服に身を包んだ人間だった。その数、百や二百で済むのか怪しい程に多く、人数だけで言っても文月に訪れた反乱組織ドミヌスの規模を遥かに凌ぐ。

「あれは……! ハルモニア!」

 真っ赤な軍服に、紫の薔薇を携えた姿に、フェルメは戦々恐々とした。
 組織名ハルモニア。アルシェンド王国と並ぶ大国レミュレスに存在する地下組織。その規模はレミュレスにおける最大規模を誇っており、彼らの目的は、レミュレス建国以前、一つの国として支配していたアルシェンド王国を滅ぼそうとする――アルシェンド王国を滅ぼしてレミュレスの繁栄を確固たるものにしようとする思想が集まった集団だ。
 この間の組織ドミヌスが赤子に思えるほどにハルモニアの存在は強大だった。

「……! 逃げなさい!」

 フェルメが焦りの余り届かない叫びを建物内部から外へ向ける。窓の外に映るのは、無防備に謎の人物へ警戒心も抱かず近づく学生がハルモニアに殺される場面だった。
文月にドミヌスが襲撃してから三カ月余りの月日が流れていた。学園は油断していた。 今までの歴史においてアルシェイル学園が襲撃されることなど滅多になく、またその大半が防がれ事件にすらならないうちに鎮火された。
 ドミヌス襲撃後暫くは残党兵が復讐をしに来る可能性を危惧していたが、一か月以上音沙汰もなくまた組織のリーダーであったクライセルが死んだことで事実上壊滅している。その事実故、学園はもう襲撃がないと油断してしまったのだ。
 様々な思考思想を持つ危険な組織はドミヌスに限らず数多あることを認知していながらも――

「おい! レミュレスの地下組織ハルモニアだっ! すぐさま王宮への使者を!」

 フェルメが語彙を荒げて指示を出す。

「使者以外はすぐさま応戦準備をしろ、なんとしても学園を死守するんだ!」

 らしくもなく慌てたフェルメの姿に“ハルモニア”の存在を知らない一部の教師もこの事態が尋常ではない――組織ドミヌスの襲撃よりも――事態であることを悟らされた。


 日常は崩れ去り、アルシェイル学園の根本を覆す。


「ハルモニア……何故」

 特徴的な服装を身にまとう姿を目撃して、それがレミュレスの地下組織であることに気がつくのは教師だけではなかった。
 久遠は道行く学生を、蠅を払うように殺害するハルモニアの面々を遠目で発見してすぐ草むらに隠れた。
 アルシェイル学園の敷地面積が広大で良かった、と心底思った。
 図書室帰りだった久遠の手にあるのは数冊の本で弓を持ち歩いていない。
 仮に、弓を持ち歩いていたとしても、姿が発見されない限りは何も出来なかっただろう。人数が違う。久遠一人で挑んだどころで返り討ちにされるのがオチだ。
 軍隊の行進のように、歩いている以上、不意を打ったところで殺せて三人。そのあとすぐに殺されるし、列を崩すには至らない。

「……どうして学園にハルモニアが現れる。やっぱり学園には何かあるのか――あの時発見した地下の奥底……とか」

 理由を詮索するのは後回しにして、久遠はひとまず、学生を見殺しにしながらも、ハルモニアの面々の姿が自分の周囲から消えるまで待っていた。願わくは気がつかれないことを。願わくは十夜たちが不用意に挑みかからないことを。

「何もするなよ、ハルモニアは規模が違う……俺たちの……ドミヌスとはわけが違うんだ」

 小声で久遠は呟いた。



 部屋で悠々と余暇を満喫していた李真は、時を同じくして異変に気がついた。
 窓側に座っていたから、外を見れば異様な事態を視界で捕えたのだ。
 血がしみ込んだような真っ赤な軍服をモチーフにした作りの服装に、紫の薔薇の造花を胸に携えた姿はレミュレスの地下組織ハルモニアそのものだった。

「何故……」

 李真の呟きを冬馬は見逃さない。ベッドから起き上がって窓から外を見渡す。赤い軍服に紫の薔薇という特徴的な姿をした数多の人間は、アルシェイル学園の関係者でないことを如実に物が立っている。

「何が起きた!? また」
「……また学園が狙われたみたいですね」

 冬馬の言葉を李真が引き継ぐ。

「ロストテクノロジーが狙いか?」
「それは定かではありませんが、可能性としては低くないでしょうね」
「……とりあえず行くか李真」

 ドミヌスの時と同じように対処しようとした冬馬に李真はあからさまに眉を顰めた。

「何を馬鹿なことを言っているのですか。火の粉に自ら飛び込んで何になると」
「けど」
「この場合、やり過ごす方が適切ですよ。この規模で一体“貴方に何が出来ると言うのです”」
「李真、それでも」

 冬馬の言葉は轟音で遮られた。

「ちっ、やりすごせないか」

 李真は舌うちをする。轟音は建物周辺が爆発した音だ。恐らく火の手がこの建物一階を覆ったことだろう。
 火の手がこの階までたどり着くのも時間の問題だ。

「水の魔術で鎮火する」

 冬馬が水魔術を扱おうとしたがその手を李真が手を重ねて止めた。

「待ってください」
「なんでだ、此処まできたらどうする!」
「火の手を鎮火すれば……それこそ面倒事になりますよ」
「っわかった」
「……馬鹿」

 馬鹿、の言葉は冬馬に向けられたものではなかった。二階の学生が火の手がのぼってくるのを恐れて窓から飛び降りていた。ハルモニアの組織がいる場所で飛び降りなど、自殺行為もいい所だった。
 地面に着地したところで学生は片っ端からハルモニアに打ち殺された。

「っ――!」
「下からの脱出を防ぐ……虐殺しようって魂胆ですね」
「はは……なんだよこれ」

 冬馬が苦笑いをする。笑わないとやっていられないような状況だった。

「どうしてだ。ドミヌスといい今回といい何故」
「……冬馬。ドミヌスとは比べないように。ドミヌスよりはるかに規模が大きいですよ、これは」
「それは、わかっているよ。此処から見える光景だけでな」
「冬馬。屋上へ逃げましょう。私は閖姫や十夜を呼んで屋上へ行きます。……私なら見捨てますが冬馬はそれが出来ないでしょうから、まだ存命している学生に呼び掛けて屋上へ引き連れてください」
「わかった。けど屋上は大丈夫なのか?」
「退路が屋上にしかないことくらい相手も承知の上ですよ。ですから、屋上には何か仕掛けが施してあるでしょうね。私たちはそれを先に排除します」
「わかった、気をつけろよ」
「何を、気をつけるのは冬馬でしょう」

 柔和な微笑みを浮かべて李真は冬馬に背を向け部屋の外へ走り出した。閖姫か十夜かどちらを先にするか瞬時して十夜を選ぶ。果たして――それは正解だった。十夜の部屋へ行く途中で下の階へ降りようとしている十夜を発見出来たからだ。閖姫の部屋は十夜の部屋と反対方向にある。つまり、閖姫を先に選んでいた場合下へいく十夜を出会えなかったのだ。


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