零の旋律 | ナノ

Repeat a lie a lie 


 閖姫は、閖姫が奈月以外の誰かと楽しそうに話していることに奈月が嫉妬していることに気がつかない。閖姫が誰かと笑うたびに、奈月がその誰かを殺したいと思っていることにも気がつかない。
 本当は一人占めしたいのに、閖姫を束縛したいのに、閖姫そうして縛りたくないと思って、本心を我慢していることに気がつかない。
 閖姫と誰よりも一緒にいたいと思っているのに、そのことを口に出すことが出来ない臆病な性格だということを閖姫は知らない。
 閖姫が他の誰かと喋っている時に、奈月が輪に自ら入っていくことを恐怖していることを――閖姫に鬱陶しく思われるのじゃないかと恐怖していることを知らない。
 閖姫が誰かの元へ行くくらいなら殺してしまおうと思っていることも知らない。
 奈月は閖姫が大切だから、自分の醜い本性を隠して、嘘で取り繕っていることに何一つ気が付いていない。気がつかせないように奈月は本性を隠しているのだ。嘘で塗り固めて仮面を被り続けている。
 だから、戻ったところで閖姫は奈月が嘘の家出理由を言ったところで、閖姫はそれを信じる。
 今、奈月の真相を知っているのは李真だけで、何時だって奈月の本性を理解しているのは李真だけだった。

「……けど、戻るのが怖い。だって……」
「大丈夫だ。怖がる必要なんてない。閖姫が心配したって抱きしめてくれるくらいだ、気にするな」

 奈月の本性を知っている李真が嘘をつく必要はない。故に、慰めではなく本心からの言葉であることを理解しているが、それでも素直に頷けないのが奈月の臆病な所だった。
 何時だって、怖いのだ。

「全く持って怖がりだな。奈月」

 震える奈月の身体を李真が優しく包み込む。

「……明日は槍が降ってくるんじゃない?」
「殴るぞ、人が珍しく親切にしてやったのに」
「珍しくって自分で言ってるんじゃん……」
「五月蠅い、黙れ」
「……李真……れる?」
「はっきり言えたらな」
「むう。意地悪……僕……戻るから、李真一緒にいてくれる?」
「いいよ」
「じゃあ戻る。一人じゃ、怖くて戻れないから」

 奈月の震えが収まるまで李真は抱きしめて上げていた。それは李真にとっては本当に珍しいことだった。
 震えが止まったのを確認してから、抱きしめていた身体を離し、李真は奈月が見つかった合図を上げる。程なくして全員がほぼ同時に走りながらやってきた。

「奈月!」

 閖姫が走ったままの勢いで奈月を抱きしめた。

「あ……閖姫……えと、ごめんなさい」

 奈月が勇気を振り絞って謝ると

「いいよ、奈月が無事だったんだから」

 閖姫が温かい笑顔を見せてくれた。抱きしめられる温もりに、奈月はきゅっと閖姫の服を掴んだ。

「ほんと、ナヅっちゃん見つかって良かったよ」
「そうだね、奈月、皆心配したよ。一体どうしたんだい?」

 佳弥の言葉に奈月ではなく李真が答えた。

「急に学園の外の服飾屋を見たくなってこっそり抜け出してみたけど迷子になって戻れなくなっていたそうですよ」

 真っ赤な嘘だったが、それに耳をぴくり、と反応させたのは十夜だけで他の面々は信じた。

「言ってくれれば俺がナヅっちゃん好みの服飾屋を見つけてきてあげたのによ」
「一人で突っ走らなくてもいいのにね、今度はよし皆でいこう。冬馬なら奈月好みの素敵な店を見つけてくれるよ」

 冬馬と佳弥がお互いに笑いあう。奈月はこくんと頷いた。

「全く、人騒がせな。まぁ奈月も無事に見つかったことだし、戻るか」

 久遠の言葉に、閖姫は抱きしめていた奈月を離す。奈月は温もりが離れたことが寂しかったが、我儘は言わなかった変わりにごめんねと再度閖姫に謝った。
 学園に戻る道中、最後尾を歩いていた李真の歩調に合わせて十夜が徐々に距離を後方に詰める。

「どうしたんですか?」
「……奈月が学園を出た本当の理由はなんだ」
「奈月が言いたくないといったので、嘘をついただけですよ。信憑性はあると思いますがどうして?」

 誤魔化すことはせずに李真が逆に問う。閖姫ですら信じた嘘を――どうして十夜が見抜けたのか、疑問だった。

「んなことは簡単だ。李真は知らないだろうが、この学園において俺は閖姫よりも長くいるんだ。奈月のことは、閖姫より知っているつもりだぞ。あいつが、学園の外に出るなんて余程のことがない限りありえない」
「そこまで奈月をわかっていたとは意外ですね。けど、本当に私は理由を知らないので、直接奈月に聞いたらいかがですか?」
「……機会があったらな」

 十夜の真剣な瞳に、李真は過去に奈月と十夜は何かあったのかと勘繰ったが、別に興味はないと思考を切り替える。
 二つ目の嘘については看破されなかったようだが、この調子なら何時か嘘が看破されるだろう、と李真は余計なことは言わないようにしなければ――と思った。

 学園に戻った時、周囲に人の気配はなく、奈月が学園から抜け出したことが露見することはなかった。


+++
 言葉が引き金で疑惑は心の奥から積もっていき、それが表層に現れた。奈月が学園へ戻ってから数日後のことだ。

「李真。お前は何故“ドミヌス”の組織名を知っていた――お前は何者だ」

 久遠がかねてからの疑問であったことを追及しようと、李真に話しかける。此処は久遠と十夜の部屋だ。十夜は現在自主鍛錬中でいない。
 文月上旬から神無月になるまでずっと疑問だったことをようやく李真だけを呼びだして聞きだす覚悟が出来た。

「……そんなこといいましたかね」
「あぁいったな」
「……彼らが名乗っていたんですよ」
「それはないな。俺たちは普段から組織名がドミヌスであることを口にしない。何より、あの時は組織がドミヌスだと露呈しないよう名乗らないようにしていた」
「では、フェルメがいっていたのでしょう」
「それもないだろ。少なくともフェルメはずっと“組織”といっていた。まぁ、俺が知らないところで口にした可能性はあるだろうがそれよりもお前が元から知っていた方が可能性も高い」
「全く。それを文月からずっと疑問に思っていたんですか? 呆れますね」

 李真はうすら笑いする。

「で、何故俺たちの組織がドミヌスと呼ばれていることを知っていた。お前は何者だ」

 李真は内心、舌打ちする。自分ではドミヌスといった記憶はないが、それは気にするほどのことでもない記憶だったからだ。実際は気にするほどのことだったからこそ久遠は覚えていた。
 李真にとってドミヌスの存在は前々から知っていた。だから自然と組織名が口をついて出てきた。
 嘘で取り繕うとしたが、難しいだと李真は諦める。

「元々知っていた、それだけのことですよ」
「ドミヌスなんて、普通の生活をしていたら知らないはずだろう」
「……久遠、此処は学園であり、私は“李真”です。学園に来る前のことを詮索されるつもりはありませんよ」
「……そうだな、わかった。けど、答えてくれ李真」
「なんです?」
「お前は俺たち側の人間だったのか?」

 俺たち側つまりは――

「いいえ、違います。一緒にしないでください」
「そうか、わかった」

 安堵する声が聞こえて李真は、久遠に背を向けながら思う。

 ――違うよ。一緒にするなんてお前ら組織に悪いだろうが。


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