零の旋律 | ナノ

Rabbit of lonely


 奈月は、学園の外という空間で右往左往していた。
 今まで見続けてきた学園という風景とは全く異なる街並みに、何処へ進めばいいのか、どうすればいいのかがわからなかったのだ。
 一応、普段着ている学生服では目立つかもしれないと考え、愛用しているゴシックロリータ―系統の、黒を基準とした服で出かけているが、それすら目立つかもしれない――と思って一目がある場所に恐怖して人気がない場所を目指して移動するが、何処が最適な場所かの判断がつかず、亜月ぬいぐるみを抱きしめながら、途方に暮れていた。
 その時、見知らぬ人に声をかけられた。

「おい、お嬢ちゃん、一人か?」
「こんなところでなにをしているーの」

 街の人間が見たら、一目でゴロツキだと判断し関わり合いにならないだろうが、奈月にはそれが理解出来ない。他の人間と、彼らは同類のように映る。区別がつかなかった。
 けれど――普段の奈月であれば、対応に困ったり怯えたりしたのだろうが、今の奈月は非情に精神が不安定だった。

「……何」
「何、じゃなくてお嬢ちゃんは一人なら俺たちと遊ぼうよ」
「そうそう、そっちのほうが楽しいよ」

 ゴロツキは十人いる。そのうち数名が奈月に声をかけている。下衆な笑みを浮かべているのが、奈月には酷く不愉快だった。

 ――こいつらと遊んで何が楽しいんだ?
 ――こいつらは閖姫でもない癖に、楽しいわけがない
 ――こいつらは何をおかしなことを言っているんだ、理解出来ない。目ざわりだ

「なぁお嬢ちゃん、さっさと来いよ」

 一人が奈月の腕を無理矢理掴む。

「つっ――」

 怪我をした場合の腕から血が流れる。
 湿った感覚に、ゴロツキの一人は不思議な顔を一瞬だけするが

「あぁ、怪我しているの? 手当もしてあげるよ」

 優しさの欠片もない言葉。
 奈月にかけられる言葉の全てが、閖姫とは違う、閖姫と対比して――不愉快極まりなかった。

「僕に構うな――邪魔だ」

 淡々と発せられた言葉に、彼らは笑う。今にも折れそうなほどに細いお嬢ちゃんに何が出来るのだ、と。
 血が、ぽたり、と滴る。

「あ?」

 頬に線が走る。ピリッとした痛み。頬から血が流れていることに、奈月の腕を掴んでいたゴロツキは気がつくと同時に身体中が逆流するような不気味な感覚に覆われる、体内を流れる血が、身体の外に向かって蠢いた。血管を、皮膚を突き破って血が外に溢れだす。

「ぎゃあああああぁぁぁ」

 悲鳴を上げながら、血を全て失ったゴロツキは絶命する。

「な、なななな!?」

 突然の出来ごとに他の面々は呂律が回らない。奈月の冷淡な瞳が、人殺しを厭わない目をしていることに気がついた時には何もかもが遅い。
 困惑しながらも仲間を――原因は不明だが殺した奈月を生かしてはおけないと、殴りにかかった相手に、仲間の体内から放出された血が活殺自在に動き出した。そして、殴りにかかった人物の手を貫くと同時に、その人物もまた体内から血が溢れて絶命する。

「いったはずだ、僕の邪魔をするなと」

 声に色を感じられない。血が流れるのを見るのは酷く気分がいい。心が落ち着く。
 血とは痛みが表面上に現れるもの、血とは痛みを視覚に映してくれるもの。だから、心地よい。
 二人が恐怖しながらも同時にナイフで攻撃をしにかかるが、“血”を操っている奈月の敵ではなかった。先刻の二人と同じように、絶命する。残った六人は勝てないと判断して慌てて逃げ出す。逃げ出した先を奈月は追わなかった。

「僕の邪魔をするからだよ」

 人を殺害したことを何とも思わない冷淡な表情で、奈月はその場を立ち去った。



 夕日も沈み、目をこらさなければ人がいることが判明出来ないだろう時間帯に閖姫、冬馬、李真、佳弥、久遠、十夜は学園の外に無断で出た。冬馬が毎回使っている秘密の抜け道を使って。

「じゃあ、三時間後、奈月を見つけても見つからなくても此処に集合。但し、奈月を見つけた場合は事前に打ち合わせしていた、蒼い光を魔術で数回、数分後に放つ。そして、奈月を見つけたものは三時間後にこの場所に合流出来するために移動する時間になるまではその場から動かない、是でいいな?」

 打ち合わせをしていた確認を冬馬がする。全員が頷く。十夜と閖姫は魔術を扱うことに聊か不安はあったが、事前に冬馬に教えてもらい練習をしたから失敗はしないだろう――多分。

「三時間たっても見つからない場合は、仕方ない。フェルメにでも相談して奈月を探すのを手伝ってもらう、それでいいな」
「あぁ」
「じゃあ、三時間後」

 冬馬の言葉と同時に全員走り出した。
 アルシェイル学園がある都ルシェイに奈月がいなかった場合は、自分たちの手で見つけるのは不可能に近い。だから、この三時間が勝負だった。一分一秒たりとも無駄には出来ない。


 李真は奈月が人ごみの中を歩いているとは思えず真っ先に路地裏や人が少ない場所を重点的に探る。
 その速度は学園内最速と謳われるだけの速さがあった。

「ったく、本当に何処いったんだよ、あいつは」

 李真が舌打ちをした時だ、一目で街のゴロツキだとわかる人間が、何かに恐怖しているのが伝わってきた。

「あの……な、……だ……血が……」
「お……な、な……のだ」

 とぎれとぎれだが、李真の直感は探るべきだ、と告げていた。
 李真は真っ先にゴロツキの元へ向かうと、六人が震えながらやり場のない怒りを物にぶつけている場面だった。

「すみません」

 李真が笑顔で近づく

「あぁ? なんだよ、てめぇ!」
「一つ、尋ねたいことがあるんですが、先ほどの会話はなんですか?」
「はぁ? 教えるわけねぇだろ、馬鹿かてめぇ」
「そうだ、有り金全部おいていけよ」

 いいストレス発散もしくは恐怖拡散出来る人間が目の前に現れたと李真を取り囲もうと近づいてくる。そして一人が李真に手を上げた時、李真は男と手を握るように――手を伸ばして、素通りした。

「ぎゃあぁぁぁあああああぁぁぁ」

 途端響く悲鳴。李真の掌から爪が五枚零れ落ちる。

「私は聞いたんです、早く答えなさい。それとももう片方の爪も全て剥がされるのがお望みですか?」
「あがいた……いたうぁああがぁぁあああああ」

 痛みで呻いているゴロツキが痛みで答えられないのを知りながらも李真は笑顔で、残りの爪を全て剥がした。
 笑顔でそれを実行する李真に、爪が無事なゴロツキたちは一斉に後へ下がる。

「さて、答えて頂けますよね?」

 にっこりと告げる李真に逆らえるゴロツキは誰もいなかった。
 ゴロツキたちは目撃した情報を全て李真に伝え終える。

「有難うございました」

 一目散にゴロツキが逃げ出した。爪をはがされた哀れなゴロツキもこれ以上李真の姿を見たくないとばかりに、痛みに涙をあふれさせながら逃げた。
 けれど、途端、六人の身体が無残にも切り裂かれた。骨も、肉も鋭利な刃物で切断されたかのように――分断された。悲鳴を上げる間もなく、何が起きたのか理解することも許されずに――殺された。

「逃げても構いませんよ。けど、生きていていいとはいっていませんので」

 爪をはいだ時と同様笑顔のままで、李真は既に屍となった彼らに告げた。

「まぁもう聞ける耳もありませんか。それにしても血で攻撃してきた謎のゴスロリ女、髪がローズレッドで、瞳がカーマイン、眼帯、ピンクのぬいぐるみって、どう考えても奈月ですよね。それにしても、彼らには奈月が女に見えたんですね」

 李真は奈月とゴロツキが出会った場所へ向かうと、死体が四つ血だまりを作って死んでいた。

「此処から先で、人がいない場所を探していけば、奈月が見つかるのも早そうですね」

 李真の推測は的中していた。建設途中で放棄された都外れにある建物に、奈月はがらくたの上に座って亜月ぬいぐるみを抱きしめていた。

「こんなところにいたんですか、全く。閖姫たちが探していますよ?」
「……むぅ。なんで此処がわかったの?」

 声を掛けられて一瞬肩をびくりと反応させた奈月だが、李真だとわかると頬を膨らませた。

「そりゃ、奈月と関わった人間に聞いたに決まっているじゃないですか」
「悪人」
「何を今さら。私が善人なわけないじゃないですか」

 李真が笑顔で答える。悪びれた様子も罪悪感の欠片もない、そんな笑顔。
 奈月は途方に暮れていた。街の人間が怖い、けれど――学園にも戻ることが出来ずにたどり着いたのは人がいない放棄された建設途中の建物。
 一人で寂しくうずくまっていると、さらに寂しくなって人が恋しくなる。けれど、人とふれあうことも怖くて、うずくまることしかできなかった。正直に言えば、この場に李真が現れてくれたことが少しだけ――本当に少しだけ、嬉しかった。その事実が嫌で奈月はさらに蹲る。

「本当に、貴方はさびしがり屋の兎ですね」
「五月蠅いなッ!」

 奈月がナイフを投げるが、いつもの如く李真に受け止められてしまう。

「人様にナイフを投げるなんていい度胸だよな」

 李真の口調が変わったことに、奈月は視線を鋭くして睨む。

「李真は何者なの」

 確信を突く問いに

「ただの――人殺しですよ」

 笑顔で李真は答えた。

「ふーん」

 対する奈月の反応は興味がない、そんな風だった。
 まるで――そんなことはとうに知っていると言わんばかりだ。

「驚かないんですね」
「李真が人を殺していないなんて、僕が思っていたと思うの?」
「まぁ、そうですね。人殺しなら、奈月だって同類ですしね。今日だけで既に四人も殺しているわけですし」
「……ふん」
「さて、奈月。戻りますよ」

 まだ、李真は奈月を見つけた合図を送っていない。

「…………」
「戻りたくないのですか? 閖姫が心配していますよ」
「……ヤダ」
「どうして」
「だって僕……勝手に、学園抜けだしたし、閖姫が探しに来てくれているなら余計に戻れないよ、だって閖姫に……迷惑かけた……なのに、僕が」
「寂しくて学園を抜けた、今も寂しくて震えている癖に、閖姫の元へ戻るのは怖いのですか、とんだあまのじゃくですね」
「……だって、閖姫に」
「大丈夫ですよ、閖姫は純粋に奈月を心配している、それだけなんだから。お前がごちゃごちゃ考えているより、閖姫はずっとシンプルな思考をしている。奈月が何を思って学園の外に出たか、なんて閖姫は微塵も理解しちゃいないし、お前が寂しくて家出をした、なんて思ってもいない。閖姫は気が付いていないし、お前が気付かせていないんだろう。閖姫を一人占めしたいくせに、出来なくて笑顔を取り繕って嘘しかつかないお前の本心に。だから、戻ったところでこれまでと同じ生活をつづけることなんて容易だ」

 李真の言葉に嘘や誇張は一切ない。
 言葉通り、言葉の意味のままだった。


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