零の旋律 | ナノ

A bolt from the blue


 『レリュカ・ミューレ』嘗て、名もなき星に、人は人が住まう街と同じよう名前をつけた。レリュカ・ミューレと。この世界レリュカ・ミューレで、人間は三つの大国と、幾つもの小国が支配している。
 冬馬と閖姫が現在いる場所は大国の一つアルシェンドに属する街ルシェイだ。大国アルシェンドは、冬馬と閖姫が所属するアルシェンド学園が土地を置く場所でもある。
 冬馬と閖姫が夜の街を探索している時だった。前方から薄暗い中街灯により一層照らされて輝く存在が走ってきた。光に包まれているような存在――否、それは人間だった。ただ、闇夜に輝く白を纏っていたから輝いているように錯覚しただけだ。
 その人物より後方には、白とは対極、闇夜に紛れるに相応しい黒づくめの集団が追いかけていた。走る速度は黒づくめの方が早い。徐々に距離は詰まっていき追いつかれるのも時間の問題だ。

「なんか、どっかの城から脱走したような人物と、それを追いかけている集団が目の前にいるけど、どうする?」

 閖姫は冬馬に問いかける。

「そりゃ。関わり合いになる必要はないだろう。第一、俺らが叶う相手かどうかもわからないんだぜ? 黒づくめ集団って腕の立つ人間でしょ。何より――学園にばれたらまずい」

 冬馬の言葉で、逃げている人物には悪いが、見なかったことにした。閖姫と冬馬はアルシェンド学園の生徒であり、特別な事情がない限り外出を禁じている校則を破って外出したのだ。厄介事に首を突っ込み、学園に露見した場合、どうなるか想像が出来ないほど馬鹿ではない。
 何より状況がわからない以上、逃げている人物が悲劇のヒロインで、黒づくめが悪人だとは限らない。その逆も多いにあえりるのだ。状況だけで善悪を判断するような人間でもない。
 だから――無視を決め込んだ。
 なのに、その思惑を真っ白な人物は覆した。徐々に此方の方へ距離を縮めてきたその人物は隠れる障害物として閖姫と冬馬を選んだのだ。

「はっ!? おい、餓鬼何しているんだ」

 冬馬の服を掴み、左脇からこそこそと顔をのぞかせている人物は一言で例えるなら白い。
 スノーホワイトのツインテールがその度に揺れる。髪の長さは異様に長く足首まである。くりっとした愛らしい瞳はカーマインからレモンイエローのグラデーションになっており特徴的だ。
 服装は白鶏頭で統一され、フリルがふんだんに使われた衣装はドレスのようだ。胸元にはピンクのリボンがついている。服装の一つ一つが高級品だということに冬馬が一目で気がついた。

「カナリア様。御戻り下さい」

 冬馬の背後に真っ白の人物、そして前方には二メートルほどの距離を開けて追いついた黒づくめ集団。黒づくめ集団は素性が露見しないためか、サングラスを全員着用している。人数は六名。身なりを整えた姿はボディーガードか執事に見える。

「カナリアって、こいつのことか」

 冬馬がやれやれといった声色で背後にいる人物に問いかけると――カナリアは首を縦に振った。

「理由はわからないけど、戻った方がいいんじゃないか?」

 閖姫もカナリアに声をかけた。怱々に自分たちから離れて欲しかった、厄介事に巻き込まれるのは――御免だ。どう見ても腕っ節がたつ黒づくめ集団を相手にするつもりはなかった。
 しかし、閖姫の言葉もむなしくカナリアは首を横に振る。拒絶だ。

「そこの二人はカナリア様の知り合いか?」

 慎重に黒づくめ集団は間合いを詰め始めた。逃げる必要もないはずなのに、後退する。

「いや、全くの初対面なんですけど」
「そうそう」

 閖姫の答えに冬馬も頷く。ただ、障害物にするのにちょうどいいから隠れられてしまっただけだ。

「……僕は、戻らない」

 カナリアは冬馬の後に隠れたまま、しかしこの場にいる誰にも聞こえる澄んだ声で答える。

「そうですか……手荒な真似だけはしたくなかったのですが、仕方ありません。無理矢理にでも戻って頂きましょう」
「貴方様が逃げるのを見過ごすわけにはいかないのです」
「我々の仕事は、貴方様を連れ戻すこと」
「穏便に済ませたかったのですが……」
「どうしても戻って頂けませんかね。今すぐ戻って頂けるのならば手荒なまねもしなくて済むのですが」
「駄目ですか……仕方ありません」

 六人それぞれがカナリアへ声をかけるが、カナリアの確固たる意志が変化することはなかった。
 中心にいる人物が懐から銃を取り出した。バレルには半透明な膜に覆われており発砲をしても音を消音する作用を魔術で付加してあった。

「げっ、おいこっちは一般人だぞ」

 まさか銃を出してくるとまでは想像していなかった二人は焦る。

「大丈夫……流石に、見ず知らずの人を巻き込まないはず」

 カナリアはそう冬馬の後ろで呟き、冬馬と閖姫は固まった。
 ――この世間知らず!
 黒づくめの集団にもカナリアの言葉が聞こえていたのだろう、中心にいる人物は冷笑した。

「何をおっしゃっているのですか、カナリア様。貴方様を連れ戻されるのでしたら、民間人が一人や二人死んだところで支障なんてありませんよ」

 笑顔で答えるそれに、カナリアは顔を青くする。

「嘘……」
「嘘では御座いませんよ。何なら、試してみますか?」

 銃の標準を冬馬に向ける。流れる動作には一切の躊躇がない。冬馬の心臓を狙っていると判断した怜悧な頭脳が、無意識にカナリアの細い手首を掴み、走り出した。殆ど同じタイミングで閖姫も走り出す。

「逃げるぞ!」

 左側にある脇道へ逃げる。狭い脇道に逃げた所で何れ追いつめられるだろうが、広々とした場所よりも――安全だ、と判断していた。
 銃で撃とうとした人物は、しかし不要に乱発する必要はない、確実な一撃で死止めればいいと判断し銃を懐へ戻した。

「カナリア様を追いかけるぞ。あの二人は――殺せ。カナリア様の存在を知り且つ逃亡に手を貸した者を生かして置く必要はない」

 冷酷な命令を下す。


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