零の旋律 | ナノ

Should kill you is


 冬馬と佳弥が所用で学園から去った後、学園内の屋上から見えない冬馬の姿を李真は眺めていた所に、ゆったりとした足取りで奈月がやってくる。珍しく亜月ぬいぐるみは手にしていない。

「どうしたの? 今にも人を殺しそうな目をして」

 背後から声をかけたが故に、目を視ていないが、見なくてもその程度のことは空気でわかった。

「……」
「佳弥に嫉妬でもしているの? 佳弥と冬馬が仲睦まじいから」
「……俺はあいつのものだが、あいつも俺のものなのになって思っただけだよ」
「独占欲強すぎでしょ」
「お前の依存心には及ばない」

 普段の丁寧な口調ではない李真の喋りを奈月は気にしない。李真の素がそちらだと知っているから。

「僕としては、君の独占欲も僕の依存心も同程度だと思うんだけどなぁ……冬馬が佳弥と一緒にいるのが気に入らない?」
「気に入らないな。佳弥は……冬馬を引き戻す。冬馬が逃げていたものから真正面から向き合わせようとする、冬馬に前に進む後押しをする。冬馬を前に進めさせる」
「それで冬馬が自分から離れちゃうかが心配? それとも――束縛出来なくなるのが嫌?」
「――まぁ。けれど、俺を裏切ったら冬馬は、俺が殺す」

 物騒な言葉を、淡々と紡ぐ李真に恐怖することなく奈月は続ける。

「ほんと、歪んでいるよね」
「何度も言うが、お前には言われたくない」
「今からでも追いかけて殺しちゃえばいいのに。そうしたらずっと冬馬と離れることなく一緒にいられるよ」

 隻眼の瞳が不気味に輝く。

「……ふん、まだいいですよ。まだ私を裏切ったわけではないのですから」

 李真は冬馬が見えない先を眺めていても仕方ないと踵を返す。奈月もそのあとに続いた。



 佳弥の兄ことシェリアス・アルシェンドはアルシェンド王国第一王位継承者だ。
 王位継承の際に起きた王族、貴族内の揉め事を終結させるまでの期間、佳弥に火の粉が飛び移らないよう、秘密裏にアルシェイル学園に入学させた人物であり、「こい」とだけの手紙を冬馬に渡した人物である。
 緩くウェーブのかかったブロンドの髪は腰までの長さがあり、エメラルドグリーンの瞳は全てを見透かすような怜悧さを物語っている。整った顔立ちは佳弥の兄だと実感させるだけの端正さがあった。
 シェリアス・アルシェンドは、自室で久々に妹と妹の許嫁に会えるのを今か今かと首を長くして待っていた。愛用の本を読んでいたが二人が早くこないかなと気になってばかりで先ほどから一頁も進まない。本をベッドの上に放り投げる。

「あぁああ! 早く来いよっ」

 ベッドに寝転びジタバタしていると、部屋の扉がノックされたので、慌ててベッドから飛び降り扉を開けに赤い絨毯の上を走った。扉を勢いよく開けると面を喰らった佳弥と冬馬がいたが、構わずにシェリアスは抱きしめた。

「遅いぞお前ら。待っていたんだからな、というわけでくっつけ」
「何故というわけでなのかわからないよ。お兄様」
「お兄様、お久しぶりです。あと、というわけでは不要かと」
「不要なもんか。今からでもいいからくっつけ。とりあえず手っ取り早くキスくらいしておけばいい。よし、そうしろ」
「無茶苦茶なことばかりを述べないでよ。全く。久々に再会出来たんだからそれ以外のこともあるでしょう」

 未だシェリアスは冬馬と佳弥を抱きしめたまま離していない。

「いや、それ以外のことなんてない。俺はお前らが早くくっつくために手紙を送ったんだ」
「いやいやいや。お兄様。お兄様の王位継承式があるから俺ら来たんですって」
「ん? あぁ。そういや俺の王位継承式なんてもんもあったか」
「いや適当すぎるでしょ」

 顔を引き攣らせながら冬馬は思わず口走った。

「あと、手紙なんてよこさなくても、お兄様の王位継承式だったら俺はきますって」
「そうだろうけど、手紙をよこせばお前は飛んででも来るだろう?」
「まぁ……飛んででもくるけど。それにしても王位継承おめでとうございます」
「有難な! いやー本当に面倒だったよ。どいつもこいつも王位継承をする前に結婚しろ婚約しろ、この令嬢なんていかがですかって押しかけてきやがって! 面倒だったらありゃしねぇ」

 ぶつくさシェリアスは文句を続ける。今までのストレスを発散するためかこの後暫く冬馬と佳弥は抱きしめられた状態から解放されなかった。


「あぁそうだ。お前実家に服取りにいくの面倒だろ? こっちで用意しといたから明日は王家側にならんどけ」
「有難うって、トライデュースの方に並ばなくていいのですか?」
「んあ? 当たり前だろ。お前は妹の許嫁なんだから。王族側にならんどけって、それでもう配置予定提出しているから嫌だっていっても変更出来ないけどな!」
「嫌だっていってもどの道強制的に俺をそっち側に並ばせるでしょ」
「当たり前だ」
「ところでお兄様、俺の服はちゃんとした奴ですよね?」
「あぁ、本当は女物着せたかったが流石に正式な場だし諦めたよ」
「良かった」

 冬馬は安堵する。佳弥の兄にしてアルシェンド王国の王子は、佳弥がそこからの男よりかっこよくて男前で紳士的だからという理由で、帳尻を合わせるために冬馬に女物の服装をここぞとばかりに送りつけていたのだ。学園生活においても度々女物の服が届いた時は、どうするか悩んだ。結局着ていないけれど。


 豪華絢爛、燦爛たる彩光の装飾、盛大なる歓声、王都で行われる式典は意匠の限りが尽くされていた。
 民衆が整列をし、一様に集まる。
 各地に拠点を持つ貴族の当主たちも勢ぞろいし、王都は王位継承で華々しく盛り上がっていた。
 鮮やかだが、派手さを感じさせない意匠をこらした服装に身を包んだシェリアスが王城から姿を見せる。真っ赤なマントを羽織った姿は、ブロンドの髪と合わさって、シェリアスの美しさを引き立てる。エメラルドグリーンの瞳が、周囲を見渡す度に、祝福の言葉が投げかけられる。ヒールのある靴が、深紅の絨毯を踏みして歩く。
シェリアスが、現王の前に立ち跪くと、現王は王冠をシェリアスの頭に被せると同時に歓声が響き渡る。
 代々、アルシェンド王国における王位継承式に使われる儀式用の王冠であり、それを被った者が次なる王の証だった。
 佳弥と冬馬は王族側に並び、シェリアスが王位を継ぐ姿を眺めていた。
 程なくして、王位継承式は何事もなく無事に終了をした。

 アルシェンド王国の王位をシェリアス王子が継いだことは、閉鎖学園とは言われるアルシェイル学園でも話題に上がっていた。
 だが、誰もシェリアス王が佳弥と血縁であることに気がつくものはいなかったし、まさか佳弥と冬馬がこのために学園から離れたと結びつけるものはいなかった。

「へぇーシェリアス王の写真って初めて見たけど、佳弥と似た男前な顔しているんだなぁ」

 ただ、そう呟くミルキーホワイトの髪をした少年がいただけだ。


 式典が終わって三日後――冬馬と佳弥は学園に戻ってきた。

「おかえりなさい」

 李真が部屋に戻ってきた冬馬を迎えると、冬馬はやや疲れた表情と、手提げ袋を持ってきていた。

「それはなんですか?」
「俺へのお土産、但しどうすればいいか迷っている」
「何を貰ったんですか?」
「見るか? 見ろ。そして着ればいい」

 そう言って冬馬が袋から広げた服は仕立てのいい、女物の服だった。

「は?」

 李真は顔を顰めながら、冬馬に女装趣味があったのかを疑った。


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