零の旋律 | ナノ

The truth lies


 久遠は自らも学園から姿を消そうと“学園”に背を向けた。十夜たちには一切視線を向けなかった。想い出は振り返らない。沢山のなつかしき想い出に溢れる場所だが、自分がこれ以上学生であり続けることは叶わないと、自分で判断し自分で完結させた。
 だが、久遠の前に立ちふさがる壁があった。久遠が学生でなくなることを本心から望んでいるのならば最大の障害がそこに存在した。視線を向けなかったが故に、その先が移動していたことに久遠は気がつけなかった。
 月夜に照らされ、発光するかのようなミルキーホワイトの髪が風に靡く。芯の強い瞳はどんな屈強にだって耐え切れる意志を宿している。久遠より頭一つ小さい身体だが、その心は広大だと――思っている。

「どいてくれ。俺はこれ以上此処に留まっている資格はない」

 視線を此処で久遠は合わせた。

「問題ないさ! 此処はどんな人間だって優秀なら受け入れる所なんだからな!」

 そう言って手を差し伸べてきたのは同室の――そして最初の友達である十夜だった。
逆だ、と思う。
 最初に手を差し伸べたのは――自分だったのに、逆に手を差し伸べてもらった。久遠は躊躇なく、その手を掴んだ。拒絶するはずだったのに、伸ばされた手に縋っていた。学園に残りたいという願望が、思考するよりも早くその手を選んでいた

「いいのか? この学園を襲った首謀者の息子だぞ?」
「知るか。関係ない。例え、久遠が何処の誰だろうと俺には関係ない。それに、この学園の学生である以上そんなことは関係ない。例え何者だろうと、お前は“久遠”なんだからな」
「馬鹿な奴」
「五月蠅い。それにお前は最初から学園を“裏切っていない”んだから、関係ないだろう」

 十夜の真摯な瞳が久遠を射抜く。

「裏切っていたんならフェルメ辺りから文句言われるかもだけど、裏切っていないんだから問題ないよ」

 それは酷く楽観的な言葉だったが、十夜がそう言えばそうなる気がして久遠は苦笑する。
 例え、アルシェイル学園を守るために、父親の野望を打ち砕くために裏切った不利をしたとしても学園に組織を手引きしたのは紛れもなく自分だ。
 その結果引き起こした犠牲は、大きい。
 何の罰もないままに終わるとは思っていない。殺されようとも久遠は構わなかった。
 ただ、十夜に会えなくなるのが寂しい。手を握りながらも、まだ久遠はそんなことを思考していた。

「十夜、勝手に話を進めないでください」

 フェルメが真剣な声で近づく。十夜はきりっとフェルメを睨みながら力強く言い放つ。

「勝手に話を進めたって構わないだろ、久遠はなにもしていないんだから」
「なにもしていないってね……今回のことで起きた犠牲を理解しているのですか?」
「理解している。けれど」

 十夜が続けて言いたいことを、李真が続けた。

「まぁ、今回起きた事件で被害が最小限だっただろうことは事実ですね」

 久遠を庇う意図もなくただ事実だけを述べた。

「久遠が組織に対して何のアクションも起こさずのうのうと学園で生活を続けていれば、ドミヌスのリーダーは痺れを切らして、それこそ久遠に対しての信頼をなくして襲撃していたでしょうね。その場合の被害を考えれば、久遠がしでかしたことはむしろ褒められることでは」
「李真……そういうことは言うものではありません。第一この場にいるのは貴方達だけじゃないんですよ」

 フェルメは顔を思いっきりしかめながら続ける。この場にはフェルメ以外の教員が三人と、学生が十夜たちを含めて十三人いる。少なくともこの場にいる人間は久遠が組織側の人間だったことを知ってしまった。その事実は覆らない。誰も知らなければ知らないまま秘密裏にことを進めることは出来ただろうが、目撃者がいる。

「久遠がもっと早くしていれば、久遠がもっとどうかしていれば、そもそも学園にさえ来なければ、そんなものは結果論でしかないでしょう。何の犠牲も被害も出さずに全てを丸く収めようなんてのはただの理想論であり馬鹿の幻影ですよ。それに、リーダーであるクライセルはかなりの実力者ですよ? フェルメ、貴方が戦ったところで五体満足で生きていられたんですかね」
「……その辺を突かれると痛いですね」
「勿論、フェルメの後にいる教師たちでは勝ち目など到底なかったでしょう。クライセルが何もしないでも有利な状況に持ち込めたからこそ、クライセルは油断した。だから、久遠に殺された、その結果――学園における被害が最小にすんだ。それでいいじゃないですか、どの道この学園は犯罪者だろうが組織の人間だろうが、誰だろうがもろ手を広げて歓迎する場所なんですから、こういった被害が起こることすら予想の上で」
「はいはい、わかりましたよ。久遠、反省文百枚くらい書くことは覚悟して置きなさいね」
「二百枚でも書きますよ」
「では三百枚で」
「それと李真、お喋りがすぎますよ」
「そうですね」

 フェルメが久遠を学園に留まらせることを許可したのに対して、教員の一人がフェルメまで駆け寄って抗議をする。

「いいんですか!? 今回の被害は」
「私が直接学園長に許可をもらいますから構いませんよ。それにアルシェンド王国に反旗を翻していた危険な組織を壊滅させたのです、その事実は覆りません。そして……李真が言ったことが全てです。実際、クライセルは実力を発揮することなく死んでいましたが、実力を発揮すれば私たちとて生きていなかったでしょうね」
「なっ――! フェルメスなら」
「私はあくまで教師ですよ。それに、私にとってクライセルは相性の悪い相手なのでね、その場合、さらに最悪の結果になる」
「……わかりました、学園長が許可を出したのならば久遠は今まで通り、アルシェイル学園の学生として扱いましょう」
「まぁ、そうですね」
「私も学園長が出した指示であれば下がいます」

 教師三人はフェルメの言葉に納得した。

「さて、貴方たちは一旦、事情がわからないでしょう? 説明しますから私たちと一緒にきなさい」

 十夜、李真、佳弥、久遠以外のその場にいる学生にフェルメが優しく声をかける。
 学生は状況を飲み込めていなかったため、隠蔽ではなく説明してくれるのを拒否する必要はないと大人しくフェルメに同行していった。

「久遠は暫く十夜たちと一緒にいなさい。李真は――防御魔術を使わなくていいと冬馬に告げに行きなさい」
「わかりました」


 李真は張り巡らしてある糸を使って跳躍を繰り返し、あっと言う間に冬馬がいる屋上までたどり着いた。

「冬馬、終わりましたよ」

 李真が屋上に華麗に着地すると、そこには閖姫が屋上入口前で刀を構えて冬馬を守る体制をとっていた――いつ敵が現れても大丈夫なように。

「了解」

 冬馬が防御魔術を解除すると、空を覆っていた魔法陣と、地面から浮かび上がっていた魔法陣は消え去り、闇が訪れる。冬馬は暗いままだと怪我人の発見が難しくなると判断し、無数の光の球を新たに浮かび上がらせ、擬似的な光を作り出した。それは太陽が雲に隠れた程度の明るさだった。

「屋上へ直接やってくるとか李真が敵だったら冬馬殺されていたな」

 冗談交じりに言いながら、閖姫が刀を肩に担ぎながら冬馬に近づく。

「まぁ私みたく省略してやってくる人は少ないでしょうから問題ないですよ。冬馬を守ってくれてありがうございますね、閖姫」
「仲間なんだから当たり前だろ、李真にお礼を言われる必要はないさ」
「そうですか。さて、冬馬に伝えたことですし、私は他の人にも終わったことを伝えてきますよ」
「頼んだ」

 冬馬が防御魔術を解除したことで他の防御魔術も次第に解除されていくが、防御魔術の要であった冬馬が倒されたからだと判断する可能性が大いにある以上連絡は必要不可欠だった。

「では、また後で会いましょう」

 糸を使って屋上から地上まで李真は一気に下りる。

「なんなら運んでもらった方が良かったか? 閖姫」
「いや……階段で降りたいな」
「だよな」

 冬馬と閖姫は顔を見合せて笑った。


 李真が全員に襲撃が終わったことを告げ終わると、奈月を発見した。

「奈月……何をしていたんですか?」

 建物入口の段差に座り、足を揺らしている奈月がいた。その服には右側を中心に返り血が付着している。

「ん? 李真、どうしたの」
「……終わりましたよ」
「わかった、態々伝えに来るなんて珍しいね」
「酷いですねぇ、私を鬼みたいに言わないで下さいよ」
「実際は鬼より性質悪そうだけどね」
「本当に、酷いですね。閖姫と話している時は嘘で塗り固めている癖に」
「五月蠅い!」

 奈月が左手でナイフを投げるが、李真はそれを軽々と受け止める。

「だから、ナイフは人に投げちゃいけませんって」
「ふーん。李真が悪いんだよ」
「で、その返り血と、今右手を使わなかったことの意味は」
「……っ」

 奈月が李真を睨むが、その程度で誤魔化されるわけではない。

「利き手が右の貴方が、態々左手を使った意味は? 左も半端に使える貴方ならナイフを至近距離で投げるくらい、どちらの手でも手元が狂うことはないでしょうが、だからといって右手で投げない理由はない」
「わかっていること……聞かないでよ」

 はぁ、と李真はため息をつく。奈月は本当に――正直なことを告げるのに恐怖する嘘つきだ、と。

「右手が怪我していることを閖姫に知られたくないから、返り血をわざと浴びて――血で怪我を誤魔化そうとしたんですか、全く持って呆れますね」
「五月蠅いなぁ」
「そのために、人を殺すなんて、本当に愚かですね」

 再び投げられたナイフが李真に突き刺さることはなかった。


 奈月が閖姫と冬馬と合流した時、奈月の血に驚いた二人だが、返り血であることを告げると、二人はほっと胸をなで下ろしてそれ以上話しを持ちかけることはなかった。奈月の目論見通りのことは運んだ――


 治癒術を使える教師や学生が、怪我人の手当てに追われている間に、フェルメは学園長と話をつけ、クゥエル・サラディトは今まで通り久遠として学園生活を送れることになった。
 許可をされた理由の大本は、久遠が裏切って情報流出しなければ、被害が甚大だっただろうこと、人が誰も死なずに平和的に解決するのはただの理想論でしかないことを学園長とフェルメは知っていたからだ。
 久遠の裏切りは必要に迫られたものだった、そういう結論に至った。
 その場にいた学生たちには、久遠は学園長の命令で秘密裏に裏切り、そしてクライセルを殺す算段になっていた、と嘘を伝えた。真実を混ぜて、嘘を混ぜて信憑性を持たせて。状況を理解出来なかった学生たちはフェルメの真実味のある作り話に納得をした。
 ひと段落ついたところでフェルメは状況を理解した学生である十夜たちを呼びだし、嘘の筋書きを真実であったことにするよう告げる。

「久遠が学園に残れるなら、俺は別に構わないよ、それがどんな嘘だってな」
「貴方ならそう言うと思っていましたよ。あぁ、それと十夜に、冬馬、貴方達二人は少し残りなさい」

 笑顔でフェルメが告げたので、十夜と冬馬は顔を見合わせた――嫌な予感しかしなくて。

「十夜に冬馬、貴方達――地下への入り口を見つけて魔術式を解いたんですね」
「…………解いたな」
「全く持って、久遠は反省文三百枚プレゼントしましたが、貴方達も百五十枚くらいは書きなさいね」
「えっ!? ちょっ待てよ!」
「なんで百五十枚も!」

 十夜と冬馬が即座に反応して反発するがフェルメは有無を言わさなかった。

「勝手に学園にロストテクノロジーがあることを発見したんです。反省文くらいですむことを有りがたく思いなさい!」
「はーい」
「わかりましたよ」

 十夜と冬馬は二人でため息をついた。十夜が先に部屋を後にする。冬馬が続こうとしたその歩みを止めてフェルメを振り返り

「で、フェルメ、魔術式は書きかえるのか?」

 と質問した。

「いいえ、そんなことはしませんよ。したところで無意味でしょう」
「まーね」

 冬馬は不敵な笑みを向けて今度こそ退室した。
 魔術の名門中の名門にして大貴族トライデュース家の嫡男、天才と謳われる魔術師相手では、学園の教師がいくら複雑怪奇な魔術式でロストテクノロジーへの入り口を塞ごうとも、解除されるだけだとフェルメは理解していた。
 尤も――フェルメは知らない。実際に魔術式を解析したのは、魔術ではなく展開術式を用いたものであり、奈月であったことを。


+++
「よっしゃ! 久遠! 学園に残れることになっておめでとーう!」

 十夜は久遠に抱きついた。本当は肩に腕を乗せたかったが、運が悪いことに十夜の身長ではそれが出来なかったので、仕方なく喜びを現すために抱きついた。

「有難う。十夜のお蔭だ」

 普段の久遠へ戻った瞳が、十夜には何より嬉しかった。

「はっ、仲間を追いだすほど俺は落ちぶれていねぇよ」
「だろうね、だからこその十夜だ」
「まぁ、当分はいくら作り話で丸く収めてくれたかって言っても、暫くは久遠に対する色々な噂が流れるだろうけど、気にするなよ」
「大丈夫だ。冬馬の同性愛疑惑の噂に比べたらどんな噂もましだ」
「ははっそりゃ言えてる。じゃあ、代わりに冬馬が佳弥に告白して降られた噂でも流して相殺するか」
「そりゃ信憑性のありそうな嘘だことで」

 十夜は満面の笑顔で笑い続けた。
 久遠が仲間として戻ってきてくれたことが嬉しくて。


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