零の旋律 | ナノ

Truth of betrayal


 暫くして、十夜は念願の久遠を見つけることに成功した。その場にいたのは久遠だけではなかった。久遠と顔立ちが似ている男がいる。向かい会うように――敵対するように――フェルメがいた。フェルメの背後には学生が複数人固まっている――中には教師も紛れていた。周囲には無数の死体が転がっている。弓矢が例外なく刺さっていることからフェルメが殺したのは十中八九間違いないだろう。

「久遠!」

 十夜が久遠の元まで駆けだしそうなのを李真が首根っこを掴んで無理矢理止める。

「ぐえっ……何でとめるんだよ!」
「今敵陣に特攻でどうするんですか、死にますよ」
「けど、久遠が!」
「状況を見極めてからにしましょう」

 李真の言葉に十夜は渋々従った不利をして、李真が自分を離したすきを狙い再び駆けだそうとしたが、李真にはその程度のことお見通しで今度は髪の毛を引っ張られた。

「いででっ! 髪が抜けて禿げるだろ!」
「一度目で言うことを聞かない馬鹿には当然の処置だと思いますよ」

 李真は平然として言い放つ。

「十夜、慌てたい気持ちはわかるけれど、今は李真の言うとおりにした方がいいよ」
「佳弥……ちっわかったよ。けど、フェルメの元までは行く」
「それくらいでしたら、そうですね。容認しますよ」
「偉そうに上から目線だな!」
「冷静さをかいている人には丁度いいと思いますよ」
「なんかどっかの誰か<フェルメ>を思い出すな……」

 十夜と佳弥、李真はフェルメの下に近づく。久遠が敵側にいることに関しては既に驚いた後なのか教師たちに驚愕の表情はなかった。
 この学園は犯罪者だろうと誰だろうと優秀であれば受け入れるアルシェイル学園だ。だから久遠が犯罪者だと“知っていても”犯罪者組織のリーダーが血縁者であろうと優秀であれば構わなかった。故に、学生の誰かが敵に回ったところで不思議ではない。そう言った危険性を孕んでいることを学園は知っていても優秀であれば学生を入学させていた。優秀であること、それだけがこの学園に入学出来る最低限にして最大の条件。

「貴方達はなにが目的なんですか」
「この学園にロストテクノロジーが隠されていることは知っている。それを私たちは頂きに参っただけのことだ」

 高圧的な態度で、久遠の父親にして組織のリーダーであるクライセルは告げる。久遠との距離は僅かに開いている。

「ロストテクノロジー、そんなものを見つけ出して貴方達はなにをしようと?」

 ロストテクノロジーの存在を否定せず、フェルメが教師を代表して問う。弓に矢をかけたまま、臨戦体型は崩さない。

「簡単だ、アルシェンド王国を瓦解させるため」
「馬鹿なことを考えますね。学園のロストテクノロジーを手に入れた所でアルシェンド王国が崩れると夢見ているのですか? 現実を見られない愚か者は滅びるだけの定めですよ」
「確かに、学園一つでは足りないだろうが、しかし、それは大きな一歩となる」
「“しかし”それは誇大妄想ですよ。学園のロストテクノロジーが本当に手に入るとでも思いあがっているんですか?」
「入口に施してある術に関しては既に解除方法をしっている」

 その言葉にフェルメは眉を僅かに顰めてから――何時の間に、と久遠の方へ視線を移したが、久遠がたじろぐことはない。

「成程。それは確かに強硬手段に出る理由にはなりますが、高がその程度。入口をどうこうしたからといって一体なにが出来るのですか」
「そんなこと、お主らが預かり知らなくていいことだ」
「そうですか」
「進むぞ、こいクゥエル」

 クゥエルと本名で呼ばれた久遠が、慣れた足取りでクライセルの隣まで一歩一歩近づく。
 光を灯さない表情は、誰を何とも思っていないような冷淡な瞳だった。
 十夜は愕然とする。どうして、なんでと声を荒げたい気持ちが心を支配する。十夜や李真、佳弥といった仲間を見ても久遠の表情は何一つ変わらない。
 だから――クライセルは、油断した。
 何時までも、永遠に息子は自分の思想を理解してくれる最高の息子にして、アルシェンド王国の瓦解のための道具として傍に寄り続けていてくれる。夢を叶えるための部下で――いてくれると。
 “誰を”何とも思っていない冷淡な瞳を持つ久遠がクライセルの隣に並びかけた時――腹部から血が滴った。短剣が、クライセルの腹部を突き刺していた。

「成程」

 魔術師を刺殺したのが久遠だったことを――李真だけが、理解した。

「なっ……!」

 突然の出来ごとにクライセルは驚愕する。困惑する。混乱する。理解不能の事態にして想定外の事件だった。クゥエルは息子にして部下であり道具。それなのに、クゥエルがナイフを突き刺している対象が父親<自分>であったことが不可解だった。

「貴方の間違いは、俺を学園に入学させたことでした」

 何故、と驚愕する父親に久遠は淡々と答える。失われていた光が、瞳に戻っていた。誰を殺しても冷淡でいる瞳は誰かへの想いある瞳にうつり変わっていた。

「友達を――仲間を手に入れてしまえば、俺にそれを失うことなんて出来ない」

 断言する言葉には切実な響きが含まれていた。
 世界とは父親が全てだった――アルシェイル学園に入学する前までは。
 その世界が覆ったのは十夜と出会い、沢山の学生と触れ合い、友人が出来過ごした日々の全て、その結果だ。
 夜中に花火をして盛り上がったり、十夜のゲームに朝まで付き合わされて目には隈が出来たり、こっそり学園の秘密を十夜たちと探ったり、様々な出来事が久遠の心に変化をもたらした。
 父親のための操り人形ではなく、クゥエルとしての人生ではなく、久遠としての道を選んだ。

「俺は学園に来て気付いた。貴方の願いがいかに矛盾で溢れているか、ということを。だから――俺は貴方を止めることにしたのです。貴方は殺さないと止まらない。そんなことは息子である私が一番よく知っている。だから、俺が殺すのです」

 父親を殺す咎を自らが背負う、と。久遠は決断していた。その為に一度仲間を“裏切った”
 もっと早くに父親を殺していれば、現状の惨劇は少なかったのかもしれない、と冷静に久遠は周囲を見渡す。倒れた学生たち、戦った痕跡、無傷ではない教員。死すらも見た。嘗ての組織の仲間を何人も殺された。無駄な死だったのかもしれない。無駄な犠牲だったのかもしれない。けれど、久遠にとって父親を殺すのはこの時しかなかった。
状況が自分たちの有利に進んでいる、そして油断した時にしか――殺せないと久遠の怜悧な頭脳は冷静に計算を導き出していた。
 実力でやり会えば闇撃ちをしようとも自分が敗北するのは目に見えていた。組織のリーダーとして長年アルシェンド王国に目をつけられながらも生き延びられる程の戦闘力と頭脳を有するクライセルに、自分では勝ち目がない。
 だから、油断するまで状況を持っていく必要があった。
 犠牲が出ることは避けたかった、父親の欲望のせいで死ぬ人間は出したくなかった。
 けれど、それはただの理想論だ。
 現実に争いが起きてしまえば、犠牲のない勝利など望めない。ありえない。
 だから、久遠は駆けだしたい気持ちを抑えて、父の信頼を失わずに近づいた。失っていない信頼を利用して勝利を半ば確信しているからこそ油断している父親に短剣を突き刺した。

「貴方は此処で死んでください」

 久遠が最後に告げた。父親の瞳に宿るのは確固たる不精息子への憎悪だった。そして、力を失い崩れ落ちる。最後に見せた瞳が憎悪でも久遠には構わなかった。むしろ――慈愛に満ちた瞳で見られた暁には、久遠自らその場で命を絶っていたことだろう。
 首謀者は心臓だ。心臓を失った組織など瓦解する。
 さらに、実力のある組織のメンバーはクライセルが呼んでいると嘘を言い、同じ幹部であり仲間であり同胞であるクゥエルに背中を見せた瞬間背後から襲って殺した。
最早組織が組織として機能するための部位は残っていない。

「……さっさと逃げた方が身のためですよ」

 まだ生き残っている組織の人間に対して久遠は――クゥエルとして冷酷な瞳と共に告げた。
 クライセルが死んだ事実に、組織の人間は裏切り者であるクゥエルを始末することも、裏切り者と罵倒することもなく混乱したままに逃げ出した。まだ、何処かで戦っている組織の人間はいるだろうが、何れ逃げ出すだろうと久遠は判断した。

 ――何れ、貴方達が俺を裏切り者だと始末しにくるならば、その時は相手しますよ。

 心中で呟く。勝利の自信から敗北の決定に移り変わった瞬間、彼らの思考は停止したが故に、クゥエルの逃げた方が身のためですよ、その言葉に従ったのだ。けれど、時間と共に彼らは冷静な思考を幾分取り戻すだろう。その時に裏切り者を始末しに来る可能性は零とは言い切れない。


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