The lie in order to deceive 奈月はメイス一撃一撃が振るわれる度に怖かった。その攻撃が自分の身体を抉ったらどうしようと、距離を置いて銃で攻撃し続けたかったが、しかし銃は既に手持ちの弾が尽きていた。何発発砲したか覚えていない。一発も防御魔術を砕けなかった。そしてリロードしない奈月を見て、敵は下衆な笑みを浮かべる。銃による遠距離攻撃がないとわかると、突進してメイスを振りまわしたのだ。 故に、奈月はナイフを手に回避行動を続けるしかなかった。普段、実技授業を欠席している奈月だが、運動神経は学園内でも中間より少し上には入れるだけはある。 とはいえ、それだけだ。メイスを辛うじて交わせてはいるが、何時メイスが奈月の顔を直撃するかわからない。それほどまでに危うい回避行動だった。 「っ――!」 だから、奈月はその恐怖を無くすため、別の恐怖心を殺した。 そうしなければ――さらなる恐怖が襲うとわかっていたから。冬馬は防御魔術に手いっぱいだろうし、閖姫は別の相手と対戦中だ。 時間稼ぎをして閖姫に助けてもらう選択肢も過ったが、そのために閖姫が怪我をしたら嫌だ、という思いもよぎる。 相手がメイスを振りかざしてくるのを、数度交わした後、奈月は――だから、ナイフとメイスを衝突させた。 「はっ! そんなナイフでなにがで!?」 敵は驚愕する。ナイフとメイスが衝突しあえば、メイスが有利なのは明らかだ。だから、今まで奈月はナイフとメイスを衝突させようとしていなかった。 それなのにぶつけてきたことは愚かだ、と嘲笑おうとしたのに――それが出来なかった。 何故ならば、手にしていたはずの力一杯握っていたはずのメイスが消滅していた。 「どういうことだ!」 驚くが結論が出るよりも早く、奈月がナイフを振りかざす。慌てて防御魔術を使おうとするがそれよりも早く、奈月のナイフが相手の腕を切り裂く。血飛沫があがり、奈月のローズレッドの髪に赤のまだらが付着する。 奈月は相手を殺そうと冷淡な瞳を向け、ナイフを心臓につきたてようとしたとき、閖姫の姿が見えたので躊躇してしまった。その躊躇は隙でしかないが、痛みに顔をしかめた敵はその隙に気がつくことが出来なかった。閖姫が背後から鞘で敵の後頭部を殴る。敵は地面に倒れて動かなくなった。 目を覚ます前に縛り付けないとなぁと奈月はぼんやり考えつつ、閖姫に怪我がないことに安堵した。 「閖姫、大丈夫!?」 「俺は大丈夫だ。それより奈月は平気か」 「あ、うん。大丈夫だよ!」 奈月は両手を後ろに回して笑みを作る。閖姫が心配してくれるだけで――嬉しかった。 「冬馬も平気か?」 「あぁ、お蔭さまで。お前らの姿が見えない前は敵の増援がきたのかと思って焦ったよ。助かった」 「なら良かった。術の中心点っぽい場所に敵が侵入していくのが見えたから慌てて追いかけたかいがあったよ」 「ほんと、俺の幸運に感謝だわ」 冬馬はほっとして笑う。閖姫と奈月が来なければ絶体絶命だった。最悪自分の身を守るために防御魔術を解除していたかもしれない、そう思うと背筋が凍る。 自分の命が大切なのは、誰にとっても同じだろうが、そのために他人を見殺しにしなければならないのだ、その後に押し寄せる後悔はどれほどのものか―― ――あんな想いはもうしたくない。 「俺は此処に残っていた方がよさそうだな」 「……そうだな、そうしてくれるとありがたいわ。李真と一旦は合流したんだけど、他の奴らを助けてって言ってしまったからな。いや、覇王様をこの場に残して置くのもあんまいい策じゃないんだけどな」 「だったとしても、残っているよ。李真を向かわせたのはどーせ、防御魔術が完成する前なんだろ? 俺と合流したのは完成した後だ。状況は違う」 「サンキュ。じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」 「話がまとまったみたいだから、僕は別の場所に行くね」 この場から奈月は立ち去ろうとした。 「どうした、ナヅっちゃん」 「ん? だって僕にだって出来ることはあるんだよ」 「そりゃそうだけど」 「この場に僕と冬馬しかいないなら別だけど、此処には閖姫がいるんだから安全だよ。僕が一緒にいてもなんもすることはない。だったら別の場所で僕が出来ることをした方がいいでしょ」 「そうだな。奈月宜しく、けれど無理はするなよ」 閖姫は奈月の言葉に違和感を覚えることなく頼んだ。 「うん!」 だから、奈月はこの場に似つかわしくない満面の笑みで応じた。 そのおかしさにもまた閖姫が気づくことはない。奈月は閖姫たちに背を向けると同時に手を前に移動して、屋上から退散した。 建物内に戻った奈月は、壁を背もたれにして右手を抑えながらしゃがむ。 黒のワイシャツを着ているせいで目立っていないが、奈月は右手を怪我していた。正確に言うならば、メイスとナイフを衝突させた時――メイスを消滅する前にメイスの衝撃で傷口が開いてしまったのだ。 ワイシャツを捲ると、そこに巻かれていた包帯が赤くにじんでいる。黒のワイシャツもよくよく見れば赤くにじみ出ていて、白のブレザーが赤くなるのは時間の問題だ。その前に――包帯と服を着替えなければと奈月は思うものの、そんなことをしたらそれはそれで何故――こんな状況で服が綺麗なのかを疑われる可能性がある。 「はぁ……どうしようかな」 奈月はとりあえず持ち歩いている包帯で右手首をきゅっと縛り直す。 「まぁ……とりあえず、僕が怪我をしたってことがばれなきゃいいんだよね」 ――だったら、答えは簡単だ。他人の返り血で服が汚れたことにすればいい。この髪のように 奈月はまだらに血が飛び散った髪に触れる。 服にも多少血が飛び散っているが、一気に血が付着したような場所がない。 奈月は怪我をしていることを誤魔化すために、返り血を浴びるために――敵を探しに進んだ。 「そういえば、この建物内には李真が縛った敵が転がっているんだっけ」 口に笑みを浮かべて奈月は進んだ。目指すは縛られて動けない――敵。左手にはナイフを握りながら、ひたひたと歩く。 +++ 李真と佳弥は十夜と合流する。十夜は額から汗を流して、ずっと久遠を探して全力疾走していたのは一目瞭然だった。 「はぁはぁ……はぁ、お、おい。久遠を見なかった……か」 「いえ、見ていませんよ」 「僕も」 「久遠の奴何処に言ったんだよ」 その時、李真の視線が別の場所に移動する。 「どうしたのだい?」 「あそこ、魔術師が殺されていますね」 李真が指をさした先には、倒れている――否、殺されている魔術師がいた。李真は殺されたと表現したが、佳弥と十夜には生きているか死んでいるかはわからない。恐る恐る近づいてみると、李真の言葉通り殺されているのがわかった。無造作に投げ捨てられたナイフ、腹部から血を流して死んでいる姿。 「……教師の誰かがフェルメ辺りが殺したんだろうな」 十夜が教師の中で殺しを平然と行うだろうフェルメの名前を挙げる。 佳弥は学園に来て日が浅いため、フェルメがどういった教師であるのか詳しくはしらないが、それでもフェルメが殺したといわれれば納得出来た。そういう実力を――雰囲気をフェルメは纏っている。 「……先に行こう。俺は久遠を見つけるんだ」 「そうだね。僕も一緒に行くよ」 「サンキュ」 「では行きましょうか」 ――フェルメは果たしてナイフで心臓を一突きにするんですかね 李真の心中を過った疑問に答える者は皆無だ。 [*前] | [次#] TOP |