零の旋律 | ナノ

Speculation


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 冬馬を中心として発動した防御魔術の効果により、避難している学生に対して危害を加えることが難しくなかったが、だからといって起死回生が出来たわけではない。
頑丈な防御魔術は余程のことでない限り破られる心配はないだろうと冬馬は計算しているが、同時にこの防御魔術の決定的な致命を把握している。術者が破られれば術は基本的に解ける。指揮権のある冬馬以外の学生たちが、守るために変化させた防御魔術に関しては学生をも含めて効果があるが、しかし冬馬だけは無防備な状態だった。冬馬がやられれば一瞬のうちに効果がなくなるというまではいかなくても威力が激減して圧倒今に破られるだろう。
 冬馬はそこまで思って李真はこの場に残すべきだったか――という後悔が過ったが、李真を手元に置いておかなかったのが最善であると思いなおす。実際、李真をこの場においておけば佳弥が怪我をおったのだから冬馬の作戦は最善であるかどうかは別としても失敗ではなかった。
 防御魔術が破られる前に決着をつける必要がある。故に、まだ――圧倒的に謎の集団の方が有利であった。
 教師たちは周囲に散って、治癒術が扱えるものは怪我人の手当て、戦闘に特化しているものは、戦闘を、どちらも不得意な物は、学生を避難させる。それは教師に限らず学生も同じであった。

「全く持って、なにがどうなっているんですかね」

 教師の中でも戦闘に特化しているフェルメはため息をつく。弓矢の残数が心もとない。いざとなれば輝印術や魔術で矢そのものを作り上げることは可能だが、それよりも矢に魔術を纏わせて威力を底上げする方が威力は高いし、魔力消費も少なくて済む。
 フェルメの顔すれすれを剣がすり抜ける。フェルメは無駄のない動きで回避しながら矢を放つ。寸分の狂いなく対象の顔面を射抜き、原型がわからないほどに弾き飛ばす。 脳味噌や眼球が飛びだし、グロテスクな場面を生み出し、それを目撃した学生は気持ち悪さに吐き出すが、フェルメは平然としている。

「全く、今日だけで一体私は何人殺す羽目になったのか」

 首謀者を探そうにも、現れる敵を殺してからでなければ移動が出来なかった。そうでなければ学生に被害が及ぶ。


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 謎の集団こと組織はアルシェンド王国に反旗を翻そうとする反乱軍であった。そのリーダーをクライセル・サラディトと言う。久遠――本名クゥエル・サラディトの父親だ。
 久遠は生まれた頃より、反乱軍のリーダーである父親の背中を見て育ってきた。父親にそれこそ呪詛のように、様々なことを教えられた。父親の願いを叶えるための道具として――忠実なる息子にして部下として育てられた。そこに意志という光はない。ただ、父親が望んだことを実行するための道具。だから、光はいらない。己が意志は不要な産物であった。
 父親の有能なる部下であった久遠は組織の中でも幹部と呼ばれる地位についている。そして、久遠が父親を裏切ったことはただの一度もない。父親を一番心酔していたのが久遠だったから、クライセルの命令を誰よりも忠実に実行したのが久遠だったから。
 敵の魔術師は想定外の反撃に、舌打ちをする。敵の魔術師も、久遠と同様に幹部の地位にいて且つ魔術の腕前では組織で一番だった。だから自分の魔術の腕前にも絶対的な自信を有している。それ故に、自分の実力をよく理解していた。故に、この防御魔術は破壊出来ない、と苛立ちと共に冷静な計算が導き出される。
 その結果、何をすべきかも魔術師は理解している。
 術そのものの破壊ではなく、術者を殺すこと、それによって防御魔術の基盤を崩し破壊する。実行しようと足を踏み出した時

「アーライセ」

 自分の行動を止める声がした。

「クゥエル、どうした?」

 近づいてきたのは久遠だ。本名で呼ばれるのが久方ぶりで久遠は違和感すら覚えそうだった。

「リーダーがお呼びです」
「成程、向かおう」

 同じ幹部である久遠の言葉だ。疑う余地もない。久遠の横を通り過ぎて先に進もうと背を向けた魔術師は驚愕する。ぬめり、と何かが滴る。違和感を覚えた先を――視線を下ろすと、腹から異物が映えていた。真っ赤に地濡れたナイフの先端。それが腹を突き破っているのだ。

「なっ……!」
「いつ寝首をかかれるか、なんて誰にもわからないでしょう」

 久遠はナイフを抜き取り、確実性を期すため再びナイフを刺した。魔術師はリーダーの忠実な部下だった久遠が何故自分を殺すのか理解する暇もなく絶命した。

「……全く、愚かな人だ」

 相変わらず冷淡な瞳が死体となった男を暫くの間眺めた。
 空虚だった心に、仲間の死体は響かない。久遠は目撃されたら面倒だとすぐに場所を移動する。魔術師を殺したナイフを地面に投げ捨てて――


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 太陽が沈み、月が照らしだした空間の中で、灯りをともしたのは学園内の建物を覆う防御魔術だった。
 冬馬は舌打ちする。防御魔術を維持し続けるためには、中心部であるこの場から一定範囲異常動くわけにはいかない。けれど――動かずにはいられない状況に陥っていた。冬馬の眼前にいるのは屋上の入り口から、この建物は侵入が出来ると侵入してきた二人の敵だった。数が二人だけだったのは幸いか。

「……流石に、このレベルの防御魔術を使いながら戦闘って難しいんだけど」

 冬馬が額に汗を流しながら呟いた時、屋上の扉が乱雑に開いた。新たな増援か? と冬馬の顔色が曇った時

「冬馬!」

 現れたのは幸運なことに――

「覇王、良かった」

 閖姫だった。その隣には奈月もいる。閖姫が鞘から抜かない刀を敵に向ける。

「冬馬に手を出さないでもらおうか。どうやら、冬馬が俺たちにとって要らしいな」

 魔術に造詣が深くない閖姫でも、この場に冬馬がいれば現在学園を守っている防御魔術を組み上げたのが冬馬だと言うことは理解出来る。
 冬馬が魔術を扱えたことに対して驚きはない。むしろ腑に落ちた。

「鞘から抜かないとは、私たちを舐めているのか?」
「刀を所持しているからって、それは人を殺すための武器ではない」
「ほざけ、武器は須らく人を殺すための道具だ」
「俺はそう思いたくないだけだ。だから俺は鞘から抜かない」

 人を殺す武器ではありたくない。閖姫は鞘から刀身を抜くことはせずに切り――否、殴りかかる。迎え撃つため、敵が人を殺す刀身をむき出しにして相対する。
 敵鞘と刃がぶつかり合う。実戦経験において劣勢な閖姫は、それでも恐怖することなく刃から攻撃を防ぐ。
 もう一人の敵が魔術を放とうとしたのを、奈月が妨害する。距離を詰めた奈月が、閖姫とは違いむき出しの刃で切りかかったのだ。敵は慌てて後退する。

「僕は――閖姫のように優しくなんてない」

 呟いた言葉は、幸いなことに激しい攻防を繰り出している閖姫の耳には届かない。

「だから、僕は――」

 敵は舌打ちをしながらメイスを取りだして振りかざす。

「っ――!」

 奈月は慌てて回避する。
 奈月の腕力では、頭上から振り下ろされたメイスをナイフで受け止めることが出来ないと判断したからだ。地面を抉ったメイスは、屋上にひびを入れる。

「……物騒だなぁ」

 奈月は距離をとってナイフを仕舞い、代わりに拳銃を取り出した。勿論実弾だ。
 奈月には相手を傷つけないため武器に制限を設けるという思考はない。手加減が出来るほどに――奈月は強くない。

「僕、銃の扱いよりナイフの方が得意なんだけどっ!」

 奈月が引き金を引く。発砲された銃弾が敵を貫こうとするが、敵は銃を出された時点で、防御魔術を発動していた。魔術を纏わないただの銃弾では、防御魔術を貫通することは叶わず銃弾は地面に転がる。

「ちっ!」

 奈月が連射する。六発立て続けに撃ったところで弾切れを起こしリロードする。防御魔術はそこそこに頑丈なようで、銃弾で破壊は出来なかった。

「武器がメイスの癖に魔術が得意なんて反則だっ」

 奈月の八つ当たりにも近い独り言は誰の耳にも届かない。


 閖姫は相手の素早い刀捌きに、徐々に後方に下がっていく。

「さっさと鞘を抜けばいいんだよ! そんな手加減みたいな真似をされて嬉しいわけねぇだろうが!」

 敵は苛立っていた。どれだけ猛攻を加えようとも、閖姫の反射神経が、刀捌きの技量が悉く攻撃を防ぐのだ。鞘で。刀身で防がれたのならばそこまでの苛立ちは覚えなかっただろうが、鞘でふさがれているのが苛立ちを募らせる。まるで、手加減をされているみたいで。本気になる必要なんてないと言われているみたいで無性に腹が立った。だが、鞘を抜けばいいと気迫で迫っても、閖姫が首を縦に振ることも鞘を抜くこともない。

「ちっ!」

 敵は舌打ちをする。閖姫は無表情のまま的確に捌き続けて、そして――敵が苛立ちのあまり攻撃が大ぶりになった隙を見逃さず、武器を弾き飛ばす。

「あ……」

 敵が驚いた瞬間、閖姫の鞘がみぞおちを強打する。こみ上げてきた吐き気を抑えることが出来ず、吐き出す。その苦しみを味わっている間に、閖姫は背後に周り鞘で後頭部を打撃した。死なない程度に加減を加えて。敵はそのまま地面に昏倒する。

「何度言われようと、俺は鞘を抜くことはないよ」

 奈月のことが心配になって、閖姫が奈月を振り返ると――奈月が銃を使うのを諦めて、メイスの攻撃を交わしながらナイフで打撃を与えようとしている所だった。


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