零の旋律 | ナノ

Defense magic


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 十夜は走っていた。途中で現れる敵を一心不乱に排除する――何も考えないような闇雲な攻撃だが、それでも通じたのは十夜が覇王に次ぐ実力者であったからに他ならない。
 目指す先は――目的地は到着したい場所は久遠だった。
 久遠が何故裏切ったのか、久遠が何故自分に矢を放ったのかが理解出来なくて叫びたい衝動をひたすら走ることで抑える。


 数分前の出来ごとだ。久遠は敵と一緒に歩いていた。発見した十夜は久遠が敵に捕えられたのではないかと焦燥し助け出そうとした。けれど久遠の弓矢が行く手を阻んだ。 十夜を狙って放たれた矢――十夜は驚愕しながらも咄嗟の判断で矢をたたき割る。たたき割れたのは反射的。そして――息をのんだ。思考が停止して言葉をかけることが出来なかった。
 久遠の瞳が酷く冷めていたのだ。どうして、とといかける言葉すら見せないほどに冷えていた。光を宿さない目を十夜は知らない。そんな久遠を知らなかった。
 茫然自失している間に久遠は敵と共に姿を眩ませた。
 我に返った時、十夜は仲間の存在を忘れて駈け出していた。久遠を再び見つけ出したい、視界は最早久遠にしか向けられていなかった。


 時は戻り、十夜は走り続ける。久遠を見つける時まで歩む脚は止まらない。

「くそっ一体どうなっているんだよ!」
 ――俺は、あんな久遠を知らない。だって、俺の知っている久遠は何時だって文句をいいながらも俺に付き合ってくれた。一緒にいてくれた。
 ――誰も俺と“一緒にいたくない”と思われていた時期だって、久遠は俺に手をさし伸ばしてくれた。
 ――久遠は俺の友人だ。大切な友達だ、けれど、そう思っていたのは俺だけなのか?

 強がろうとしても心の中に溢れてくるは悲しみと不安。久遠のことをわかったつもりでいて、何一つとして自分は久遠をわかっていなかったのではないか、そう思うと涙がこぼれそうになる。

「違う、何か分けが、理由があるんだよな。久遠」

 それは十夜の願望。



 久遠の誤算は、組織の人間と行動を共にしている時に十夜の前に姿を運悪く晒してしまったことだ。
 久遠を見つける十夜の瞳は“こんな久遠知らない”と驚愕していた。
 だから、久遠は十夜目掛けて矢を放った。十夜は驚愕しながらも類まれなる反射神経で自分が放った矢を悉くたたき割った。殺意はなくても傷つける意志はあった攻撃を見事に十夜は回避した。
 自分がするべきことは、十夜や学生を相手にするものではないと都合の言いように心を騙してから姿を眩ました。十夜から姿を見せないようにしながら動向を伺うと、一心不乱に自分を探している姿を発見していたたまれない気持ちに久遠はなる。

「どうした?」
「いや、何でもない。さっさと、目的を達成しよう」

 だが、それがどうしたというのだ。久遠は相変わらず光が宿らない瞳で動く。
 目的を達成するために、そのために今日この場に久遠は立っている。



+++
 閖姫たちのグループも既にバラバラになっていた――というより既にグループとして機能している班は既になかった。学生の悲鳴が聞こえる度に助けにいっているが、いかんせん不利な状況は覆せない。仲間の死に動揺しながらも、嘆き悲しむのは後だと感情を心の奥底に追いやる。

「はぁ、はぁ」

 覇王と呼ばれ学園内最強と謳われようとも体力が無限にあるわけではない。疲れもするに呼吸も荒くなる。
 怪我らしい怪我はまだ追っていないが、それも時間の問題だろう。他の仲間は大丈夫なのだろうかと脳裏に浮かぶが、大丈夫だ、と頭を振り被る。すると、見なれた姿が目に入った。

「奈月!」

 閖姫が声をかけると、物陰に隠れながら移動していた奈月は突如呼ばれて肩をビクンと揺らしたがそれが見知った声だと気がつくと、安堵した表情で奈月は閖姫の元まで走る。

「閖姫! 良かった。閖姫無事だったんだね!」

 怪我らしい怪我をしていなくて、奈月はさらに安心する。

「あぁ、俺は無事だ。所で冬馬や久遠は?」
「冬馬は無事だよ。やることがあるって一人で。久遠は……」
「まさかっ」

 最悪の結果が脳裏をかすめるが、奈月が頭を横に振る。しかし、いい意味ではない次点で結局は最悪の結果と大差ない衝撃だったのかもしれない。

「違うよ。久遠は……久遠は裏切った」

 状況が確定していない現状ではあるが嘘をつく必要はない――と奈月は判断した。

「え……どういうことだ? んなわけ」

 ない、と言いきりたかったが奈月が嘘をつく道理はない。

「何か理由があるんじゃないのか」

 久遠に限って裏切ることはない、という表情の閖姫の信頼が、奈月には少し妬ましかった。久遠が羨ましかった。
 ――久遠は信じてもらえているんだね。

「……わからない。けど、そうだね。久遠が裏切るなんて思えないもんね。何か理由があるに違いないよ」

 奈月は久遠を羨ましいと妬みながらも、本心とは違う言葉が口を衝いて出ていた。

「だよな。……久遠を探そう」
「閖姫が言うならいいよ」

 ――そう、閖姫が願うなら僕は閖姫と一緒にいるだけだよ。久遠が、裏切って閖姫を傷つけるというのならば、僕が久遠を殺すだけ。
 酷く覚めた冷淡な瞳は一瞬で霧散し、久遠を心配する表情を奈月は作り上げる。嘘をつくこと、嘘で表情を塗り固めることなど、奈月には朝飯前だった。

「じゃあ行こうか」
「うん」


+++
 何が原因で、アルシェイル学園が襲われているのかを明確に理解しているのは襲っている側だけだ。
 学生はなにが起きたのかわからず恐怖しながらも起死回生を願う。
 佳弥は息を荒くしながらも休息を取らず、冬馬が希望する魔術を得意とする学生を集める――学生全てを把握しているわけではないが、魔術の授業において優秀な生徒は自然と目につくが故に記憶に蓄積されていた。後は、この場において魔術を主として扱っており且つ実力があると佳弥が判断した学生に声をかける。冬馬に頼まれた配置につくよう指示をし、詠唱の呪文を伝える。
 学生は恐怖しながらも全員力強く頷き同意してくれた。

「冬馬、私のやることは終わったよ。後は――冬馬がやるだけだ」

 配置が終わった合図を佳弥は輝印術を用いて屋上にいる冬馬まで伝える。佳弥の周囲から溢れる視認出来るようになった輝粒子が幻想的に舞う。

「サンキュ、佳弥」

 屋上で冬馬は確認すると術を詠唱し始める。生み出すは防御魔術による学園の建物を死守すること。

「――堅牢なる守りを作り上げよ。絶え間なき激動が訪れようとしても、尚も死守をせし、守りとなれ!」

 冬馬の詠唱と共に、学園全体を覆うような陣が空中に描きだされる。
 それは、太陽の光が沈み、夜を生み出した学園における満月のようだ。
 冬馬の魔術発動を合図に、配置についた魔術師たちが続けざまに冬馬が口にした詠唱と同じ詠唱をする。学生たちの周囲に浮かぶ無数の陣が陣を線と線で結び、巨大な魔法陣を生み出し、上空に浮かぶ魔法陣と地面に浮かぶ魔法陣が繋ぎ合わさり堅牢なる防御陣が完成する。

「……成功したな」

 冬馬は一息つける状況ではないが、それでも一息ついた。
 これで建物に攻撃が加えられることはないし、建物内部に侵入することは何人たりとも叶わない。内部にいた人間は全て強制的に外で出される――但し、限定的に冬馬がいる建物と保健室がある建物はその指定範囲から外した。自身が強制的に出されるのを防ぐ目的と、治療用品がある場所は出入りを禁じるわけにはいかないからだ。
敵も味方も問わない術だが、冬馬には考えがあった。

「さぁ、次から次へと行くぞ」

 冬馬は普段あまり扱わない輝印術を用いて佳弥に合図を出す。付き合いの長い佳弥はそれだけで冬馬がなにをしたいのかを明確にくみ取る。

「一か所に集まれ!」

 佳弥が叫ぶ。味方や敵を問わず騒音に負けないような澄んだ叫びは近くにいた者たちの耳に届いた。

「一か所に集まれ、もしくは複数人で集まって固まれ! 僕の声を聞いたものは他のものに伝達しろ!」

 声がこだまして波紋のように広がっていく。

「さらに、防御魔術を使った仲間は、防御魔術を変形させて一か所に集まった仲間たちへ防御魔術を生み出せ!」

 佳弥の指示が広がり、学生たちは頷く。

「大本の心配は不要だ、大本を原点とし細部の調整を君たちがやるんだ! 現在地点に留まっている必要はない!」

 建物だけに発動した防御魔術の形を変形させることによって、その防御魔術の守りを固まっている仲間たちにまで適応させるのだ。一度発動した防御魔術の制御は冬馬が指揮権を持っているため行えるが、微妙な調節――形を変形させて集まった仲間たちの強固な防御陣にするような調整は難しかった。だからこそ、仲間が必要だった――地上で守る防御壁を扱える魔術師が。

「させるか!」

 状況に気がついた敵の魔術師が、陣の配置についている学生を攻撃しようとするが

「させないよ!」

 佳弥が華麗なる体術で魔術発動の隙を与えまいと連撃する。流れるような足技を魔術師は防御魔術で捌く。攻撃に転じるがしなやかな動作で佳弥は交わす。その間に、冬馬を先導とした防御魔術が形を変え、守るべき対象を守護し始める。

「邪魔だ!」

 魔術師は簡易な攻撃魔術を生み出す。一つ一つの攻撃は弱いが複雑な術詠唱を必要としないために連撃が容易に可能だった。

「しまった……!」

 弱いとは言え、下手に攻撃を受けるべきではないと交わし続けていたが、徐々に交わせる範囲が潰されていく。魔術を喰らうのを覚悟した佳弥の身体が突如宙に舞う。上空へ引っ張られたことによって魔術攻撃を回避出来た。宙に舞えば重力に従って落下するだけだが、佳弥の身体は蜘蛛の巣に捕えられたかの如く空中で止まっていた。

「大丈夫ですか?」

 佳弥の身体は蜘蛛の巣ではなく、李真の手によって受け止められていた――その李真は張り巡らせた糸の上に立っているので、傍目からみれば空中を浮いているように見えるだろう。

「李真! 助かったよってこれは」

 糸で浮いているとは知らない佳弥が問うが

「今はそんなことどうでもいいでしょう」

 流されてしまった。佳弥を受け止める体勢を変え、お姫様だっこをしたまま地面に安全な着地をする。
 宙に浮いていた李真の行動は魔術によるものだと敵の魔術師は判断する。地面へ着地したところを狙って炎の魔術で焼き殺そうとするが、李真は佳弥をお姫様だっこしたままの形で素早く動き交わす。

「李真、僕を下ろしてくれないか」
「貴方が死んだら冬馬が困るでしょ」
「僕は守ってもらうほどに弱くはないよ」
「それくらいは知っていますよ、けれどとりあえず大人しくしていてください、大丈夫になったら下ろしますから」

 李真は佳弥をお姫様だっこしたまま、敵の猛攻を交わす。素早い動きで翻弄する李真に、魔術師の攻撃は中々当たらない。李真からすればその攻撃は歩いているかのように鈍足に映る。だからこそ余裕で交わせた。

「ちっ!」

 魔術師は舌打ちをする。魔術に関しては絶対の自信を持っている魔術師だが、体術やそれに関する方面は不得意だった。だから素早く動く李真に対して中々攻撃が当たらない。
 そうこうしている間に、防御魔術はどんどん完成していき固まっている学生たちを安全な空間へといざなっている。
 魔術師は、これ以上アイスグリーンの髪が独特に跳ねている少年と戦っていても意味がないと判断して魔術で目くらましをして撤退した。

「逃げましたか」

 追うかどうか悩んだが、李真は追っても意味がないと判断する。お姫様だっこしていた佳弥を地面に下ろした。

「僕がお姫様だっこされたのは初めてだよ」
「したことはあるんですね」
「一度や二度はあるよ」
「王子様の名前は本当に伊達ではありませんね」

 李真は苦笑する。魔術師と対戦したにしては呼吸の乱れもなく、佳弥は凄いなぁと素直に感心した。


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