Beeling 冬馬は争いの中を走り抜けていく。その中で敵を殴り倒している見知った顔――佳弥を発見する。 「佳弥!」 「冬馬、どうしたんだい」 華麗なるかかと落としが決まり相手が昏倒する。 「お前こそ、十夜はどうした」 「途中ではぐれてしまったよ。というか……まぁあの状況では一緒にいられるわけもなかったけれど」 「なにが起きたんだ?」 佳弥がはぐれたわけではなく十夜がはぐれる――その事実に至る可能性を思い立ち、推測が間違っていることを願ったが、佳弥の言葉はすぐにその期待を打ち砕く。 「久遠が、裏切ったよ」 「っ……」 「その表情、知っていたんだね。まぁ久遠と冬馬は同じグループとして行動していたから知っているとは思ったけど、奈月は無事なのかい?」 「あぁ、奈月は無事だ。佳弥、確実に久遠は裏切ったのか?」 「残念ながらね。敵と一緒に行動をしていたし、こちらに矢を向けてきたよ」 佳弥が指差した先には半分に折られた矢が数本転がっている。 「矢は全て十夜がたたき折ったからこちらに被害はないけれど、そのあと十夜が後先考えずに一人で先走った。僕たちも追いかけたい所だけれど、それは無理だったね。敵がいたから」 佳弥の周りには十夜と同じグループだった学生が愕然としながらも、懸命に敵と戦っている。 「そうか。久遠のことはとりあえず後回しでいく。佳弥、手伝ってほしいことがある。さっきから学園に攻撃している魔術師を何とかしたい」 「わかったよ、けれどどうするんだい?」 「魔術が得意な学生を集めて、俺が指示する位置に移動させてくれ」 冬馬は魔術の攻撃で倒れた大木から枝を一本降り、地面に校舎の見取り図を簡易に描く。さらにそこから円を描き、円沿いに学生を配置する場所を丸していく。既に冬馬が指示した学生を配置した場所には黒丸で丸を塗りつぶす。さらに、円を狭めた所に六茫性を描けるように学生を配置する。 「こういう形にしたい。これで学園に防御魔術を発動する」 「中心部は?」 術を発動する主に関しての指示がない。魔術における魔力の流れを利用して、指示者が細かい命令式を組み込んでいくことは佳弥にも理解出来たが、その指示者が示されていない。 「俺がやる」 「魔術師だとばれても構わないのかい?」 佳弥の言葉に冬馬は頷く。 「構わないよ。このまま全員が死ぬのと、俺が魔術師であることが知られることならそもそも天平に欠けるまでもないだろうどちらを選ぶか、なんて」 「そういう決断が下せる君で良かったよ。よし、わかった、じゃあ私は学生を誘導しよう」 「頼んだ。もしかしたら得意な学生で埋められないかもしれない。その場合は教員を使ってもいい」 「足りなければ私も手伝おう」 「サンキュ。出来れば佳弥より上手な魔術師が希望だけどな、背に腹は代えられん」 「酷いな、まぁ私はお兄様みたく術関連が得意なわけではないけれどね、でも冬馬の足手まといにはならない程度には魔術も扱えるよ」 「知っているよそれくらい」 佳弥が拳を差し出してきたので、冬馬は拳と拳をぶつける。 「じゃあ、頼んだ。俺は屋上へ移動する」 「了解だよ」 佳弥と冬馬は同時に反対方向へ駆けだした―― 駈け出しものの冬馬は中々屋上へたどり着けなかった。眼前に魔術師がいたからだ。 「奏でろ、灼熱の竜たらんがもたらした、熱の宴」 魔術師の足元に赤の魔法陣が浮かび上がると同時に、地面から火柱が迸る。 「粗ぶりし業火を鎮火せよ」 火柱を魔術で鎮火する。 「ほお、学生が此処まで魔術を操れるとは」 魔術師が感心する。冬馬は舌打ちをした。 「ふざけんな、邪魔だ! どけよ!」 冬馬が火の魔術を放つ。火の球が無数にわき上がり、それらが一斉に爆発する。だが、それを魔術師は防御魔術で防ぐ。爆発が爆発を生み出し砂塵が巻きあがる。視界が曇る。魔術師は風を操り砂塵を沈めると、そこには冬馬の姿がない。 「何処へ? まさかにげやがっ」 言葉はそこで途切れる。背後から魔術師の生み出した防御魔術を無効化した棒が頭上を直撃したからだ。 「ったく邪魔をするなよ」 冬馬は悪態をつく。自分の到着が遅くなればなるほどに、配置した学生が危険に晒され続ける。何より術を発動する時間が遅くなると言うことはそれだけ危険を回避する割合が減るということだ。 冬馬の視界にふとアイスグリーンが空中から落下するのが映る。地面に着地する瞬間、重力に逆らったかのように一瞬だけ空中で停止してから着地する姿は曲芸のようだ。 「李真、どうした」 アイスグリーンの正体は李真の髪だ。 「冬馬が何処にいるのかと思いまして、探していたんですよ」 空中から落下してきた、ということは何処かから飛び降りたということだろう。まさか屋上から――と一瞬顔をしかめたが、李真であればそのくらいの芸当余裕で出来るかと自己完結する。 「そっか。李真も無事で何より」 「私が怪我をするわけないじゃないですか」 「際ですか。まぁいい、俺はこれから屋上へ走る。李真は……」 「わかりました、では私が冬馬を屋上まで運びますよ、その方が早い」 そう言って李真は冬馬を担いだ 「はっ」 思わず呆然とする冬馬を無視して、李真は糸が張り巡らせてある上に足をかける。強度のある糸は体重を乗せた所でたるむこともないし、きれることもない。 「ちょ、待て! まさか李真!?」 「勿論このまま上がりますよ」 冬馬の眼力では空中には何も見えないが、実際は李真の糸が無数に張り巡らされている。李真はまるで階段を踏むように空中を飛んでいく。 「ちょっまっ待て、待ってくれ!」 障害物に阻まれることもなく、考えうる最短距離で冬馬は屋上へ到着した。冬馬の悲鳴はむろん無視された形だ。 「さ、さ、さ、サンキュ。でもちょっといやかなり心臓に悪いんだけど……」 「降りる時も運んであげますよ」 「それ、もっと心臓に悪いわ。心拍停止したらどうするんだよ」 「あの程度で心拍停止するわけないでしょ。それにしても屋上にきて一体何をするつもりなんですか?」 「……そんなもん、魔術を使うに決まっているだろ」 「いいんですか? 魔術師であることは隠しておきたいのでしょう」 「いいんだよ。俺が魔術を使うことで誰かを助けられると言うのならば、俺は魔術を使うべきだ」 「まぁ、冬馬の意見に口出しをするつもりはありませんよ。冬馬が無事であるのならば私が口を挟む問題でもありませんし」 「なら、李真は別のところで行動してもらっていいか?」 「折角冬馬と合流出来たのにまた離れるんですか?」 李真は視線をやや細めるが、その程度で怯む冬馬ではない。 「そうだ。終わった後に合流したって、問題はないだろ?」 「……冬馬がそういうのでしたら、私は冬馬に従いますよ」 「なら、俺に従ってくれ」 「わかりました」 李真が流れるような動作で礼をして見せると、そのまま屋上から飛び降りた。 「俺なら糸があるからっていっても屋上から飛び降りたくないわ」 迷いのない動作はしかし一見すると飛び降り自殺にしか見えない。屋上と地上までの高さを考えて冬馬は身震いをする。リアルな数字を出すと余計に怖いので、数字までは計算しないようこの建物が高さ何メートルであるかは一時的に忘却することにした。 「さて……始めるか」 何時までも李真が去った後を眺めては意味がない。最短距離で来られた時間を有効活用するべきだ。魔術師として、魔術を発動するために冬馬は精神を統一する。 本来ならば、複数人による共同魔術ではなく、一人で出来ればよかったのだが冬馬は防御魔術に関してはそこまで得意ではなかった。冬馬が得意とする魔術は基本的に攻撃魔術、中でも火に関する魔術が得意だった。だから、より強固な防御魔術を形成するためには、一人でやるよりも複数人で共同して魔術を形成した方がいいと判断した。 精神を統一し陣を脳内で描いていく。点と点を結ぶ。まだ――学生は全て揃っている感覚は訪れない。 [*前] | [次#] TOP |