零の旋律 | ナノ

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 久遠が冬馬と奈月を捕縛魔術で捉えた理由は簡単だった。二人の特性が邪魔だったからだ。展開術式を得意とする奈月に予め仕掛けていた罠を分析されては困る。
 魔術知識に関して自分をも上回る冬馬。一目で捕縛魔術の仕掛けが施されていることを見抜いた知識は恐れ入る。その知識量に合わせて冬馬は魔術が扱えるのではないかと、疑っていた。万が一、何かの理由で魔術師であることを隠してあるのならば、魔術師としても腕前は自分をも上回るし下手な教員よりも魔術に秀でているだろう。その推測は当たらないにこしたことはないが、念には念を入れる。
 とはいえ、その推測があたっていた場合、あの魔術程度ならば冬馬は簡単に突破するだろうことも想像がつく。それでも時間稼ぎにはなる。

 久遠が向かった先は実技授業で主に扱われる体育館だった。灯されていない空間は薄暗い。光を拒むかのようだ。薄暗い中に人影が一つ。薄暗くて顔はよく見えないが久遠はその人物が誰であるかを知っている――見間違うはずもなかった。

「お久しぶりです、父さん」

 久遠が軽くお辞儀をする態度は、父親というよりも上司にするものに近かった。

「久しぶりだな。朗報、流石だ」
「……えぇ。学園に何かあるとは思っていましたが、まさかロストテクノロジーを隠しているとは思いませんでしたよ」

 その瞳に光はない。淡々とした声は感情を覆い隠している。

「ロストテクノロジーを奪えば、私たちの目的達成に近づく。さぁ、この学園を滅ぼしてから悠々と頂くぞ」
「はい」
「それにしても優秀な息子で私は誉れ高いよ」
「俺こそ、父さんのお役に立てて嬉しいですよ」

 息子や父さんそう呼び合ってはいるものの傍から見ればそれは親子とは思えない会話だっただろう。けれど久遠にとってはそれが日常であり当たり前だった、そう――アルシェイル学園に父親が設立した組織の一員として送り込まれる前までの。
 久遠の目的はアルシェイル学園に眠る秘密を見つけ出し、それが組織にとって有利な物であると判断した場合、それを奪うことだった。
 だから十夜が発見した地下室にロストテクノロジーが眠っていた時、魔術で伝書鳩を生み出して秘密裏に学園の外で朗報を待つリーダー<父親>の元へ届けたのだ。
 そして今日、組織はロストテクノロジーを強奪するため、全勢力を上げてアルシェイル学園を強襲したのだ。

「ほら、そんな学生服を着ていないで、こっちを着ろよ」

 投げ渡されたのは組織がトレードマークとして着ている服だった。

「えぇ」

 久遠はそれを学生服の上から羽織る。

「なんだ、それは脱がないのか?」
「えぇ。状況によっては学生の振りをしていた方が有利にことが運べますからね。すぐに着脱出来る方が便利です」
「あぁ、それもそうだな」
「羽織るだけでしたら、すぐに学生に成り変われますからね」
「よし、じゃあ久遠。また後で合流しよう」

 父親と久遠の距離は遠い。入口に立つ久遠と体育館中央に立つ父親。それが二人の距離だった。久遠はそれ以上近づこうとはしないし父親が久遠の前に立ってご苦労だったと労い頭を撫でることもない。

「はい、それでは後ほど」

 踵を返して久遠はその場を後にする。冷淡な瞳は、アルシェイル学園で過ごした日常に見せた瞳とは百八十度違い、その瞳だけを見たものは、久遠と同一人物だとは思えないだろう。
 それほどまでに、久遠の瞳は別物だった。


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「……奈月、一人で動けるか」

 冬馬は状況を冷静に判断して、告げた。

「どうして?」

 奈月が首を傾げて問う。この場で別れる理由が理解出来なかった。

「……俺は是から魔術が得意な生徒を使って、大規模な防御魔術を組み立てる」

 周囲を冬馬が眺め出したのでそれにつられて奈月も眺める。倒れて動かない学生、腕から血を滴らせている学生を必死に庇おうとしている教師、刃と刃が響き合う音、魔術と魔術が交差して被害を生み出す音、そのどれもが――アルシェイル学園が不利な状況であることを悟らせる。
 敵側に強力な魔術師がいるのか、先刻から膨大な魔力の流れを冬馬は感じ取っていた。

「……形成が不利だから?」
「あぁ。学校を攻撃している魔術師がいる。まずはそいつの魔術攻撃を防ぐことが先決だろ」
「まぁ僕は魔術師じゃないから、一緒に行動していても意味ないけど……」

 だから冬馬は奈月に一人で動けるかと告げた。
 奈月には奈月に出来ること<展開術式>があるから。けれど、奈月はすぐに頷けなかった。
 敵が何時襲ってくるか不明な状況下で動ける程の勇気は奈月にない。今だって冬馬が一緒だから動けるようなものだ。本当なら机の下にもぐって隠れていたい。
敵に見つかった場合を考えると足がすくむ。だが、冬馬は奈月のそんな心境には気がつけない。
 何故ならば、表面上奈月は平然としていたのだ。だから、冬馬は奈月が一人で動けると思ってしまった。

「駄目か?」
「……わかった」
「それじゃ、気をつけろよ」

 冬馬は奈月の言葉表面上通りに受け取り動き出す。
 奈月は本当の心境を奈月が悟らせないようにしているからこそ、気がつくことが出来ない。奈月は冬馬の背中姿を暫くの間見つめる。徐々に冬馬の姿が視界から消えていくと、腕が震えるのを実感する。

「僕が一人いたって……なにも出来なんかしないよ」

 その呟きは爆音にかき消されて、誰も耳にすることはなかった。


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 李真のグループは既にグループとして機能していなかった。生徒を助けるため、教師の手伝いをするため、各々の理由で別れて、李真は一人だった。

「さて……どうしますか」

 周囲には捉えた敵が転がっている。全員気絶させたから、目を覚ますのはしばらく先だ。目が覚めた所で、捉えた糸から容易には逃れられないだろう。

「……まずは冬馬と合流すべきですね、冬馬が危ないことをするとは思っていませんけれど、万が一がないとは言い切れませんし」

 李真は冬馬が何処にいるか、見渡して探すが冬馬のいる場所は特定出来ない。

「仕方ありませんね」

 李真は周囲に張り巡らせた糸を伝って、地上から屋上まで移動する。
 眺めの言い屋上から冬馬を発見しようと視界を地上へ移すと程なくして冬馬を発見出来た。
 
「何をしているんですかね?」

 李真は首を傾げる。冬馬は走っては一部の生徒に――それも目星をつけているようだ――何かを告げて共に移動する。移動したと思えば、生徒一人を残して冬馬は別の生徒の所まで走る。

「――何かの位置?」

 冬馬が何を仕出かそうとしているのか、李真には理解出来ない。
 冬馬が魔術師であることを李真は知っているが、まさか冬馬が魔術師であることを明かそうとしている――とまでは思わなかった。


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