零の旋律 | ナノ

Traitor


 李真は真っ先に、防御魔術で学生を守り続けている教師を発見した。殆ど面識のない教員だが、記憶を手繰り寄せれば、確か魔術を教えている教師の一人だなと合致する。

「行きますよ」

 李真が走り出すと列と列の間に隙間が出来る。何故ならば、アルシェイル学園における素早さに関し李真の右に出るものはいない。素早さでは閖姫や十夜ですら追いつけないのだ。
 防御魔術で必死に守っている教師だが、途切れることのない攻撃に、防御が破壊されかかる。眼前の相手に集中している敵の背後に周り、不可視に限りなく近い糸を舞わせ相手を締め上げる。魔術が得意な生徒が、詠唱したそれが糸の上からさらなる重しとなり、敵の身動きを取れなくする。
 一対一の状況だったのか、他に敵の影はない。

「大丈夫ですか」

 李真が声をかけると、教師は防御魔術を解く。ずっと耐え続けていたのだろうその表情から疲弊が隠せない。

「……貴方と貴方はこの場で、教師と一緒にいて、他の方々は私と一緒に他を探しましょう」

 魔術を詠唱した生徒と、武術が得意な生徒に対して李真は教師と一緒にいるよう指示を出す。その方が効率的だと判断し生徒は反対しない。
 教師の魔力は万全の状態から程遠い。今度襲われれば残りの魔力で凌ぎきれるかが危うい。
 かといって、全員でこの場に留まり続ける必要性も感じられなかった。

「わかった。じゃあ他は頼んだ李真」
「えぇ……そちらもお気をつけて」
「お前らもな」

 簡単に言葉を交わしてから李真たちは移動する。李真のグループ残り四人。


 十夜のグループ五人は、全員で発見した敵を倒しにかかっていた。五対二で数の上では有利。
 しかし、人を殺すことに対して躊躇しない瞳に、生徒二人が足をすくませる。
 相手の持つ刃は本物だ。普段模擬戦で扱う切れない刃とはわけが違う。失敗すれば、切り傷を追い血が滴り――命を奪われる。

「おい! 怖がんな! 怖いのはわかるけどよ、怖がっていたって死ぬだけだ! 戦え!」

 十夜の叱責に生徒は足の震えをおさめようとするが、収まらない。足だけでなく全身に震えが広がる。

「ちっ! まぁ……でも、俺だって――怖いけどな」

 怖くても、それでも戦うしかない。
 臆病風に吹かれて、何処かで隠れて安全にやり過ごそうとした結果、学園が滅びたらどうする。仲間が死んだらどうする、その時に味わうかもしれない絶望的な後悔、それを考えるくらいだったら、恐怖を押し殺して人間を戦った方がずっと――怖いけれど後悔しない。後でこうしておけばよかったと後悔するのは御免だった。だから、十夜は怖くても恐ろしくても勇気を振り絞って槍を振るう。

「十夜に続こう」

 生徒が十夜に続いて剣を振るう。一瞬でも気を抜けば死ぬかもしれない場面で恐怖は拭えない。相手迫力にくじけそうになるが、それでも一心不乱に振り続けた。

「さがれ! ――鮮烈なる焔、混じれ!」

 魔術を得意とする生徒が詠唱をする。空間に焔が生まれ、それが唸り竜の如く敵へ襲いかかる。
 敵は竜の口に喰われたが、炎は加減してある。火傷はおっても死ぬことはないだろう。
 竜が消えた段階で敵は生きてはいたが、これ以上の戦闘は治癒術師による治療がない限り不可能だと判断する。十夜が相手にしていた敵も倒れる。

「あ――僕の出番はなかったね」

 佳弥がボソリと呟いた。恐怖で足がすくんだわけではないが、佳弥が動くよりも十夜たちの方が素早かった。



 閖姫のグループも十夜と同様、敵を倒していた。人数が多い敵を発見したら戦わず、敵の数が減るまで待機してから奇襲をかける。五人で動いている以上、それ以上の人数と出会った場合は戦わないと決めていた。此方は優秀と謳われる学生であっても、あくまで学生。
 実戦経験を積んだ人間とまともにやり合って勝ち続けられる保証はないし、痛みに強いわけでもない。武器に関しても、全員が全員武器を鞘から抜けないでいた。
 刃で相手を傷つけて殺してしまうかもしれない、その恐怖が常に付きまとうから――。



 冬馬、久遠、奈月は先刻冬馬が気付いた魔術の仕掛けを破壊しようとしていた。万が一他の生徒や教師が魔術の仕掛けに引っ掛かったら困る。それを破壊するための人員だ。

「…………」
「どうした、久遠」

 魔術の仕掛けを黙って眺める久遠に冬馬が声をかける。

「……いや、何でもないよ」

 何でもは――なかった。久遠が魔術の仕掛けを発動した。

「はっ!?」

 冬馬は咄嗟のことで反応が出来なかった。反応出来るはずもなかった。
 発動した魔術で捕らわれたのは奈月と冬馬だけだった。久遠は仕掛けの外にいた。仕掛けに捕らわれなかった理由は簡単だ――発動の詠唱を知っていたことに他ならない。それは即ち仕掛けを施したのが久遠だと証明している。

「久遠! どういうことだ!」

 相手を殺傷する効力はない。この魔術仕掛けは相手の身動きを取れなくするための術だ。

「……悪いな。それじゃ」

 久遠はなにも答えず、その場を走り去った。

「一体どういうこと?」

 奈月が冬馬に問いかける。冬馬は唇を噛みしめながらこの場における一番確率の高い答えを出す。

「久遠が、襲ってきた連中の知り合い、か一味。もしくは、手引きした主犯ってことだろ」

 悲しげに答える冬馬に

「じゃあ、久遠は裏切ったってこと?」

 奈月は冷めた瞳で問う。

「……そうなるな」

 このことを誰かに伝えなければ、けれど伝えてどうする。冬馬の思考は廻る。
 久遠が自分たちを捉えたことに関して、冬馬が導き出した結論とは違う目的があり、それが自分たちを救うための手段だったとしたら下手に久遠のことを伝えて混乱を招きいれたらどうする。けれど、それならば理由を説明してくれてもいいのではないか、理由を説明出来ないわけがあったのか、廻り廻るが適切な答えが浮かばない。
 久遠が何者であるか冬馬は知らない。だから久遠が何故このような行動に移ったか知る由もない。
 事実なのは、どのような理由はわけがあろうと、久遠が冬馬と奈月を魔術の仕掛けないに閉じ込めたことだ。

「で、これは出られるの?」

 奈月の言葉で冬馬は、久遠のことを考えるよりも先にこの場から出るのが先決だと判断する。思考はその後いくらでもすればいい。理由はいくらでも探せばいい。けれど、此処から出られない限り、自分たちはなにもすることが出来ないのだ。

「僕が何とかしてもいいけど、多少時間がかかるよ」
「……いいや、それはしなくていい」

 奈月の案が一見すると最適に見えるが、それ以上の最良を冬馬は知っている。

「どうするの?」
「…………」

 冬馬は魔術師だ。魔術を使えばこの場を簡単に脱出出来る。
 けれど、冬馬は魔術師であることを頑なに隠していた。魔術を使うと言うことは、魔術師であることを露呈させることだ。
 ――どうする。魔術を使った程度で、俺の素性が露見するとは思わないが、それでも俺は万が一の可能性を潰すために魔術師であることを今まで隠し続けてきた。
 ――けど、奈月の展開術式に任せて俺は高みの見物をするのか。もしもこの先――今以上のピンチが訪れて俺が魔術を使った場合どうなる
 ――俺はその時、どうする。
 冬馬は結論を導き出した。

「いいや、奈月がする必要はない」

 導き出した結論は、魔術を使うこと――魔術師であることを認めること。
 捕縛魔術が発動している中心点は冬馬にかかれば手に取るようにわかる。歩み掌を翳すと一瞬で破壊される。

「……魔術」

 魔術に疎い奈月でもわかる。冬馬が一瞬で破壊したそれは紛れもない魔術だ。それも刹那で捕縛魔術を破壊出来るとなればその腕前は並大抵ではない。
 
「悪いな、奈月。俺実は魔術が使えるんだ、というか魔術師だ」
「あっそ。別に隠しておきたいことの一つや二つは誰にだってあるでしょ」

 あっそ、で済ます奈月に冬馬は微笑する。

「有難う」
「お礼を言われる筋合いのことはしていないよ。それにさ、魔術の知識が豊富な冬馬が、実は魔術を使えるんじゃないかって疑惑は誰だって持っていると思うよ。だから実は魔術が使えましたっていったところで、誰も驚きはしないでしょ。納得はしても」
「そういうもんかな」
「そういうもんでしょ」
「そっか。よし、奈月、とりあえず久遠を追うぞ。どんな理由かどんなわけでそうしたのか俺たちは知らない。ならば、久遠を見つけるしかない、そして直接聞く」
「……わかったよ」

 冬馬と奈月は動き出す。久遠が裏切った理由を知るために。


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