零の旋律 | ナノ

Lost technology


 月が変わり皐月の上旬
 面白い物がないかと十夜は学園内を探索していた時だ、普段は特に発見出来ずにその日は断念することが多かったが今日は違った。
 恐らくは地下に続くだろう通路を発見した。十夜は魔術に関して造詣が深くないが、壁に描かれた紋様は魔術的な仕組みであり解除すれば地下に続くだろうと直感が働いた。
 アルシェイル学園は“学園”であるのにも関わらず牢屋があるくらいだから、地下室があったところで不思議ではない。
 冒険心に火がついた十夜は、魔術に一番造詣が深い冬馬は当然のこととして、仲の良い面子全員を夜中に呼びだした。

「で、何だよ」

 詳細を説明されることもなく、面白いものを見つけたからこいと呼びだされただけの冬馬が問うと、十夜の指先が真っ直ぐに伸びてある一点を示した。
 視線の先には幾何学文様が描かれていた。魔術に造詣が深い冬馬は、一目で魔術式が複雑にくみこまれた物だと理解した。

「何これ、壁の模様?」

 奈月が首を傾げる。

「いいや、違うよ。これは魔術」

 冬馬に次いで魔術が得意な久遠が答える。久遠もまた幾何学文様が偽装されたものだと見抜いた。

「こんなもんよくみつけたな」

 冬馬は感心する。
 魔術造型が深い自分や、久遠ならまだしも魔術が不得意な十夜が見た所で、普通は奈月が壁の模様だと思ったようにスル―するだろう。

「一目で是は面白いもんだって直感が教えてくれたんだよ。ただの壁の模様とは違う気がしたんだ」
「野生の直感ってやつか」
「酷いな。で、これ何とかなるか?」

 冬馬はふむ、と考える。自分の実力であれば、魔術を解除出来るだろうが、それをするには魔術を扱わなければならないがそれは魔術師だと露呈することになるので叶わない。かといって、知識だけでこれは解除出来るものではない。
 だが、十夜ではないが学園の秘密の場所には冬馬も興味をそそられる。
 次点で魔術に造詣が深く、腕前も確かな久遠に魔術式を解除させるかと思考が傾く。

「これ魔力を魔術式に流し込んで解除するタイプの奴だな。魔力の流す回廊を間違えると、開かないし、多分教員がやってくるな」
「教員ってーとフェルメか」
「十中八九フェルメだな」

 十夜が顔を顰めながら問い、冬馬が答える。
 嘗て、冬馬と閖姫が学園の規則を破って外に出て戻ってきた時、冬馬を見つけた教員の名前だ。正式にはフェルメス・アーハイド。学園の教師内では戦闘の面でかなりの実力を有していて、学生間の問題ごとに関する対処はフェルメが行っている。

「で、上手く出来るか?」
「久遠、いけるか?」

 冬馬は久遠に話を振る。久遠は暫く考え込んでいたが

「勿論、お前の知識がフォローしてくれるんだよな?」
「あぁ」
「なら、多分出来るな。この魔術式は魔術における暗号で一定パターンによって形成されているから、最初のパターンを理解すれば、あとはパターンにそって別の形式を当てはめていけば可能だろ?」
「あぁ、可能だ。流れを読むのには輝印術を使った方がいいかもしれないな、久遠は輝印術も扱えるだろ?」
「扱える。じゃあ輝印術でまずは表層を探った方がいいな。魔術式だけで作られた回廊なら、輝粒子を用いた輝印術に魔力は関係ないから反応しないだろ」
「そこで解読してから、魔力を魔術に変換し、回廊へ流し込んで魔術式を解除する方がいいな……って」

 そこで冬馬は気がついた。

「どうした? って……そうか」

 久遠も続いて気がついた。

「どうしたんだい? 二人とも」

 魔術がそんなに得意ではない佳弥は理解できずに問う。

「いや、輝印術云々とかよりもっと手っ取り早いのがあったことを思い出した」
「冬馬に同じく」
「へぇ、珍しいな二人してすぐに思いつかないなんて」

 閖姫の言葉に十夜も同意する。冬馬と久遠は魔術関連の成績がいい。なのに、輝印術を用いるより手っ取り早い方法をすぐに思いつかなかったことが不思議だった。

「いや、まぁ……そっちはあんまり造型深くないから」
「冬馬に同じく」

 そこで冬馬と久遠が何故思いつかなかったのかを理解した。

「成程。展開術式ですね」

 李真が答えを言う。視線が奈月に集中した。

「え、僕?」
「展開術式は分析を得意とする術だ。展開術式も魔力を元にしているが、“分析”をするわけで“破壊”や“解除”をするわけではない。だから、根本における仕組みにおいて違うから」
「あぁわかったわかった。専門用語と専門解説はいらない、理解できねぇから」

 十夜は頭が痛くなる気がして話を区切った。

「つまり展開術式で分析してその結果に元ずいて久遠が魔力を込めてやれば開くってことでいいんだろ!」
「あぁそういうことだ」
「それだけでいいっての。魔力だの、回廊だの魔術式だの厄介な説明をされたって理解できねぇんだから、専門分野のやつらが勝手に納得しとけ」

 十夜の言葉に閖姫が同意した。武術に秀でている代わりに、魔術は苦手だった。

「ナヅっちゃん出来るだろ?」
「……そりゃ、出来るよ」
「じゃあ、宜しく」

 奈月が魔術式の前に立ち、掌を翳すとそこに白の魔法陣が浮かび上がる。魔法陣は時計回りに回転し情報を読み取っていく。『展開術式』は魔力を元にして構築される術であり、その点では魔術と代わりがない。しかし、魔術と展開術式は元が同じ『魔力』とは言え、扱う術式は全くの別物だ。例えるなら、剣術と弓術、文章学と数式学といった違いだ。ひとまとめには同一であるが、その性質は異なっている。
 故に、魔術が得意だからといって展開術式も同様とは限らない。だから冬馬と久遠は展開術式が得意ではなかった。展開術式とは物体や周囲の流れを分析することによって、物質を理解することを得意としている。それ故に、攻撃や防御、治癒を得意とする術は不得意だが、その分同じ魔力を元に発動される魔術が不得意なことを可能にする。
 その展開術式が奈月は得意分野だった。本来、展開術式を主として扱う術者は少ない。展開術式は補佐として多少学び、魔術や輝印術を主として扱う人間が多い中で、奈月は展開術式に特化していた。展開術式における優秀さで奈月はアルシェイル学園に入学して以来他の追随を許さない才能の持ち主だ。その反面、奈月は輝印術や生命術、魔術に関する扱いは酷く不得意としていて、その成績は武術を得意とする十夜や閖姫以下なのだが。
 奈月の展開術の魔法陣が先刻より一回り大きなものが具現し、今度は反対回りに動き出す。

「――――」

 奈月は集中しているのか、魔法陣を凝視しながらせわしなく指先を動かし術式を分析をしている。程なくして終了する。魔法陣は消え去る。

「ん、わかったよ」
「よし、奈月教えてくれ」
「宜しく」

 冬馬と久遠が同時に申し出て――そこから暫くは術談義が続いたので、十夜が暇そうにあくびをした。
 術談義が終わったので、久遠が魔術式を解除するため魔力を注いでいく。
 失敗は許されない。教師フェルメがやってきて面倒事にはなりたくない。慎重に魔力を回廊に流していく。途中で額に汗が浮かび上がる。気を緩めないで解除していくとやがて魔術式が組み込まれた紋様が消失すると、扉の奥が歯車のかみあわさるような音がすると同時に、地下への扉が開いた。

「おっ!開いた! 久遠、お疲れ様」

 冬馬がポケットに入れていたハンカチを差し出す。久遠は受け取り、額の汗を拭う。

「疲れたわ。でも、何があるのかは気になるしな」
「珍しいな、久遠が興味を示すなんて」

 十夜が冬馬の横から顔をのぞかせる。

「そりゃ、秘密の何かがありますよって言われたらそりゃ気になるだろ」
「まーそりゃそっか。気にならない方が俺としても疑問だしな。よし、レッツゴー! 冬馬を先頭にして!」
「俺かよ」
「当たり前だろ。他にも何かあったら困るんだから。こんなかじゃ一番魔術に造型深いのは冬馬だろ」
「はいはい」

 冬馬は先導を切って歩き出す。薄暗くて周囲がよく見えなかったが久遠が魔術で灯りをともしてくれたので、進むのに苦労はしなかった。階段を降り切ると広い空間が広がっていた。

「久遠、周囲全体に魔術を」
「わかっているよ」

 久遠が周辺に宙に浮く火の玉を無数に生み出して散らす。

「なっ……!!」

 久遠と冬馬が真っ先に驚愕した。
 灯りに照らされた空間は周囲を大理石で囲まれ、その周囲には複雑な文字のようなものが羅列していたり、使用用途が不明な物体が宙に浮いていた。
 奥まで続く回廊もあったが、入口同様間術式によって閉じられている。さらなる秘密があるのは確実だが、この場所だけでも驚愕するには充分過ぎた。

「これは……ロストテクノロジー」

 宙に浮く物体を見て、李真が呟く。

「へぇ、これがロストテクノロジーなのか?」

 十夜が手を伸ばして触れようとした時、

「触るなよ十夜。どんなロストテクノロジーなのか不明なんだから」

 冬馬に釘をさされて伸ばしていた手を引っ込める。

「触らねぇよ」

 見え透いた嘘をついた。

「それにしても、なんで学園の地下にロストテクノロジーが?」

 久遠が表情を硬くしながら冬馬に問うが、冬馬とて答えは知らない。

「おい、久遠。見ろよロストテクノロジーだけじゃない、これは古代魔術の術式だ」
「……本当だ」

 冬馬の指差した先には無造作に描かれた文字の羅列。それらは全て古代魔術を詠唱するためのスペルコードと呼ばれるものだった。

「……」

 冬馬は目線でスペルコードを追いながら詠唱文を暗記していく。久遠は文字をなぞるかのような手つきで、スペルコードを眺めていた。暫くして久遠はロストテクノロジーの物体へ視線を移動する

「興味あるのか?」

 十夜が声をかける。集中していたのか返答はやや遅れた。

「あぁ、そりゃ興味はあるだろ。魔術師なんだしな」
「ふーん。そういうもんか」
「……そういうもんだよ。大体、十夜だって此処にあったのが歴史における有名な槍とかだったら興味津津だったんだろ?」
「そりゃきまっているだろ! ってそういうことか」

 十夜は納得したのかロストテクノロジーを眺める久遠の邪魔をしないように話しかけるのをやめた。

「珍しいですね、奈月はこういうの興味ないのかと思っていましたよ」

 周囲をきょろきょろと見渡す奈月に李真が声をかける。

「別に興味があるって程じゃないけど、珍しいからね」
「成程。まぁ私も全く興味がないわけではないですね、是は是で面白い」

 奈月と李真がそんな会話をしている時、佳弥は何故アルシェイル学園にロストテクノロジーが隠されているのかを考えていた。

「(学園はアルシェンド王国の命令で過去に建設されたものだ……ということは、ロストテクノロジーは予めこの地に有るとされた上で、学園が作られた?)」
「佳弥、何を考えているんだ?」

 佳弥の思考を知らない閖姫が声をかける。

「ん? あぁ。なんでもないよ。何故学園にロストテクノロジーとか古代魔術を詠唱するためのスペルコードが眠っているのかが気になってね」
「確かに不思議だな。けどアルシェイル学園ならロストテクノロジーの一つや二つ眠っていても不思議じゃないって俺は思うけどな」
「まぁ……そうだね」

 何故に対する疑問の差に対して、佳弥は自分が王族であるからだろうと判断した。
 暫くの間、ロストテクノロジーやスペルコードを眺めていた。さらなる深部へ深入りしようとは誰も言いださなかった。

「これ以上長居して万が一教師に見つかったら厄介だからそろそろ後にしようぜ」

 十夜の言葉に

「そうだな」

 閖姫が同意する。
 下手に長居をして露見する危険性を危惧すると、潮時だと判断した。
 反対の意見は上がらなかったので、元来た道を歩き学園内部に戻る。
 解除した痕跡が見つからないよう、魔術式を逆算する形で久遠が組み立てる。
 是で余程深く痕跡を疑って詮索しない限り、魔術式を解錠した跡は露呈しない。

「これはまだまだ学園を探索する面白さがありそうだな」

 十夜が面白い獲物を見つけた笑みで呟いて、その日は解散となった。


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