零の旋律 | ナノ

School festivalU


 閖姫たちがカナリアと出会った頃、立ち入り禁止の屋上に影が一つ増えた。

「奈月、此処は立ち入り禁止ですよ?」

 李真が奈月の方向を見ることなく声をかける。

「李真だって此処にいるじゃん」

 頬を膨らませながら奈月は抗議する。フリルのついた黒のワイシャツに、白のブレザーとスラックスの片腕と片足は黒のリボンで結ばれている。袖口にもフリルがついていて袖口から見える指先は亜月ぬいぐるみが大切に握られている。ローズレッドの髪はポニーテールで結ばれており、カーマインの瞳が李真を軽く睨んでいた。

「えぇ、人ごみは好きじゃないので。それに今は閉鎖学園ではありませんからね」
「……自分を知っている人に会いたくない?」
「そういうことですよ」
「ふーん」
「奈月は閖姫が楽しそうにしているのを見て嫉妬でもしましたか?」
「なっ! 李真には関係ないでしょ」
「図星なら過剰に反応しない方がいいですよ。一目でわかりますもの」

 李真は横になっていた身体を起こす。アイスグリーンの髪が流れに逆らわず揺れる。カーマンからレモンイエローのグラデーションになっている特徴的な瞳が奈月を射ると、奈月は顔を逸らした。

「全く持ってさびしがりやの兎ですね」
「ふんだ、李真には関係ないよ」
「まぁ折角此処にいるんです、一人よりかはましでしょ、学園際が終わるまでこうしていましょうよ」

 李真が軽く手招きをする。

「……ふん」

 奈月はふてくされながらも、屋上から出て行こうとはしなかった。

「(……楽しそうな閖姫を見ていたくなくて屋上に来ただけじゃなくてひょっとして、私と同じように人ごみが嫌いなのですかね)」

 そんなことを李真は思ったが口にはしなかった。奈月がこれ以上機嫌を損ねてもそれはそれで面白いが、今回は止めた。


 同時刻、ブラックジャックで連覇し商品を貰った十夜は、今度はチェスの大局をしていた。それを背後でやはり久遠が眺める。


 佳弥にカナリアは少年だと告げた時、佳弥の驚愕した顔を冬馬は堪能する。佳弥は未だ半信半疑ながら本人<カナリア>に恐る恐る確かめる。

「うん、僕は男だよ?」

 当の本人は何故少女だと勘違いされたのか理由がわからなく首を傾げる。その動作が可愛くて佳弥は衝動のままにカナリアを抱きしめた。

「カナリアは可愛いね!」

 カナリアがいくら純粋無垢で疑問を抱かない性格だとしても――此処まで来ると流石に一つの疑問を抱いた。
 冬馬や閖姫、そして佳弥も自分が男だと知れば驚愕する。以前、冬馬と閖姫にフリルを普段にあしらった洋服をプレゼントした時もそうだ、外では皆自分と同じような服を着ているはずなのに“似合わない”と言いだした。普段着ていれば似合わないも何もないはずなのに――。
 そして、一番の違和感此処だ。アルシェイル学園に集まった沢山の人間たちが自分と同じ格好をしている人が殆どいなかった。稀には見かけるが圧倒的に少ない。一人や二人ならば、この百名を有に超えるだろう人数の中で誰も来ていないのと同義だとカナリアは思う。
 だから、カナリアは勇気を持って尋ねた。

「ねぇ、お兄ちゃん。なんで皆僕と同じような格好をしていないの?」

 カナリアの問いに冬馬と閖姫は固まった。返答に困った。
 カナリアの知識が間違っていることを伝えるのは簡単だが、しかしずっとその格好をしてきたカナリアに真相を告げてもいいのか悩む。

「えと……それは」
「お兄ちゃん。本当のことを教えて」

 言い淀む冬馬に詰め寄るカナリアの上目づかいに冬馬は陥落した。

「カナリアと同じようなロリータ系統の服を着る人間もいるよ。ファッションだから、
十人十色。でも、全員が全員カナリアと同じ格好をしているわけじゃないんだ」
「そうなの? でも……家の人は皆外では着ているって」
「それはカナリアが可愛かったからついた嘘だと思うぞ。カナリアは実際こういった服にあっているわけだし」
「えと……じゃあじゃあ男の人も着るんだよね?」

 確信に迫った問いに、冬馬は閖姫にバトンタッチした。俺に振るなよと目線で閖姫は訴えたが暴君を発揮して知らんふりを冬馬は始めた。しかもカナリアは閖姫に詰め寄るため回避のしようがなかった。仕方ないので閖姫は腹をくくる。

「……いや、そういう系の服を着るのは女装趣味でもない限りは、女子だけだと思うぞ」

 カナリアは衝撃の事実に固まった。石像になったかのように動かなかった。

「…………本当なの?」

 時間にして数秒。しかしカナリアにとっては数時間にも匹敵する時間だろう。

「あぁ、本当だ。だから、俺たちも佳弥もカナリアのことを最初少女だと思ったわけだし。あ……いや、男子できてはいけないって決まりはないけどな」

 閖姫はフォローしようと思って喋るが、適切なフォローが浮かばない。

「あう……じゃあ、僕はずっと、女の子だっていろんな人から思われていたの?」

 半分カナリアが涙目になっていた。
 カナリアは世間知らずで純粋だが、けれど性別が男であり、女だと間違われたくはないと常々思っていた。なのに、何故自分は女と間違われるのだろうか疑問を抱いていた。その理由がこの格好だと知ってしまった。

「そうなる……な」
「うぅ……僕は……騙されていたんだよね」
「カナリアが可愛かったから、悪気はないと思うぞ」

 騙していた人たちのことを思って一応フォローを冬馬は入れる。佳弥は事の成り行きを見ていた。知り合ったばかりの自分が下手に口を挟まない方がいいだろうと判断したのだ。

「うん。そこはわかったよ、お兄ちゃん。……教えてくれて有難う」

 カナリアは周りの人が着ている服装と自分が着ている服装の違いを納得したのか、それ以降服に関して閖姫たちに尋ねることはせず、学園際を満喫していた。
 最初、冬馬と閖姫は学園内にある洋服屋でカナリア用の洋服でも買うかと思案したが、カナリアがそれ以上気にした様子がないので保留にした。
 一時間が経過した頃合いで、閖姫は料理研究部の方へカナリアに別れを告げてから戻って言った。

「じゃあな、カナリア」
「うん、また遊びに来てねお兄ちゃん」

 残りの一時間は冬馬と佳弥、カナリアという容姿や恰好が大層目立つ三人組が行動したため、周囲の視線を三人占めした。
 カナリアの父親との待ち合わせの時間に正門につくと、真っ先にカナリアが父親に抱きついた。家出した時とは違いすっかり関係が修復されたようでよかったと冬馬は内心微笑む。

「有難うございます」
「いやいや、此方こそ楽しい時間だったよ」

 佳弥が気楽に答える。

「それでは、私たちはこれで失礼します」
「カナリア、またな」
「またね」
「うん、お兄ちゃんたちもまた遊びに来てね」

 カナリアと父親がアルシェイル学園を後にした。カナリアの姿が見えなくなるまでの間、二人はその場にたって見送り続けた。

「さて、そろそろ戻るか」
「そうだね」
「それにしても良かったな」
「なにがだい?」
「お前身分ばれたらどうするんだよって思ってひやひやしていたけど周囲を警戒もしたけど、何のトラブルもなかったしな。周囲の反応を見るに佳弥の正体に気がついたのはカナリアの父親くらいだろうし」
「そうだね、良かったよ」
「本当は引きこもってくれるのが一番ありがたかったんだけどな、仕方ない。ほら続きを回るか」
「そうだね、エスコート宜しく」
「断る。また同性愛の噂が流れたらどうしてくれるんだろ」

 冗談混じりの言葉に、本気で冬馬は返した。
 結局のところ、冬馬と佳弥がやっぱりデキているのではないかという噂は四日間程広まったがすぐに鎮火した。理由は簡単だ、前回同様佳弥が紳士的で女性に優しいからだ。


 閖姫は料理研究部で一通り作業をしてから、模擬戦に出場するために料理研究部を後にする。

「いやー閖姫は忙しいねーがんばってこーい」

 料理研究部の仲間からの声援を受けとった。

 色々なゲームをやっている場所を一通り制覇した十夜も、模擬戦に出場するため移動を始める。久遠は十夜が勝利してもらった優勝賞品を片手に運ばされていた。

「十夜、自分の賞品くらい自分で運べよ」
「俺はこれから打倒閖姫が待っているから無理だ」
「はいはい」

 模擬戦では、各学年における実技試験トップ四までが出場することになっていた。アルシェイル学園の優秀さを示す二大イベントの一つ。もう一つは術に関連することだ。

 模擬戦の会場は熱気で満ち溢れていて十夜のやる気を一気に上げた。
 模擬戦が始まり、高い実力や実技が披露される中で、閖姫と十夜の対戦は注目を集めていた。激しい攻防、息をつかせぬ技巧、高い技術力に誰もが息をのむ。
 そして結果は――最早何度目かわからない閖姫の勝利で終わった。十夜は悔しそうに顔を歪める。


 模擬戦で盛り上がっている頃合い、李真と奈月は誰も訪れない屋上でのんびりと過ごしていた。
 奈月は早く、この盛り上がりが終わればいいのにと切に願いながら。


 夜まで続いた学園際は終わりを迎えていた。一般客は殆どが帰り、明日からまた閉鎖学園に戻る。一年に一度限りの解放だ。

「閖姫、お疲れ様」

 人気がなくなったところで、李真と奈月は屋上から降り、閖姫たちが集まっている場所に姿を見せた。

「奈月、はいお土産」

 手渡された閖姫手造りの料理を奈月は嬉しそうに抱きしめる。

「有難う! 大切に保存していおくね」
「いや、食べろよ」
「あははっそうするね」
「それにしても何処にいっていたんだ? 李真も奈月も」

 閖姫の疑問に

「李真と一緒にいたんだよ」

 端的に答えた。閖姫もそれ以上追及することはなかった。姿を見なかっただけで――学園祭を満喫していたのだろうと判断したからだ。


 学園祭は教師の魔術による幻想的なイリュージョンが夜空を彩り、幕を閉じた。


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