School festivalT 月は代わり水無月中旬、この日閉鎖学園ともよばれるアルシェイル学園から閉鎖の二文字が消える。 年に一度水無月の中旬日曜日に学園際が開催される。この日だけは、学園を開放し一般の人や保護者たちが学園に来られるのだ。 目的は、普段学園は閉鎖しているが、生徒は健やかに育っていますと保護者を安心させたり、念に一度公に保護者と生徒――外との関わりを持たせることで寂しさからくる不安を払しょくするため、 何よりアルシェイル学園の生徒が優秀であるとアピールする目的が大いにある。 そのため、優秀な生徒同士の模擬戦、日ごろの研究成果を論文にしたもの、専門術に関する熟練度を披露、と学園の生徒らしいことをしつつ、部活動に所属しているものはそこで部活発表をしたり、いくつかの有志による発表や遊戯を開催したり、普段は学生が快適に学園生活を送るためにある設備も一般に開放され、学生が食べる食堂の料理を味わえたり、図書館に訪れることも出来、また服飾屋などの店で買い物をすることも出来る。 そんな学園際の一角、お客さんでにぎわっている場所があった。料理研究部による無料の試食会だ。 「相変わらず、人気だなぁ。学生に一般の人にワラワラだ」 冬馬が苦笑する。料理研究部が作る料理は普段から学生間で大人気なのに合わせて、一般の人まで集まるものだから用意された教室に人が入りきらなくて廊下に溢れている。その隣にいる佳弥は目を輝かせていた。 「冬馬、料理研究部の料理を僕は食べてみたい」 「後で閖姫からおすそわけしてもらうように頼んであるから、態々あの列に入る必要はないよ」 「そうか。ならば後でを楽しみにしているよ。それにしてもいいのかい? 他の人は皆並んでいるのに僕たちだけ特別扱いみたいじゃないか」 「何言ってんだ? 別に問題ないだろう」 「全く酷い暴君だ」 「そういいながら、食べられることにわくわくしている奴には言われたくないな」 「ははっ。だって楽しみじゃないか。それにしても閖姫が料理研究部所属とは知らなかったよ。今度手料理を食べてみたいものだ」 「閖姫の料理は今度作らせてみるといいぞ。美味しいから、料理研究部で一番の料理上手だしな。閖姫が店を出したらあっと言う間に完売するぞ」 「ほう、それは益々楽しみだ」 後で食べられるとわかれば、人であふれている料理研究部に並ぶ必要はないと華麗に通り過ぎる。 冬馬と佳弥という端正な顔立ちの二人が優美に立ち去ったもので、群がっていた人の一部が二人の行動に釘付けになって並んでいた順番を追い越されていた。 「料理は沢山あるから、追い越さないで順番に並んでくださいー! 料理は沢山用意していますから!」 閖姫の叫び声が暫くの間止まなかった。 「閖姫、楽しそうだね……」 一目につかない場所で、奈月は閖姫の姿を眺める。針が心臓をつついたような痛みに、ぎゅっと手にしていた亜月ぬいぐるみを抱きしめた。 同時刻 「よっし! 三連勝! 五連勝したら商品がもらえるんだよな」 「勿論、しかしこちらとしても負けませんよ!」 「俺だって負けないさ」 十夜がブラックジャックの勝負をして盛り上がっていた。その背後で久遠が観客に混じって本当に十夜はゲームに飽きないなぁと苦笑する。 一時間後、料理研究部はピークを終え、少しだけ人が減っていた。とはいえ、未だ満員の大盛況ではあるのだが。しかし、無料試食会で料金はとっていないからどれだけ客が入っても儲かることはない。 「閖姫、お疲れ様。少し休憩してきたらどうだ? 終わりごろまた混むし」 「そうだな。じゃあ一足お先に休憩いってきますー」 「いってらっしゃーい」 「お土産宜しくー!」 料理研究部の面々に言葉だけかけられながら閖姫はエプロンを外して、休憩をとることにした。まだまだ学園際は始まったばかり。 閖姫の予定は詰まっているため、休憩時間に効率的に回らないとあっと言う間に時間がきてしまう。 外に出ると、閖姫の予定を予想でもしていたのか佳弥と冬馬が壁を背もたれにして待っていた。 「よっ、お疲れ様」 「お疲れ様。大盛況じゃないか。凄いね料理研究部は」 「有難う。まぁ料理研究部は大体何時もこんな感じだよ」 「ほんと、料理研究部はレストランでも開いたら大儲けが出来ると思うぜ」 冬馬が笑いながら手を差し出す。 「……後でって言わなかったか?」 「腹が減った。先に食べたくなった」 「はいはい、わかりましたよ。ちょっと待ってろ。とってくるから」 閖姫は冬馬の催促に応じるため一旦教室へ戻る。程なくしてタッパに入れた料理を持ってきた閖姫は冬馬と佳弥の二人分渡す。 「サンキュ」 「有難う。美味しく頂くよ」 冬馬と佳弥はほぼ同時にタッパを開ける。ストロベリークリームがふんだんに乗せられたストロベリータルトだった。タッパないに入っていたフォークを使って上品に食べる冬馬と佳弥に育ちの良さを閖姫は感じつつ、美味しそうに頬張るのを見ると料理を作ってよかったと心底思う。 「食べやすいようにとりあえずデザートだけ持ってきた。あとでビーフシチューも届けるよ」 「流石、覇王様太っ腹!」 佳弥が嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。その立ち振る舞いがひじょうに美しくて思わず佳弥が女性だということを忘れそうになる。 「ところで冬馬に佳弥、奈月を知らないか?」 「ナヅッちゃん? 見てないな」 「僕も冬馬と一緒にいたからね、見ていないよ。奈月がどうかしたのかい?」 「いや、奈月にも届けようと思ったんだけど、後でにするか」 「それがいいと思うぜ」 「じゃあ一旦冷やしてくる」 またまた閖姫は教室に戻った。中々料理研究部付近から移動できない閖姫であった。 同時刻、普段は自由に解放されているが、学園際で不慮の事故が起こったら困ると言う理由で立ち入りを禁止されている屋上に李真は寝そべっていた。そよ風や、程よい太陽の光が眠気を誘う。 「静かで此処はいいですね」 学園際といったお祭り騒ぎに参加するつもりがさらさらない李真は、人のいない場所でのんびりしていた。 閖姫がやっと料理研究部付近から脱出して冬馬と佳弥と一緒に学園際を楽しんでいた時 「お兄ちゃん!」 聞きなれた声が耳に入り閖姫と冬馬が足を止める。それにつられて佳弥も足を止めた。 「どうしたんだい?」 「いや、今の声は」 「カナリアだな」 以前学園を抜け出して街に遊びにいった際に出会った少女にしか見えない少年の声だった。 後ろを振り返ると、案の定パタパタとした足取りでやってくる真っ白な少年がいた。 一見すると少女にしか見えない愛らしい顔立ち、それを助長するかのように、赤のリボンでまとめられたツインテール。カーマインからレモンイエローにグラデーションしている独特の瞳はくりんとして愛らしい。首ともがフリルに覆われ、胸下までの短い白の羽織りを着ている。人形が着そうな白のフリルがふんだんにあしらわれたワンピースを着ており、その姿は人形が生を宿したようだ。 「お兄ちゃん、久しぶり!」 カナリアが冬馬に抱きつく。 「やぁ久しぶり」 「久しぶり、カナリア」 「うん! 僕お兄ちゃんたちに会いたくてお父さんと一緒にやってきたんだ」 そう言って後ろを振り返ると、カナリアの父親が固まってたっていた。見てはいけないものを見てしまって判断に迷う顔をしていた。 冬馬はその理由に気がついて、佳弥と閖姫は理由がわからず首を傾げる。お前は気がつけよと冬馬が佳弥を肘でつついたことで佳弥は意味を理解した。 「そっちのお兄ちゃんは初めまして」 父が固まっている理由を知る由もないカナリアが無邪気に佳弥に話しかける。 「あぁ、初めまして。僕は佳弥だよ」 「佳弥お兄ちゃんだね、初めまして」 「宜しくね」 気軽に佳弥へ話しかけるカナリアを見て、父親が右往左往し始めたので、佳弥は閖姫とカナリアには気がつかれないよう微笑しながら、優雅な足取りで父親の前へ歩く。 カナリアの父親が今にも跪きそうだったので佳弥が先手を打つ。 「佳弥です、宜しく」 右手を気軽に差し出した佳弥に対して父親が恐る恐る右手を前に出す。 「そんな緊張しなくても、こいつ性格悪くないですよ」 冬馬が仕方近づいて言って助け舟を出す。 閖姫にカナリアを任せたため、小声なら誰も聞こえないだろうと思って冬馬は呟く。 「それに、今のこいつは佳弥なんだ、下手な態度をとる方がなにかあるのかって勘ぐられてしまう。どうぞ、お気軽に」 「そうだね。私は特別扱いなど望んでいないから、気楽にしてくれて構わないよ」 冬馬と佳弥の言葉に少しだけ緊張はほぐれたのだろうか顔は未だに引き攣っていた。 カナリアの実家フェルティース家は貴族として有名ではあるが、冬馬の実家トライデュース家はフェルティース家では足元にも及ばないようなアルシェンド王国において、王家に告ぐ権力を有する貴族の一翼だ。とはいえ、一度対面している以上――出会った時が時だったため、緊張はしない。 しかし、佳弥は別だ。貴族ではない。アルシェンド王国の第二王位継承者にして王女。 気軽に接することが出来る筈もなかった。 「では、私は失礼します。えと……カナリアは」 「あぁ、カナリアとは俺たちと一緒に見物でもするよ。その方がカナリアも楽しいだろ?」 「えぇ、そうですね。お願いします」 「じゃあ、二時間後に正門で待ち合わせ」 「それでは」 父親は失礼のないような速度でその場を退散した。 「全く、緊張することなんてないだろうに」 「そりゃ、俺はともかくお前がいたら緊張するだろ。いくら男装していたって気がつく奴はお前の正体になんて気がつくんだからよ」 「それもそうだね」 「出来るなら学園祭なんて一目につくところじゃなくて、部屋にこもっていてほしいものだけどな」 「学園祭が始まる前にもいったけれど、こんな楽しい一日を部屋に籠って無為に過ごすだなんて御免だよ」 「はいはい」 冬馬と佳弥は傍から見れば談笑しながら閖姫とカナリアの元へ戻る。 「それじゃ、カナリア。暫くは俺たちと学園内を見物するか」 「うん! 宜しくねお兄ちゃん!」 「じゃあ、僕と手でも繋がないかい? カナリアちゃん」 紳士的な態度で接する佳弥に 「あ……」 閖姫と冬馬の声が重なる。 「(佳弥にカナリアの性別教えるの忘れてた……)」 [*前] | [次#] TOP |