零の旋律 | ナノ

Beautiful woman dressed as a man


 佳弥が学園に来てから三週間後。月日は皐月下旬に移り変わり、気候が夏に向けて暑くなってきた頃合い。

「ふぁ、身体を動かすのは相変わらず楽しいね」

 佳弥がタオルで汗を拭きながら隣にいる十夜に話しかける。学園以前の知り合いである冬馬は本日の実技授業はサボりだ。李真は参加しているものの汗一つかいていないため、日陰で休んでいたのは目に見えている。奈月は当然ながらサボり。久遠はその辺で堂々と寝ていた。その為、ある意味必然的に佳弥が話しかける相手は十夜や閖姫に絞られる。

「それ、お前の幼馴染に言ってやれよ。身体動かすの嫌いとかいってサボったんだからよ」

 十夜は水で顔を洗ったため濡れていたのをタオルで拭き取る。

「冬馬は昔から身体を動かすのよりは書物を読むほうが好きだったからね。しかし、授業をさぼるのは頂けない」

 佳弥はすっかり学園に馴染んでいた。そして暴君こと冬馬と並び女性にもてた。他の男性陣が足元にも及ばないほどに持てた。端正な顔立ち、ブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳、細身の体躯に、秀でた運動神経、そして女性に紳士的に接する態度から佳弥は学園内で王子と呼ばれるまでになった。

「流石王子様の言うことは違う」

 十夜の隣にやってきた閖姫が笑いながら言う。

「冬馬は僕が王子様と呼ばれることに不服があるそうだけどね」

 実際、佳弥が王子と呼ばれ始めた時の呆然とした冬馬の表情を佳弥は思い出し笑いする。その時、冬馬はお前生まれてくる性別間違えただろ、とまで言い出していた――とはいえ、言われたのは是が初めてではないのだが。

「今まで暴君一人占めしていたのが半分になって文句があるんじゃないのか」
「女性を数で数えるのはいいこととは思えないけどね」
「これは失礼。流石王子様」

 他愛ない、そして確固たる想い出としての日常を過ごしていた時、一つの事件が起きた。事件というには大げさで、けれど、彼らにとっては事件だった。


 十夜と久遠は、人数の関係上(正しくは裏から手をまわした結果)一人部屋になっている佳弥の元を尋ねた。
 冬馬の部屋にて、皆でゲームをしようと思い立ったのだ。
 奈月と閖姫は既に誘っており、冬馬の部屋にもう到着している頃だろう。
 十夜は佳弥の部屋の扉を三回ノックしてから返事を待たずに扉を開け――固まった。

「ぎゃ、ギャ――!!」

 決して可愛らしくもない男の叫び声とともに開かれたばかりの扉は壊れるばかりの勢いで閉められた。
 そのまま、十夜と久遠は冬馬の部屋へ鬼の形相でダッシュする。
 取り残された佳弥は何が起きたのだろう、と思って呆然とし、自分が今着替え中だったのを思い出した。着替え中だったため、上半身は服を着ていない――故に、普段はさらしを撒いて隠してある胸のふくらみがあった。

「あ――」

 叫び声を上げた十夜とは対照的に佳弥は冷静だった。


 冬馬の部屋の扉がノックされることもなく、壊さんばかりの勢いで開かれた。

「おい、十夜うるさ……」

 冬馬は全力疾走――閖姫と対戦している時以上の速度で走りましたと言わんばかりに額に汗を流し耳が真っ赤に染まっている十夜と、その後ろから息を荒くしてやはり耳を赤くしている久遠が室内に侵入してきた。扉を部屋にいた奈月がとりあえず閉める。

「おい! 冬馬! どういうことだ!!」

 十夜は冬馬の胸元を掴んで問いかける。その切羽詰まったような形相に、冬馬は顔が近い馬鹿どけとは言わず、もしかしての可能性が脳裏に浮かんだ。

「冬馬! あ、あ、ああああ……あいつ!!」

 十夜の言葉が同様していることと耳が赤いことを、冬馬は察して深い深いため息をついた。

「あの馬鹿が!」

 そして出てきた答えが十夜と久遠の答えを示していた。

「か、佳弥は女だったのかよ!!」

 十夜の叫びに、佳弥を少年だと思っていた閖姫、奈月、李真は少なからず驚愕した。

「佳弥は女性だったんですか?」

 まず、李真が問う。冬馬は額に手を当てながら頷く。十夜と久遠にばれたのだから、閖姫たちに隠して置く必要はないと判断した。

「あぁ……悪いな隠していて。佳弥の性別は女なんだよ。どーせあいつのことだから堂々と着替えていたんだろ?」
「……あ、あぁ……」

 顔を逸らしながら十夜と久遠が同時に答える。

「所で冬馬、一ついいですか」
「なんだ」
「佳弥は女性でありながら女性に紳士的な態度を普通に取っていたということで?」
「あぁ、あいつ昔っからあぁだから、女にばかりモテてたよ」

 男性は佳弥程男前ではないと、思われ半数ほどから謙遜されていた。

「はぁ……そうだったんですか」

 李真は何と返答していいか迷い曖昧な言葉が口をつく。

「佳弥が女だったなんて全く気がつかなかったよ……男だと思って接していたけど問題ない……のか?」

 閖姫は実技授業で偶々十夜ではなく佳弥と組んで投げ飛ばしてしまったことを思い出す。

「ん、問題ない問題ない。あいつそこいらの男より男前だから」
「まぁ冬馬より男前なのは認めるが」

 そんな会話をしている時、佳弥が悠々とした足取りで冬馬の部屋にノックもなしにやってきた。

「やぁ」
「この馬鹿弥! お前なにしてんだよ! お前何のために男装しているんだよ!」

 呑気な佳弥に冬馬は叫ばずにはいられなかった。願わくは隣の部屋に音がもれていないことを祈る。とは言っても、部屋の防音はしっかりしていて余程のことでもない限り――例えば魔術練習をしていたら暴発して部屋が破壊されたとかでなければ――音は漏れない。

「いやいやうっかり忘れていたよ」
「てめっ! 女だっての隠しているなら堂々と着替えてんじゃねぇよ! もっと隠れろ!」

 十夜は佳弥の顔をから目を逸らしながら怒鳴る。佳弥の顔をまともに見られそうもなかった。脳裏をよぎるのは着替え途中だった佳弥の姿だ。慌てて頭を振って忘れ去ろうとする。

「ごめんごめん、すっかり忘れていてね」

 その様子は十夜と久遠の男性二人に上半身裸を見られたことに対する恥ずかしさや怒りといったものは全く見られなかった。

「あ……と、いやその悪かったな」

 久遠が遠慮がちに謝る。不可抗力とは言え、佳弥が男だと思っていたとはいえ、ノックをしただけで返事を待たなかったのはこちらに非があるし、どんな理由があったとしても女性の上半身裸を見てしまったのは紛れもない事実だ。

「ん? 別に僕は気にしていないよ」

 さらりと答える佳弥は本当に気にしていない。むしろ何を気にしているのだろうかといった感じだ。

「気にしろよ」
「気にしやがれ」

 十夜と久遠の言葉が重なった。

「僕より十夜と久遠が気にしてそうだね、そんなもの気にしなくても構わないのに」
「……本当にこいつ男前だな、ある意味」

 未だ佳弥の顔を見られない十夜と久遠とは違い、堂々とした視線を感じる。

「だろ。むしろお前らが謝るより佳弥に謝らせる方がいいぞ」

 冬馬は苦笑いをしながら十夜と久遠に言った。

「えと、佳弥。どうして男装を?」

 閖姫が此処はアルシェイル学園である以上問うべきではないのかもしれないが、問わずにはいられなかった。女性である佳弥を遠慮なく投げてしまった負い目があるのか、ややすまなさそうな表情をしている。

「ん? あぁ、実家の都合でね。詳しいことは教えられないんだけど、男装をすることになっているんだ。あぁ、だからといって僕を女性として扱わなくて構わないよ。これまで通りで宜しく」
「もしかして一人部屋なのって」
「あぁ、流石に同室の人がいれば性別がばれてしまうからね。特例で一人部屋にしてもらったよ。本当は冬馬が一人身だったら同室にしようかと思ったのだけれどね」
「一人身ってなんだよ、言葉違うだろ」

 冬馬が思わずツッコミを入れる。

「事情は話せないけれど、まぁ男装しているということで出来れば女性であることは口外しないで頂きたいな」
「そりゃ口外はしないさ」

 閖姫の言葉に続いて、他の面々も頷く。

 その後、暫く十夜と久遠は佳弥の顔を正面からみられない日々が続いたが、佳弥が他の生徒に女性だとばれることも疑われることもなく学園生活は続いた。


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