零の旋律 | ナノ

A wonder lasts but nine days


 授業が終わって、寮に李真が戻ると別の選択授業で一足先に戻っていた冬馬が転入生の佳弥と一緒にいた。

「初めまして、李真君だよね」

 佳弥が軽くお辞儀をする。流麗な動作は一目で礼儀作法がしっかりしている少年だと李真に思わせる。

「初めまして、私のことは呼び捨てで構いませんよ。冬馬とは、学園に来るより以前の知り合いという解釈でいいですか?」
「あぁ、勿論だよ。僕と冬馬はそうだね……幼馴染みたいなものなんだ」

 李真は冬馬の本名を知っている。
 だから、冬馬が大貴族トライデュースの御子息であり現在家出中として学園にいることも知っている。その冬馬の幼馴染ということは高確率で佳弥も貴族の御子息なのだろうと推測する。
 佳弥は李真が冬馬のことをどこまで知っているのかを知らないが故に“幼馴染”という言葉一つで関係を纏めた。

「そうでしたか。ですから冬馬は驚いていたんですね」
「そういうことだよ。それにしても君みたいな丁寧な口調の少年がどうしてこんな冬馬と同室なんだい?」
「おい、それはどういう意味だよ佳弥」
「言葉のままだよ、冬馬」

 佳弥がからかう口調で話す親しさに李真は心が僅かに冷えるのを感じながらも笑顔は崩さずに答える。

「色々あったんですよ」
「おや、残念。色々の内容は答えてはもらえないんだね」
「えぇ、アルシェイル学園(ここ)はそういう所ですから」
「それもそうだね。郷に入っては郷に従うよ」

 佳弥がそう気分を害することもなく答えた時、扉が三回ノックされてから返事を待たずに扉が開いた。

「閖姫に奈月どうしたんだ?」

 現れたのは閖姫と奈月だった。

「邪魔するよ」
「あぁ、どうぞ」

 部屋に入って、閖姫と奈月は開いている場所に座る。

「初めまして、佳弥。俺は閖姫、こっちは奈月」
「初めまして。宜しくね、閖姫君に奈月ちゃん」
「あー敬称は面倒だからいらないよ。第一俺も佳弥って最初から呼ばせてもらっているし」
「じゃあ今後は会う人全員にもそうさせてもらうよ」

 佳弥が軽く微笑む。閖姫はとりあえず、佳弥が自分には君付けで奈月にはちゃん付けをしていたことを追求するかと思って止めた。

「で、閖姫どうしたんだ? 佳弥にでもようがあったのか? いや、なら此処にはこないよな」

 冬馬が用件を問う。

「いや、此処に佳弥がいることは推測がついていたよ」
「そうなのか?」
「あぁ。お前と佳弥が同性でデキてるんじゃないかって噂が出ているから」

 思わず冬馬は噴き出した。佳弥は腹を抱えて笑った。

「何故、そんな噂が転入初日で出てくるんだい? あははっ面白いねぇ!」

 佳弥は笑いを抑えきれず、笑いながら喋る。

「ってかお前はまさかそんな噂を信じて此処にきたのか!」
「来たら佳弥がマジでいたからびっくりしたよ。で、噂は真実なのか?」
「どうしてそうなる!」

 冬馬が抗議すると閖姫はからかいをやめなかった。

「いや、だってカナリアのことも可愛い少年って評していたし、実はそっちのけがあるのかと思って」
「俺をからかうのが随分と楽しいようだな、覇王様よぉ。んなわけあるか!」

 閖姫の頭をチョップしようとして、閖姫に止められる。
 佳弥は実は女だからそもそもデキていても同性愛にはならないぞボケと大声にして叫びたい衝動にかられたが、性別を隠してやってきている佳弥の本当の性別を公表するわけにもいかない。
 佳弥は未だに腹を抱えて笑っている。
 奈月が

「冬馬って実はそうだったんだ」

 と冗談交じりに口を開いたので、冬馬は頭を抱えたくなった。

「ってかよ……なんで、そんな噂が流れたんだ?」
「佳弥に話しかけたい女性たちを押しのけて冬馬が佳弥を連れ去ったから、実は告白するんじゃないかという噂が悪意ある男子達の手によって流されて、面白がって飛びついた女子生徒がさらに広めて今や有名人にまで発展した」

 閖姫が事の顛末を恙無く話して冬馬はやっぱり今から佳弥の性別を公表するか悩んだ。

「なんでそれがたった一日の間で流れるんだよ」
「元々、冬馬が有名な暴君様だからいけないんだろ。しかも美形二人が一緒に何処かへ消え去ったって恰好のゴシップネタじゃん」
「……普通に学園以前からの知り合いって選択肢を思いつけよ」
「そんな詰まらないありふれたオチより、デキたってオチの方が盛り上がるからだろ」
「そんな盛り上がりいらねぇよ。いい迷惑だ」

 佳弥は未だ笑っている。余程ツボに入ったようだ。

「では、私もその噂を広めて上げましょうか? 脚色して」

 李真が冬馬いじりに参加した。

「止めろ。まじで止めろ。同室のお前がいいだすと洒落にならん。噂に信憑性が+されるだろう」
「それを狙っているんですから当然でしょう」
「丁寧な口調でサラリとサディスト発言するな。此処にはサディストしかいないのか」

 冬馬はため息一つ。本当に実行されるとは思っていないが、百%実行されないだろうとは安心出来ていないので、内心ひやひやしている。

「あぁ、そういや冬馬が少年のことを可愛い少年って評していたって十夜も悪乗りして噂を広めていたな」
「ネタ使うのは早いなぁ! おい!」
「久遠は、冬馬は女にしか興味ないだろ、ってフォローはしていたぞ」
「それはそれで悪意を感じるフォローだな! お前らそんなに俺を弄って楽しいか!」
「あぁ、楽しいよ」

 即答したのは今まで腹を抱えて笑っていた佳弥だった。

「お前は否定しろよ! お前も噂のマトだぞ!」
「いやぁ、こんなに笑ったのは久々で楽しかったよ。僕がじゃあ冬馬に告白されましたって噂を流せば完璧だね」
「俺の学園生活を地獄にするつもりか!」
「僕は勿論、そっちの趣味はないので丁重に断ったということにするから安心すればいい」
「お前だけ逃げるな! そんな噂を流されるくらいならお前も道ずれにしてやる!」

 冬馬と佳弥が仲のいい言いあいを始めた所で奈月が

「で、実際はどうなの?」

 真相を尋ねた。

「ナヅっちゃん、実際どうなの? もなにも、俺と佳弥は学園に来る前からの知り合いだ。幼馴染みたいな。で、佳弥が突然現れたものだから連れ出して学園に来た理由を聞いていたいんだよ。断じて告白したわけではない」
「ふーん」

 真相を尋ねながらも奈月には大した興味がないようだ。

「それがまさかこんな馬鹿げた噂が広まるとは思わなかったよ」
「人のうわさも七十五日。あと七十五日したら噂もなくなるでしょ」
「その間長いって」

 明日には噂がきれいさっぱりなくなることを祈る冬馬だった。

「じゃあ、真相も知れたことだし、俺と奈月はそろそろ部屋に戻るわ」
「ん? 閖姫と奈月は同室なのかい?」

 佳弥が問いかけると、奈月がこくりと頷く。

「……?」

 佳弥が首を傾げた。

「奈月は男の子なのかい? 僕はてっきり女の子だと思っていたのだが」
「…………さぁね」

 しばしの沈黙のち、奈月が曖昧に答える。佳弥はどういうことなのか、学園以前よりの知り合いである冬馬に尋ねる。

「ナヅっちゃんは性別不明っ子だよ。女性説と男性説が出るさ」
「俺は奈月と同室だから、奈月のことは男だと思っているけどな」

 冬馬に続いて閖姫が答える。奈月は性別を秘密にしているが、閖姫は男だと思っている。女性だと思っていたら、閖姫は奈月と変わらず友人関係ではあれど同室にはなっていない。

「へぇそうなんだ。冬馬はどう思っているのだい?」
「俺は、ナヅっちゃんは少女だと思っているけどな」
「僕も奈月のことはでは女性として見ることにするよ」

 そういって佳弥は立ち上がる。ブロンドの髪が流れる。しなやかな指先が扉のノブに触れて、扉が開く。

「じゃあ、またね。奈月、それに閖姫」
「うん……またね」
「あぁ、じゃあな」

 奈月が先に外へ出てから閖姫が続く。佳弥が軽く手を振ってから扉を閉めた。

「随分と手慣れているようで」
「佳弥は女性には優しいんだよ。そこらの男より紳士的だ」
「佳弥も男では」
「だから美貌と合わさって余計に持てる」
「暴君の冬馬より持てそうですよね」

 李真は苦笑する。流れるような動作で、女性として見た奈月に対して扉を開けたのだから、日常的にやっていることなのだろう。
 それを学園の女子生徒にやれば、佳弥に惚れる女子が大殺到しそうだなと李真は思う。

「さて、では僕もそろそろ部屋に戻るかな。冬馬、今度会話に出ていた十夜と久遠とやらを僕に紹介しておくれ」
「わかった。くれぐれもお前はそっちの人間だと思われないようにしろ」
「酷いなぁ。それじゃ失礼するよ」

 優美な動作で佳弥は部屋を後にした。


 後日、冬馬は佳弥に言われた通り、十夜と久遠を呼びだして佳弥に紹介した。

「初めまして、佳弥です。どちらが十夜で、どちらが久遠だい?」
「俺が十夜だ。小さいっていったらぶっ飛ばす」

 物騒なことを平然と言い放つのは、奈月と同程度の身長をしたミルキーホワイトの髪を持つ少年。垂れた兎の耳のような髪型とオールバックが特徴的だった。

「初めまして、俺は久遠。宜しく」

 十夜とは対照的に礼儀正しそうな少年は、174pある佳弥よりも高く、180pはある。瞳の下に出来た隈が印象的だった。
 佳弥は右手を差し出し、十夜と久遠交互に握手をした。

「所で、お前は冬馬とデキてるって噂は本当か?」

 十夜が自己紹介の後真っ先に問う。佳弥は苦笑しながら

「全く持って面白い噂だよね、お蔭で爆笑が出来たよ。素敵な噂に感謝だ」

 そういって否定した。

「今日も此処に来るまで冬馬と一緒に歩いていたら、不審な目を向けられたよ。全く、この学園は退屈しそうにない」

 学園生活を謳歌する気満々の佳弥に対して冬馬はため息一つ。

「俺は次にどんな噂が立てられるのか怖くて戦々恐々としているよ」

 そう告げた。佳弥は聞く耳を持っていなかったが。

「僕と冬馬はね、学園に来る前からの知り合いだったんだよ」

 十夜と久遠に、答えを示した。来る前の知り合いだったから、二人っきりで話をしただけだと、変哲もない普通の答えを。


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