零の旋律 | ナノ

Transfer students


 花火をやった翌々日、学園に転入生がやってきた。アルシェイル学園に転入生がやってくるのは別段珍しいことではなく、当たり前の日常だった。
 アルシェイル学園は優秀で且つ二十歳未満であれば何時の季節だって、何歳だってこの学園に入学出来るのだ。例え相手が犯罪者でももろ手を振って歓迎をするような所である。
 だから、肩より少し下で切り揃えられたブロンドの髪に宝石のようなエメラルドグリーンの瞳、男女両方を魅了するかのような整った顔立ちをした転入生が現れても別段不思議ではなかった。

「初めまして、佳弥です。宜しくお願いします」

 佳弥と名乗った少年は首元にフリルがあしらってある赤のワイシャツに、黒のネクタイをブローチで止めている。黒のスラックスは足の綺麗なラインを隠すことなく現していて、スラリとした体型は顔同様に整っていると言っても過言ではなかった。
 美形な転入生がやってきたもんだなぁ、がクラスの感想であった。
 ただ一人――その人物を見て驚愕をした冬馬を除いて。

「冬馬、どうかしましたか?」

 冬馬の顔が驚愕していることに気がついた隣の席である李真が問いかけるが返答はない。李真の声が聞こえていないようだった。李真は知り合いなのか――と不思議には思ったが、それ以上は追及しなかった。簡単に転入生が紹介された後は通常授業に移行するからだ。
 佳弥は教師に座る席を指定され、その場に行く途中――佳弥と冬馬の目線が一瞬だけあった。その時、佳弥は僅かに口元で笑みを浮かべていたのだが、それに気がついたのは冬馬一人だけだった。
 授業が恙無く終わると冬馬は転入生に群がりたい同級生を押しのけて佳弥の首元を引っ張って人気のない場所にまで移動する。
 李真は不思議に思ったが、冬馬の様子から察するに学園に入る前の知り合いなのだろうと思い影からついていくことは止めた。

 ――どうせ、理由があるんでしたら後で話してくれるでしょうし。


 廊下をずんずんと歩く目立つ顔二人の光景は異様に目立ったが冬馬は気にせずに進む。普段から視線になれているのもあるが、それ以上に他人の視線など目に入っていなかった。

「久しぶり――今は冬馬って名乗っているんだってね」

 人気がなくなった所で、佳弥が口を開く。

「アっ……じゃなくて、佳弥! おまっどうして学園になんて!? それ以前にどうして男装なんてしているんだ!? 元から男前なのは知っているけど!」 

 少年否――佳弥は少女だった。

「お家事情、というやつだよ」

 ウインクする姿は様になっていたが、その姿に冬馬は佳弥を殴りたくなったので軽く殴った。

「酷い。お家事情だって」
「そこはわかっているし納得したけれどな、ウインクが余計だ!」
「ふふっ、酷いなぁ。さて、是から宜しくね“冬馬”」
「あぁ、宜しくな“佳弥”。でお家事情だけじゃなく詳しく理由を離せよ」
「わかっているよ。君には全て話すつもりさ」

 冬馬と佳弥はアルシェイル学園に入学する前からの知り合いであった。故にお互いがお互いの素性を理解している。
 だから、冬馬は佳弥が素性を隠して――ましてや性別まで偽って学園にやってくるとは予想だにしていなかった。
 とはいえ、佳弥の男装に違和感を抱いてはいない。何せ、昔から佳弥は男前だった。何故男に生まれてこなかったのだろうと思うほどに、紳士的だったものだから、この学園で男装をしていても気がつかれることはないだろうと冬馬は判断する。

「冬馬……もっと人がいない場所に行こう。此処から先は君以外に話を聞かれたくはない」

 人気がないとはいえ廊下。何時階段から生徒がやってくるかわからない。誰に会話を聞かれるかもわからない場所で、これ以上の会話は出来なかった。

「わかっている。屋上へ行こう。そこで“結界”を張る」
「了解。流石頼もしいね」

 誰にも聞かれないように冬馬と佳弥は屋上へ移動する。人がいたら別の棟の屋上に移動しようと思っていたが運がいいことに誰もいなかった。
 冬馬は念の為結界を張る。魔術の詠唱をして組み立てた結界は外から攻撃をくわえられても余程のことがない限り破られることがなく、さらに音が漏れないための術式も組み込んだため、仮に悲鳴が上がった所で、会話が聞かれることはない。

「君は普段も、魔術師であることは公にしているのかい?」

 佳弥がふと疑問に思ってとう。結界の精度や技術は久方ぶりに見ても衰えている雰囲気はない。

「いいや、魔術師であることは隠してあるから、学園では魔術を使ってはいないさ」

 冬馬が本来得意とするのは棒術ではなく――『魔術』だ。魔術に限らず、治癒術以外の術は大抵得意分野に入る。だからこそ、術に関連する知識が豊富だった。けれど、学園内では自ら魔術を扱うのを封じていた。万が一魔術の腕前から自分の正体が魔術を得意とする大貴族トライデュース家の嫡男であることが露呈すると困るからだ。
 だが、今はトライデュース家の嫡男であることを知っている佳弥の前。故に魔術を使っても支障はない。

「わかったよ。では、僕も君が魔術を使えることは黙っていよう」
「そうしていてくれ」
「さて、詳細を話すとだね、お兄様のことで少しごたごたしているんだ」
「お兄様のことで? 王位継承権か? だが、お前が継がないのならお兄様だけで問題がないだろう」

 冬馬は首を傾げる。佳弥の兄――は現在第一王位継承者で時期王位につくことが決定している。本来ならばそれで揉めることはないはずだ。
 だが、順風であれば、第二王位継承者にしてアルシェンド王国の王女が身分と性別を偽ってアルシェイル学園に入学してくるはずがない。

「まぁそんなんだけどさ、問題はお兄様に婚約者がいないってことなんだよね。あとは貴族勢で一部五月蠅いのがいて、少しごたごたしている。お兄様は自分が関連したことで私に被害が出ないようにってことでこの学園に私は来たんだ。まぁ権力乱用だよね、お兄様が学園長と直接話して秘密裏に私の入学を進めていたんだから」
「あ……お兄様なら余裕でやるな」

 幼少期から佳弥の兄を知っている身として冬馬は遠い目をする。

「まぁ私としてもお兄様の決定に反論するつもりはないし、学生生活ってのを満喫してみたかったからね。この機会に満喫させてもらうよ。それに冬馬がいるって聞かされていたしね」
「……やっぱ俺がいるって知っていて来たんだな。お前は俺がいるのを当然のことのように思っていたし」

 佳弥が教室にやってきた時、冬馬は驚愕したが、佳弥にはそんな様子が微塵も感じられなかった。
 即ち、家出中である冬馬の所在を佳弥の兄は最初から知っていたことになる。

「勿論。お兄様が君はアルシェイル学園にいるって教えてくれてたよ」
「だよな……」
「まぁ君の実家には君がアルシェイル学園にいるとは教えていないみたいだから安心するといいよ。知っているのは私とお兄様だけだ」
「そうか」
「じゃあ、改めて宜しくね――冬馬」
「あぁ。くれぐれも女だってばれるんじゃねぇぞ」
「大丈夫だよ、一人部屋を特別に手配してもらったからね」
「ならいいけど。じゃあそろそろ戻らないと次の授業が始まる。俺としては遅れても構わないけど」

 冬馬は結界を解除して屋上から室内へ繋がる扉に手をかける。

「駄目だよ冬馬、授業にはちゃんと出席しないと」

 その後を佳弥が微笑みながらついて屋上を後にした。


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