零の旋律 | ナノ

Firework


 翌日、実技試験の結果が上位二十名まで廊下に張り出されていた。順位は何時もの如く不動のトップである閖姫、そして次点に十夜が名を連ねている。他の面々は順位が上下するが、この二人だけは閖姫と十夜が学園に揃って以来変わっていない。

「相変わらず閖姫凄いよね」
「十夜も凄いだろ」

 奈月が呟いた隣には冬馬がいた。閖姫だけを褒める奈月に、冬馬は苦笑する。閖姫には及ばないとはいえ、十夜の実力もこの学園内では飛びぬけている。
 それよりも、と冬馬の隣、奈月からみれば冬馬を挟んだ先にいる李真が続ける。

「奈月は全く実技授業に出ていませんし、真面目に試験を受けたわけでもないのに中間より上にいることのほうが不思議ですけどね」

 上位二十名の結果は公開される他、全員に個別の結果が紙で渡される。奈月の成績を李真は覗いて口にした。

「李真だって真面目に受けてない癖に上位にいるじゃん」

 李真も奈月程ではないが、実技授業が面倒な時にはよくさぼっていた。

「そりゃ、私は一応実技において優秀だと判断されてこの学園に入った身ですから、奈月より出来なかったら困りますよ。私が上位にいるのが嫌なら奈月も真面目に実技授業を受けたらどうですか?」
「やだ。そんな疲れることしたくない。僕は別に成績悪くても関係ないし」
「奈月は展開術式が得意ですもんね」
「おい、俺を間に挟んで俺を置いて話をするな」

 冬馬がそう言った時、予鈴がなったため、奈月はそそくさと授業のある教室へ移動していった。

「では、私たちも行きましょうか」
「あぁ、そうだな」

 冬馬と李真も移動する。先刻までは実技試験の結果に群がっていた生徒たちも次第にまばらになり、やがて廊下には誰もいなくなった。



 数日後の皐月二日に十夜が花火を買ってきた。
 アルシェイル学園は生徒が学園内で不自由なく暮らせるように、様々な設備がある。
 例えば食堂があり料理が出来ない、またはめんどくさい時に利用できるようになっている。種類も日替わりメニューから、バリエーションに富んだ料理が定期的に季節限定のメニューもあり、飽きさせることのない工夫がされている。自分で料理をするのが好きな人には新鮮な食材が豊富にそろっている食材専門の店がある。図書館には数万冊の書物があるし、書店も存在する。娯楽用品が取り揃えられた店もあるし、あらゆる服――果てはオーダーメイドまで可能な服飾店も存在し、学園の中だけで十分に暮らすことが出来る。それこそ、学園の外にある都市よりも最新の設備が揃い、必要なものから必要なのかと思われる設備までもが取りそろえられている。
 だから、季節外れでの花火が売っていた。

「花火買ってきたから花火しようぜ」
「季節外れじゃね?」

 久遠と共に閖姫の部屋を訪れた十夜が開口一番花火を見せながら言ったので、閖姫は思わず季節外れだと口に出していた。

「いーんだよ。楽しければいつやったっていいじゃねぇか」
「まぁそりゃそうだけど」
「というわけで決定な。是から冬馬と李真も誘ってくるからよ、夜に花火やろうぜ」
「あぁ。俺はいいよ。奈月もいいよな?」
「(閖姫がいうなら)いいよ」

 奈月の言葉で「いいよ」の前に含まれているだろう言葉を十夜は的確に読み取るが、特に何も言わなかった。奈月一人を誘ったのであれば断られるのは目に見えているからだ。花火は大人数でやった方が楽しい。

「じゃあ、夜の十時に寮の玄関で待ち合わせな」
「わかったよ」

 十夜は久遠を引きずりながら閖姫たちの部屋を後にした。


 十時の約束時間ピッタリに主催者十夜と巻き込まれた久遠、誘われた閖姫、奈月、李真、冬馬が揃っていた。十夜の両手には水がたっぷり注がれたバケツ二個を持っている。久遠の両手にはライターと花火があった。
 少し離れた場所に移動すると十夜はバケツを地面に下ろし、久遠から花火を受け取って一人一人に渡した。人数分用意されたライターもあり各自で勝手につけろということだろう。

「じゃっ花火始めようぜ!」

 十夜は真っ先に輝粒子がガラスケースの中に詰められその内部に描かれた陣によってボタンを押すことにより火が出る仕組みになっているライターを花火の先端に当てる。
花火に火がつき、七色の輝く粒が散らばる。

「七色!?」

 冬馬が思わず驚いて声を上げる。

「へへっいいだろ。七色花火っていうやつらしいぜ、最新なんだとよ」
「……へぇ」

 冬馬は何と感想を言うべきかわからず言葉を濁す。この手渡された花火も七色のなのだろうか、と思い火をつけると花火の先端から僅かに光が零れたと思うと、転々と光が零れ続け一メートル先で爆発したかのように突如光が大きく散った。

「うおっ! びっくりした! 十夜、是なんだよ!」
「色々バリエーションは揃えてあるぞ。俺が七色花火だけしか用意しないわけないだろうが」

 勝ち誇った顔をする十夜に負けた気分がしたので。冬馬は今の花火が終わってすぐに別の花火をつけた。此方は七色花火だった。
 三日月の光よりも煌々と明かりが照らす花火は儚くも美しい。

「急いで花火を消費する魂胆ですか? 風情がありませんよ」

 李真が冬馬に笑いかける。李真が持っている花火は蒼い花火だった。ぱちぱちと夜空に蒼の光が映るのは幻想的だ。

「はいはい。風情がなくて悪かったな」
「じゃあそんな風情がない冬馬に花火を二つプレゼント」

 久遠が新しい花火を手渡す。

「いや、これなんか嫌な予感しかしない花火なんだけど……」
「十夜が面白がって買った、冬馬の予感が当たる花火」
「誰が使うか!」
「いざとなったら治療はしてやるから安心しろ」
「不安を煽るなよ!」
「ははは」

 久遠は自分用に確保してある安全な花火に火をつけて花火の風景を楽しむ。

「おい、久遠! 自分だけ安全なのやるなよ!」
「冬馬、少し静かにしないと五月蠅いって怒られるかもしれませんよ」

 久遠に文句をつけると、李真が苦笑しながら注意をする。

「……なんか俺が悪者になってないか?」
「気のせいでしょう。さっ花火に集中しましょ」
「はいはい」

 李真に言われて冬馬は安全そうな花火を選んで静かに花火を再開した。
 一方、奈月は閖姫の隣に座って線香花火を楽しんでいる。

「あ……揺らしちゃった」

 奈月が地面に落下した花火の残り火を見ていると、閖姫が新しい線香花火を渡してくれた。

「有難う。閖姫」
「どーいたしまして。もっと派手な花火とかもあるけど、それでいいのか?」
「うん。僕こういうの好きだから」
「じゃあ、俺も一つやってみるかな」
「閖姫ならきっと最後まで行けるよ」
「よし、チャレンジするわ」

 閖姫と会話をしていた奈月の手元への集中がおろそかになり、線香花火がまた落下したが、今度は気にせず閖姫が線香花火をやるのを眺めていた。
 花火開始から三十分後、十夜が持ってきた花火が一通り無くなったのでお開きになった。冬馬が渡された危険かもしれない花火は結局十夜がやって遊んだ。怪我は勿論しなかった。


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