零の旋律 | ナノ

Usual every day


 部屋に閖姫が戻ると、奈月は既にベッドの中で寝息を立てて眠っていたので、その日は袋を自分の机の上に置いて、軽くシャワーを浴びて閖姫は眠った。

 翌朝、眠くて頭がぼーとしながらも、閖姫は何時もの起床時間に目覚める。
 もっと寝ていたいが、授業がある。常時サボりたい時はサボる思考の冬馬や奈月とは違い、閖姫は理由がない限り授業には欠席したくない。
 着替えようとシャツのボタンを一つ外したところで、反対側のベッドで寝ていた奈月が身動ぎをして、目をうっすらと開けた。

「おはよう。閖姫」
「あぁ、おはよう。奈月。そろそろ起きて着替えないと授業に間に合わないぞ」
「ん……わかった」

 奈月が上半身を起こし布団をどかすと、奈月の宝物である亜月と名付けられたぬいぐるみが顔を出す。ピンクの兎で可愛らしいのに何故か黒の眼帯を亜月はしている。
 奈月はだぼっとした黒の寝巻を着ていて、ローズレッドの髪はゆるやかなみつあみで纏められている。

「机……」
「ん? 机がどうかしたか」
「机の上にある、その袋って何?」

 奈月が半分までしか開いていない瞳を、閖姫の机に向ける。昨日カナリアからプレゼントされた白のフリフリドレスが入れられている袋だ。

「あぁ……そうだ、それ。俺と冬馬が貰ったんだけど……流石に俺らは着られないから、奈月に上げようと思って。貰い物を勝手に上げるのはいかがなものかとは思うし失礼だとも思うんだけど、でもこれは無理」

 閖姫がつらつらと喋るので、奈月は寝起きの頭を回転させて理解しようとするが、上手く理解出来ない。

「えと……?」
「あぁ悪い今のじゃわからないよな。というか俺の言い訳だし……。昨日、冬馬たちと会いにいったカナリアっていう少年がいるんだけどな、かなり変わり者というか純粋無垢というか……まぁ世間知らずで、人間は全員フリフリ衣装を着ていると思いこんでいるんだよ」

 閖姫は説明しながら、袋の中を開けてアイロンがけをされたかの如く丁寧に畳まれたドレスを一着広げる。
 まるで結婚式にでも着そうな豪華な刺繍に、レースやフリルがふんだんにあしらわれていた。

「……これを、閖姫に?」
「あぁ。プレゼントされた。冬馬の分もある」

 そう言って指をさしたのは未開封の袋だ。

「で、俺と冬馬は流石に着たくないわけだ。で、奈月着ないかなと思って」
「僕、スカートの類は着ないんだけど……」

 けれど、と奈月は続ける。

「でも、その服素敵」

 ゴシックロリータ―調の服装を好む奈月は、普段黒系の服を中心に着ているが、洗練されたデザインのドレスは純粋に素敵だと思えた。

「じゃあさ、少し改造する形になっても構わないから貰ってくれないか。折角、プレゼントされた物そのまま部屋の奥底に眠らせておくのは悪いし、奈月が活用してくれると嬉しいんだけどな」
「……わかった。けど、いいの? 僕が貰っても」
「勿論。奈月なら似合うよ」

 笑顔で閖姫に言われ、奈月は小さな声で有難う、と返答した。
 こうしてカナリアのプレゼントは奈月の元へ渡ったのだった。


 冬馬はあくびをしながら、選択授業へ出席すると机の上に伏している友人を見つけた。
 手にしている本で頭上を軽くたたくと睡眠中だった友人は顔を上げる。

「あぁ……おはよう。冬馬か、誰かと思ったよ」
「おはよう。また、十夜の奴に朝まで付き合わされていたのか?」
「あぁ……昨日、戻って来てから物足りないからポーカーやるぞ、今すぐやるぞって誘われて、寝てないんだ」

 ふわぁと冬馬以上に眠そうな欠伸をする。艶やかなブラックの髪を揺らしながら、友人こと久遠は答える。髪と同じブラックの瞳は眠そうにまどろんでいる。
 アルシェイル学園の学生服は正装とそれ以外があり、式典といった場では正装することが義務付けられているが、それ以外の場では自由に制服を改造して構わなかった。冬馬は、白の首元と手首にフリルがついたシャツに黒のスラックスをはいている。皆好き勝手に自分好みに改造している中で久遠も例にもれず多少改造はしていたが、しかし黒のワイシャツに、白のネクタイ、それに白のブレザーとスラックスをはいた組み合わせは殆ど正装と変わらなかった。
 久遠の身長は178pの冬馬より高く180pある。顔は常に寝不足で取れることのない隈が目の下にはっきりとこびりついている。寮は例外を除き二人一部屋が決まりで、閖姫が奈月と、冬馬が李真と同室であるように、久遠は十夜と同室であった。
 そしてゲームの類が大好きな十夜は、毎日のように久遠を巻き込んで夜中ゲームをしているのだ。

「げっ十夜の奴あの後まだ元気にゲームをしていたのかよ。俺なんてすぐに寝たのに。それでも眠くてあくびが止まらないのによ」
「十夜は今、元気に実技授業で閖姫と組み手でもしているんじゃないか」
「まじであいつはどんな体力しているんだよ」
「十夜は徹夜で寝てないのに元気とかほんと、十夜の身体の構造が気になるわ」
「ほんとだよなぁ……あ、予鈴だ」

 授業開始を知らせる五分前の予鈴が時計塔から流れてきたので、冬馬は久遠に後でなと手を振ってから席についた。久遠は冬馬が席から離れたのを見て、また机に伏して睡眠を取り始めた。
 毎日のように夜明け近くまで十夜にゲームを付き合わされる久遠は、不本意ながら午前中の授業を睡眠時間とすることで睡眠時間を確保していた。それでも目の隈は消えないのだが。



 数日後、午後最後の授業科目、実技授業には珍しい姿があった。

「ナヅッちゃん、どうしたの。珍しいじゃん」

 冬馬が珍しい姿――実技授業は面倒だからほぼ全て欠席しかしない奈月がこの場にいたのだ。閖姫の隣に並んでいる。

「……今日は、試験じゃん……」
「あぁ、成程。そういやナヅッちゃん、試験日だけは出席しているんだったな」

 実技授業は面倒だからほぼ全て欠席をする奈月だが、それは通常授業の時だけで、試験の日にはちゃんと出席していた。奈月いわく面倒だけれど試験くらいは出ろと言われているからだそうだ。

「じゃあ、閖姫。また後でね」
「あぁ。って一緒にいないのか?」
「十夜が閖姫の相手はするでしょ。僕はどっか別の人を見つけるから」
「まぁ、俺の相手は十中八九十夜だよな」

 閖姫は苦笑する。通常の実技授業の時でも組み手相手がフリーだった場合、九割九分の確率で閖姫の相手は十夜だった。これで試験の時だけ違う、とはならない。
試験は、最初好きな相手と組み手をする。次に先生方が適当にくじ引きで決めた相手同士で組み手をする。後者の方はまだ発表されていないため、好きな相手をそれぞれ各人選んでいるのだ。

「というわけで、また後でね」
「俺も相手見つけてくるわ。ってか、相手見つかってないなら面倒だからナヅッちゃん、俺とやらない?」

 冬馬はふと変に相手を選ぶより奈月と組んだ方が早いと思いつき、何となく問う。

「…………」
「駄目か?」
「ううん、冬馬ならいいよ」
「なら何故間があったんだ……まぁ宜しく」
「うん」
「じゃあ、閖姫後で」

 冬馬は奈月と共に閖姫の傍を離れていく。ポツンと一人になった閖姫に声をかけてくる人物は当然十夜だった。
 別の場所で久遠は誰か相手をしないかあくびをしながら、歩いていると同じ弓を武器として使用している知り合いが見つかったので一緒に組み手をすることになった。
 李真は特に誰かへ声をかけることもなく、一人で佇んでいたら声をかけられたので、その人物と組み手をすることにした。

 数分後、試験が開始される。
 閖姫と十夜の刀と槍がぶつかり合う。巧みな技巧が交錯しあう。位置が点々と代わり、目まぐるしく戦局が動く激しい攻防をしている中で、冬馬と奈月は適当に棒とナイフが交錯する。閖姫と十夜がハイペースならこちらはローペースだ。やる気の欠片すら感じられない。適当に流している感は満載だ。試験で適当に流す学生は殆どいないが、冬馬と奈月の他にもう一人、李真も適当に流していた。とはいえ、一目で流しているとわかる冬馬と奈月とは違い、よくよく見ないと流しているとは感じられないように工夫はされていたのだが、それでも試験管の目はごまかされないだろう。せいぜい、対戦相手の目をごまかせるくらいだ。
 十夜の槍が弾き飛ばされた所で、最初の試験は終了した。閖姫と十夜が終了の合図なのではなく、二人の試合が毎回一番時間がかかるため、何時も最後の一組みになるのだ。

「あーっ! くっそ! また負けた!」

 十夜が悔しくて床に座り込み床を殴った。今まで閖姫に挑み続けて最早何度目かわからないほどに負け続けている。

「さて、閖姫と十夜も終わったようですし、次に移りますよ」

 疲れて呼吸の荒い十夜と閖姫が休息をつく暇もなく教師が次の実技試験へ移りだした。

「俺らに休憩なしか……」

 閖姫が思わず呟く。
 恙無く次の実技試験内容も終わると、閖姫の元へ奈月がやってきた。

「お疲れ様」
「あぁ、奈月もお疲れ」
「うん。僕疲れちゃったよ」

 にっこりと笑う奈月の額には閖姫とは違い汗一つ流れていないし、息一つ乱していないから、真面目に取り組んでいないことは一目瞭然だったため、閖姫は苦笑する。

「奈月、今日の夕飯は何が食べたい?」
「閖姫が作ってくれるものなら何でもいいよ」
「何でも作ってやるよ」
「有難う。じゃあ……えっとね、ミートソースが食べたいな」
「わかった」
「有難う、僕嬉しい」

 閖姫はミートソースを作る材料が部屋に有るかを考える。一通りの食材は揃っていたはずだから、買う必要はないと判断して奈月と共に部屋へ戻った。
 運動して汗をかいた身体を洗い流してから調理をしようと思い、先にシャワーに入ってさっぱりする。

「奈月、次どうぞ」
「うん」

 奈月も久々に運動したからか、閖姫の後シャワーに入った。奈月がシャワーに入っている間に、閖姫はミートソースの調理を始めた。


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