零の旋律 | ナノ

Destination


 カナリアの実家フェルティース家への道中は冬馬の道案内ですんなりと到着した。
 相変わらず寝静まった時間帯で、本来ならばこんな時間に年下の――それも貴族の御子息を訪ねるのは礼儀知らずだが、安全に学園から外へ出る偶には夜遅い時間でなければならない。
 冬馬が先頭に立って、夜でも見張りをしている門番に話しかける。
 冬馬たちの名前を聞いたら昼夜問わず通せと言われているのか、あっさりと屋敷へ入れてもらうことが出来た。
 屋敷に入ると、カナリアは寝ていたのだろう瞼をこすりながらエントランスにやってきた。

「悪いな、寝ていたのに」

 冬馬が声をかける。初めてカナリアを見た十夜は、冬馬が可愛い少年に会いに行かないかといってきた意味が理解出来た。ゆったりとした寝巻は真っ白で汚れ一つない。フリルがあしらわれていて上下が一緒になっている。長い髪は左右でゆったりとしたみつあみが膝下まである。少年と予めいわれていなければ、少女にしか見えない外見だった。カーマイン〜レモンイエローのグラデーションになっている瞳が印象的だった。儚い印象を与える長い睫が瞬きをする。

「ううん、冬馬お兄ちゃんや閖姫お兄ちゃんが遊びに来てくれるなら何時だって歓迎だよ!」
「なら、良かった」
「久しぶり、カナリア」
「うんっ!」

 カナリアがパタパタと閖姫に近づき抱きつく。フローラルな香りがカナリアの髪の毛から漂ってくる。

「あれ? そっちの……おにい……ちゃんは誰?」
「あぁ、こいつは十夜」
「冬馬お兄ちゃんか閖姫お兄ちゃんの弟?」

 ぴきっと額に青筋が立てる音がリアルに閖姫と冬馬の耳には聞こえた。いい出したのが相手が年上や同世代であれば、それは、俺がチビってことかぁあ!?と叫びながら殴りにかかったのだろうが、相手は年下でしかも外見は少女しかも貴族の御子息。十夜の自制心が働いたのか拳が震えるだけで終わった。

「いや、同級生だよ、カナリア」

 冬馬が苦笑しながら訂正する。

「そうなんだ、ごめんね。十夜ちゃん」

 空気が一瞬だけ固まった。

「あ……あぁ別にいいよ」

 十夜はそれでも大人な対応を見せた。拳を震わせながら。
 冬馬や閖姫のことはお兄ちゃんに対して、カナリアが十夜のことはお兄ちゃんのお兄の部分をとってちゃん付けだけにした辺り、同世代と見られてはいないようだ。

「そうだっ! 此処でお喋りしてても、あれだから僕の部屋においでよ。プレゼント用意してあるんだ。あ、でもごめんね。十夜ちゃんの分はないから今度用意しとくね」
「いや、別に俺はいきなり訪ねてきたわけだし、そんな気を使わなくていいぜ」
「そう? ううん、でもやっぱり用意しとくから」
「ありがとな」

 十夜は自分よりも身長が小さいカナリアの頭を優しく撫でると、嬉しそうにカナリアは微笑んだ。
 カナリアの部屋に案内される。開け放たれた室内を見て、十夜は一瞬だけ踏み入れるのを躊躇した。
 何故ならば、部屋の内装は白のアンティークで統一され、少女が喜びそうな可愛らしい小物が飾られていたからだ。華美ではなく上品な雰囲気が漂う部屋は、まさしく深層の令嬢が住んでそうであり、外見が少女とは言え少年の部屋とは思えなかった。
 ――まぁ、カナリアの外見が少女だから違和感はねぇけど。
 そして、何より気になるのは――真中に置かれた二つの服だった。
 冬馬や閖姫は背中に冷や汗が流れるのを感じつつ恐る恐る部屋に足を踏み入れる。冬馬と閖姫が足を踏み入れたので十夜もそれに続く。

「見てみて!」

 真っ先に見せたくて真中に置かせたのだろうその二つの服を指差してカナリアがはしゃぐ。

「……えと、カナリア。それはなんだ?」

 冬馬が視線を明後日の方向に移動させながら問うと

「勿論、冬馬お兄ちゃんと閖姫にお兄ちゃんの服だよ!」

 満面の笑顔でカナリアは答えた。
 その二つの服は、上から下までふんだんに上品なフリルがあしらわれた白のドレスだった。閖姫が恐る恐る触れてみると、生地がしなやかで肌触りが抜群だった。デザインを重視されて設計された衣装はオーダーメイドであることが、服飾に詳しくない閖姫でもわかるほどに繊細に、作られていた。そして、そのサイズはカナリアが着るには大分大きい。そう――丁度、閖姫と冬馬が着るのにピッタリなサイズだった。

「プレゼントしたくて頼んで作ってもらったんだ」

 ――誰だ、そんな余計なことをしたのは!
 ――誰だ、そんな余計なことをしたのは!

 内心で冬馬と閖姫がほぼ同時に叫ぶ。カナリアが少女趣味な服を着ている分には問題ないし間違われた知識を植え付けられていても、カナリアがフリフリのドレスを着る分には支障がない。
 けれど、それを冬馬と閖姫にまで持ってこられれば大問題だった。
 輝きすら放っている高価な白いドレスを着た姿をお互いに想像すらしたくなかった。これを着るのが女性であれば歓喜するほどに美しかったのだろうに、野郎が着た所で嬉しくもない。吐き気がするだけだ。

「え? これ俺、着るの? 十夜着ない?」

 冬馬は着たくない、けれど直接カナリアに断ることが出来なくて気がついたら視線が十夜に移動していた。

「誰が着るかボケ」
「いや、ほら俺の中で一番違和感なさそうじゃん、身長的な意味で」
「よし、そこに立っていろ。頭と足をスライスして身長を下げてやるから」
「いやいや止めてよ」
「安心しろ、動かなければ手元は狂わん」

 十夜愛用の武器である槍は手元にないが、じりじりと近寄ってくる十夜の手にはないはずの武器が厳格として見えて冬馬は慌てて目をこすった。

「と、とにかく。カナリア、プレゼントはありがとう。でもちょっと着るのは遠慮しようかな……」
「そうそう、俺たちが着ても似合わないし、カナリアみたいな可愛い子が着るもんだよこういうのは」

 冬馬が無理矢理話題を変えて、閖姫がフリフリの白いドレスを着ないように懸命にカナリアへ伝えようとする。

「……せっかく……作ってもらったのにお兄ちゃんたち来てくれないの?」
「うっ……」
「うっぐ……」

 上目遣いでカナリアが見つめてくるものだから良心は痛んだが、それでもここでじゃあ着てやるよ! 有難うといえるほどの勇気はない。

「えっと、ここで着るのは恥ずかしいから学園に持って帰って(似合うやつのために)有効活用するよ。どうだ?」

 冬馬は此処で着ることだけは回避しようとカナリアの説得にかかる。

「ほんと? きてくれるの?」
「折角カナリアが俺たちのために用意してくれたんだ、(似合うやつが着るのは)当たり前だろ」

 重要な部分を省いた台詞だが、カナリアがそれを察知出来るわけもなく

「わかった、じゃあそれでいいよ。お兄ちゃんたちに着てもらえるなら僕は満足だから。今度感想お願いね」

 純粋無垢な疑うことを知らない笑みでカナリアは納得した。

「あぁ。(似合う奴がきた)感想を言うよ」

 冬馬や閖姫の良心が痛むが、良心よりも、この白いフリフリドレス(高級品)を着ることが回避出来てほっと胸をなで下ろす。
 十夜はそのやりとりを見て、最初に知り合った時に自分がいなくて良かったと心底ほっとする。自分用のサイズで白いドレスが作られていたらと思うと背筋が凍りそうだった。
 白いドレスを回避出来た後は、深夜にも関わらずメイドが出してくれたお菓子を食べて談笑したり、十夜お得意のゲームを数度やったりして時間を過ごした。

「じゃあ、また遊びに来るよ。カナリア」
「うん。待っているね、お兄ちゃんたち」
「あぁ、じゃあなカナリア」
「それじゃ、またな」

 次に来られる日はわからないが、また来ると約束だけをして、フェルティース家の屋敷を後にする。

「前回はばれたけど、今回はそうはいかないぞ」

 学園と外を繋ぐ秘密の通路の前で冬馬が変に意気込む。前回、教員に見つかってしまったことは冬馬にとって失敗だった。今回もばれたら反省文や何故か学園に存在する牢に半日入れられるだけでは済まないだろう。閖姫や十夜は反省文だけで済むかもしれないが――そこは仁徳の差という奴だ。
 もしばれても閖姫や十夜に罰が行かないよう前回同様冬馬が先頭をきる。閖姫が最初、俺が先頭を進むよと申し出たが冬馬がはっきりと拒否する――自分は暴君だから構わない、と。
 狭い通路の中を通って、学園の敷地に冬馬は慎重に足を踏み入れると周囲に人の気配はないし、誰かが隠れている様子もない――気配を隠していなければ、だが。
 とりあえず安全だと冬馬は判断して閖姫たちに手で合図を送る。閖姫と十夜が学園の敷地に足を踏み入れる。月灯りだけが頼りの薄暗い中を慎重に進んで、寮へ戻る。
 寮に戻ったところでほっと一息冬馬はついた。

「今度はばれなかったな」
「そうだな」
「まぁこのスリルはスリルで楽しいけどな」
「そりゃ十夜がギャンブル好きなだけだろ」

 冬馬の言葉に閖姫が同意する。

「人をギャンブル中毒のような言い方するんじゃねぇよ。さて、俺は部屋に戻る。深夜に部屋の外でうろうろしていて寮監に見つかっても面倒だしな。じゃーな、今日は楽しかったよ」
「また次も行こう。そうしたら十夜ピッタリのドレスが出来あがってるから」
「次に行くのは構わないがドレスはいらねぇよ。冬馬こそ大事に包装された服の中身着てやれよ」

 冬馬の手に握られた袋の中には、カナリアからのプレゼント――白いドレスが入っている。同様に閖姫が持っている袋の中にも、だ。

「大丈夫だ、これは俺の知り合いにプレゼントする」

 きっぱりと言い放つ冬馬に、十夜は

「何、奈月にでもプレゼントするのか? 丈が足りないだろ」

 冬馬の知り合いで且つ、白のフリフリドレスが似合いそうな人物として真っ先に挙げられるのは閖姫と同室の奈月だった。

「いや、奈月には俺が……」

 閖姫が会話に加わる。閖姫の知り合いで且つ――以下省略。やはり奈月だった。

「ってお前ら二人とも奈月に着てもらおうとしているんじゃねぇかよ」
「ナヅッちゃん以外に、俺の知り合いでこんな服を着てくれそうな人がいない」
「暴君はそこら中に女子はべらしているんだから女にプレゼントしてやれよ」
「一人を特別扱い出来ないだろう」
「うわっぶん殴りてぇ苛立たしさだ」
「じゃあ、閖姫と俺二人から奈月に上げよう」
「そうだな、そうしよう」

 閖姫と冬馬の意見が一致する。

「いや、その前に奈月、スカートの類ははかないだろ」

 ボソリと十夜が呟いた言葉は、自分が白いフリフリドレスを着ることに全力回避しようとしている男二人の耳には届かなかった。
 冬馬は閖姫に同室の奈月に渡してと白いフリフリドレスを託した後、解散した。


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