零の旋律 | ナノ

Again


 カナリアという少年に出会って、黒服の人間に殺されかけて――そんな何処か非日常的な体験とは違う、日常が過ぎ去っていく。
 一週間後、机に伏して寝ていた冬馬は突如思い立ったように顔を上げる。視界に捉えたのはマーリ―の髪をした人柄のよさそうな閖姫だ。椅子から立ち上がり、教室前方に座っている閖姫に近づく。

「どうした?」
「一瞬間たったし、カナリアが今どうしているか見に行かないか?」
「いいな。しかし、いいのか? この間見つかったばかりだろ」

 次も見つかれば――自分への不安ではなく、冬馬を気にかけての言葉だったが

「んなもん問題ねぇよ。第一、一度見つかったくらいで懲りるようなら“暴君”なんて呼ばれるかよ」

 誰に向けてか嘲笑する姿は、その見目麗しい容姿も合わさって暴君のようだった――否、実際に暴君と呼ばれている。

「じゃあ行くわ」

 カナリアのことが気になっているのは閖姫も同じ。冬馬が問題ないと言えば拒否する理由は存在しない。

「じゃ、また夜に。そうだ、ナヅッちゃんも誘ったら来ないか?」
「奈月か。どうだろう、とりあえず誘ってみるよ」
「白と黒で似合うと思うんだよ」
「はは……確かに」

 閖姫は白のロリータのような服を着ていたカナリアと、黒のゴシック系の服を好んで着る奈月が並べば確かに白と黒で映えるな、とその場面を想像する。

「ってか、それこそ李真はこないのか?」

 冬馬と同室である人物の名前を挙げる。
 基本的に李真と冬馬は一緒に行動をすることが多い。とはいえ、選択授業では受けている科目が違ったり、面倒な授業はお互いにサボることが多いので、常に一緒というわけではない。現時点でも一緒にはいない。

「李真は来ないよ。規則違反は気にしないやつだけど、学園の外には出たくないとさ」
「成程。まぁ無理強いする必要はないしな」
「そうそう。じゃあ、前回と同じ時間に」
「了解」

 内緒話を終えてから冬馬は自分の席に戻って再び眠りを堪能し始めた時、タイミングを見計らったように授業開始の音が鳴った。


 一日の授業を終えて、閖姫が自室へ戻るとそこには既に同室である奈月がベッドに座っていた。

「閖姫、おかえり」

 少年とも少女とも取れる中性的な声色が温かく閖姫を迎える。

「ただいま。なぁ奈月、今日の夜、学園の外に冬馬と遊びにいくことになったんだけど来ないか?」
「外……。ううん、僕はいいや。閖姫、楽しんできてね」

 一瞬だけ思案した素振りをしたが、奈月の中で学園の外に出る、という選択肢は最初からなかったのだろう、声に迷いがない。

「わかった」

 断るのならば無理強いをする必要はない。

「行きたくなったらいつでも行ってくれ」
「うん、そうするね」

 奈月はぎゅっと、亜月という名前が付けられているピンクの兎ぬいぐるみを抱きしめた。ローズレッドの髪は腰まであり、普段は左側に纏めて緩く縛ってあるのだが、今は下ろしていた。瞳はカーマイン。年の割に大きい瞳は黙っていれば愛嬌を感じさせる。右目は治療用眼帯をしており、右目はうかがい知ることが出来ない。何故眼帯をしているのか、その理由を閖姫は知らないし、尋ねたこともない。
 華奢な身体は握ったら折れてしまいそうに細い。身長は十夜より少し低いくらい。十夜は厚底を履いてその状態だから、厚底を脱いだら奈月の方が高いだろう。
 声と同じく中性的な容姿は性別をわからなくする――実際、奈月は性別を公言していないため、奈月の性別を実際に知っている者など極僅かだろう。閖姫はその中に入っていない。
 とはいっても、閖姫は奈月のことを少年だと思っている――少女だと思っていたら同室には流石になっていない。しかし、少年だと思っている閖姫とは違い、冬馬は奈月のことを少女だと思っているようだった。噂によるとやや少女説の方が有利らしい。

「じゃあ、夜に俺が出かけるまでは暇だし……何か夕飯作ろうか?」
「うん。閖姫の作るものなら何でもいいよ」

 はにかむ笑顔は確かに少女のようだ、と閖姫は思い、やっぱりカナリアと並べたら面白いんじゃないだろうかなんて思ってしまう。

「こっそり出かけるんだし、奈月が好きな物を作るよ。何食べたい?」
「じゃあ、カルボナーラが食べたいな」
「わかった。腕によりをかけるから待ってろ」

 寮の部屋にはキッチンも常備されている。相部屋なので、部屋の左側は奈月が、右側は閖姫が半分ずつにして使用している。ベッドも両側左右に、机も同じように置いてある。
 そして、入口に近い右側にキッチンが常備してあり、学食も朝の五時から夜の十時までは開いているが、自炊するのを好む学生は、部屋のキッチンで料理をする。材料は寮から徒歩二分の距離に店があり販売してある。カルボナーラを作る材料がなければ買い出しにいこうと思ったが、材料はピッタリ揃っていた。
 ――そういや、今度奈月にカルボナーラを食べさせようと思って準備していたんだっけ。
 そんなことを思い出しながらさっそく料理に取り掛かる。


 欠けた月が夜空の灯りとなる深夜、待ち合わせの場所に閖姫が向かうと、冬馬の他にもう一人いた。
 冬馬より十センチ以上小さい身長ながらも体格は細身の冬馬よりしっかりとしている。たれ耳のような髪型が特徴的な十夜だった。

「何、十夜も一緒にいくのか?」
「折角だから誘ってみた」
「俺は最初、冬馬が野郎趣味なのかと焦ったよ」
「は?」

 十夜の言葉に閖姫は目が点になる。

「何、冬馬は男が好きだったのか?」
「違うっての。ただ、俺の言い方が悪かっただけだ」

 十夜の引いた表情を思い出したのか冬馬は額に手を当ててため息をついた。

「どんな言い方をしたんだよ」
「『十夜、今日可愛い少年に会いに行かないか』って誘われたんだよ」

 答えない冬馬の代わりに一言一句間違えず十夜が答える。

「そりゃ、俺だった勘違いするわ。普段暴君とかいって女はべらしているのにいきなり可愛い少年に会いにいかないかって……」

 ぷぷ、と我慢できず閖姫は笑いだした。

「言葉が足りなかったのは認めるが笑うな。ちゃんと誤解は解いた」
「まぁカナリアが可愛いのは事実だけどさ。笑いが欲しい時のネタに貰っとくよ」
「貰うなよ。って……あんまり此処で騒いで見つかったら意味ないか、いくぞ」

 冬馬が無理矢理会話を終わらせて先導をきる。
 前回の抜け道に何か教師が仕掛けをしていないか入念に冬馬が確認する。

「魔術使わない癖に、なんで知識だけは豊富なんだよお前」

 十夜がそう問う。
 物理的な仕掛けを教師たちはしないだろうと判断し――物理的な仕掛けでは目立つからだ――ならば目立たない魔術、輝印術、展開術式、生命術付近、番外で古代魔術を使用するのが効率的だ。
 それらの知識を有する――展開術式に関しては冬馬の得意分野ではないため知識としては聊か知識不足だがそもそも展開術式では仕掛けをすることはないだろうと確率的に判断し、主に魔術の仕掛けがないかを知識で分析していた。
 普通、魔術の知識を持つ者は、魔術を扱う。
 知識だけもち、扱わないのは理にかなわない。だが、冬馬は魔術、輝印術、生命術に関して特に詳しい知識を有しているにも関わらず魔術は一切扱わなかった。
 本人いわく不得意だから知識の身に特化することになった、だそうだ。真偽のほどは不明だが、問い詰める必要はないと十夜も閖姫も判断している。
 此処はアルシェイル学園、優秀であればそれだけで――いい。

「……どうやら、使われていないみたいだな」

 入念に調べた結果、術が使われた痕跡はなかった。冬馬たちは意気揚々と学園の外へ出た。



 ――寂しいよ。寂しいけど行かないでとは言えない。

「寂しいのでしたら一緒に行くと言えば良かったじゃないですか」

 寝静まった寮内の一室は寝静まっていなかった。
 灯りは消えているため、月明かりがカーテンを閉めていない窓から差し込むだけが部屋内を照らす灯りだった。
 ローズレッドの髪がベッドの上で乱れている。奈月は兎のぬいぐるみである亜月をぎゅっと抱きしめる。抱きしめると荒んだ心が僅かに落ち着く気がする。視線だけは窓枠に座っている人物へ向いていた。

「ふんっ。僕は外になんて出ないよ」
「それは私も同感ですね。でも、そうやって拗ねていたって仕方ないじゃないですか。何処にも行って欲しくないから、やだ行かないでって駄々を捏ねればいいものを」

 その人物――冬馬の同室である李真は面白そうにからかう。
 アイスグリーンの髪は瑞々しい。肩につくかつかないかの長さで揃えられているが、左右一房ずつ、独特の跳ねかたをしており、さながらネコミミのようだった――やや下方だが。その瞳は独特の色合いをしており、カーマインからレモンイエローに虹彩が変化している。

「五月蠅いっ!」

 奈月はベッドから起き上がり、隠し持っていたナイフを躊躇なく投擲した。それは李真の顔面へ向けられて放たれたものだが、李真はそれを指と指の間に挟んで止めた。

「……人様に武器を向けるなんていい度胸だな」

 柔和な表情が一変、意地悪く微笑むと、奈月はびくんと肩を揺らした。

「ふん。李真が悪いんでしょっ」

 ぷいっとそっぽを向く奈月は怯えながらも強気だった。何故ならば――李真の性格の悪さを奈月は知っているから。普段は温厚な人当たりのいい性格をしているが、その実李真の本性はあくどい。

「まぁ……何かして冬馬に五月蠅く言われるのも御免ですし、何もしませんよ」
「……何で李真は僕の部屋に来たのさ。さっさと部屋で寝ればいいじゃん」
「それもそうなんですけどね、眠気もないし暇だったもので」
「暇だからって僕の部屋に来ないでよ」

 奈月の態度は何処か冷たい。閖姫に見せた無邪気な笑顔とは全くの別物だった――


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