零の旋律 | ナノ

Opposition


「閖姫―。次は何の授業だ?」

 歴史学の授業が終わった後、冬馬は質問する。

「次は体育実技だ。その次は選択だから、冬馬の授業まで覚えてないぞ」
「覚えろよそれくらい」
「お前の授業だろ! 俺が覚える必要はない」
「なんで、俺がお簿なきゃいけないんだよ」
「お前の授業だからだ!」

 アルシェイル学園における授業は、必修と選択に分かれている。
 基本的に全ての分野における基礎的学問は必修であり、そこから発展した科目は選択をする。選択の仕方は己が得意とする分野や、興味がある分野を選べるが、アルシェイル学園絶対の理念は“優秀”であることだ。優秀であれば、アルシェイル学園は、貴族王族、一般市民、他国民、犯罪者、指名手配犯、誰だろうがどんな理由であろうが拒むことはしない。どんな理由であれ、なんであれ“優秀”であれば問題がないのだ。
 だからこそ、学園に入学したからといって“優秀”であることを発揮できなければ学園にはいられない。
 故に、選択科目は自らが得意とする分野を選択する者が大多数だ。己が得意の分野をさらに極めて優秀であることを誇示する。全ての分野に等しく秀でている必要性はない。ただ一つの分野で構わない。何かしらにひいでていればそれでいい。
 運動が全く出来なくても、歴史に造詣が深ければそれで構わない。
 勉強が全く出来なくても、卓越した運動神経を誇れば構わない。
 運動も勉強も駄目でも、類まれなる服飾技術があればいい。
 日常生活が送れなくても、逸脱した技能があればいい。
 アルシェイル学園はそう言った類の所だ。
 だから、閖姫は剣術――ひいては運動神経抜群が故に、此処にいるし、冬馬は学業が優秀だから此処にいる。

「体育実技かぁ。だるいな。サボるか」
「サボるな。真面目に受けろ」
「暴君に真面目という語録は存在しない」
「暴君を言い訳に使うな。ほら」

 校則違反を嫌わない閖姫ではあるが、基本的に閖姫は真面目だ。面倒だ、という理由で授業をさぼることはしない。故に、教師は閖姫が冬馬と一緒に学外へ出ていたとは露にも思わないし――思っていたとしても表だって罰則することもない。
 閖姫に首根っこを掴まれて渋々冬馬は体育実技に参加することにした。本音を言えば、屋上で睡眠をとりたかったのだが、閖姫から逃走する体力消費を考えれば大人しく体育実技に参加して適当に手を抜いてやればいい。冬馬は別に体育実技の成績が悪いからといって気にする必要はない。とはいっても冬馬は冬馬である程度以上の実力を発揮しているのだが。

「閖姫! 俺と組み手するぞ」

 室内競技場に到着すると、閖姫に真っ先に声をかけてきたのは、閖姫と同い年というには身長が低い。ミルキーホワイトの髪はオールバックに近い髪型に、左右にたれ耳の如く太股付近まで流れている。エメラルドグリーンの瞳は、その身長に合わせてか、険しい表情とは裏腹に大きく童顔にすら見える。ワイシャツにズボンというラフな出で立ちに、右手には相手を殺傷しないように鞘がつけられた槍を持っている。黒のローファは身長の低さをカバーするためか、やや底が厚い。その身長だが、160を少し越した程度だ。とはいっても、厚底の靴で身長を笠まししているため、実際は160に届かないだろう。その人物の名前は十夜。

「わかったよ。冬馬とやろうと思っていたんだけどな」

 閖姫は苦笑しながら十夜の申し出に同意する。対する冬馬は心底ほっとした。アルシェイル学園の実技能力トップの閖姫の相手をさせられたら、手を抜くどころか全力でやって負けるしか選択肢がなくなってしまう。そんな体力の浪費を回避出来て、毎度閖姫に性懲りもなく挑む十夜に心から感謝をしてそそくさと逃げた。

「あ、冬馬逃げたな。あいつ」

 十夜としては閖姫が自分と手合わせしてくれるならそれでいいため、冬馬が何処に逃げようが屋上でサボろうが興味はない。
 程なくして授業開始のベルが鳴る。
 体育実技担当の教師がやってきて何時も通り組み手のルールを説明する。十夜と閖姫はお互いの獲物――十夜は鞘のついた槍。閖姫も鞘から抜かない刀を持ち退治する。
ふと、辺りを見渡すと冬馬は別の相手を見つけたらしく、棒を構えていた。
 因みに、閖姫の同室の人物はサボりで、冬馬の同室の人物は、冬馬とは別の相手といる。十夜の同室の人物もまた別の相手と一緒だった。
 教師が始め、の合図とともに十夜は一歩を思いっきり踏み込み距離を縮める。槍という長い獲物だが、そんなこと関係ないと言わんばかりに相手の懐へ入り込もうとするが、閖姫は巧みな足さばきで、移動したのかと疑われる程に音もなく後方へ後退し、距離をとる。

「ちっ」

 十夜の舌うちが閖姫の耳に入る。
 先手必勝だったのだろうが、閖姫にその手は通じない。今度は自分の番だ、と言わんばかりに閖姫が踏み込む。距離を刹那にして詰められる。振るわれる刀を、柄で十夜は受け止める。上段から押される力に、十夜は両手で槍を持ち、地に足を踏ん張ることで持ちこたえる。そればかりか、力で上から押さえつけるという有利な状況を覆した。閖姫は跳躍して後方に着地する。じりじり、とお互いに移動しながら距離を詰める。
 十夜が先に踏み込んだ。それを閖姫が刀でなぎ払う。なぎ払われれば、槍と刀では刀の方がリーチは短い。小回りが利く、というほどの短さではないが、それでも十夜の身の丈より長い槍と比べれば刀の長さはその半分程度だ。
 故に――槍と比べて小回りが利く。一撃を交わした閖姫が有利な立場に転じる。槍の軌道が元に戻る前に閖姫が刀を振るうが、それを未だ歩先が戻っていないが故に柄で十夜は防御する。
 刀と槍が衝突しあう。何度も繰り返しの攻防が続く。攻撃に転じては防御され、防御しては攻撃に転じる。
 火花が散るのではと思えるほどの衝突が何度も続く。そして――幾度目かの攻防の果てに、勝敗はついた。
 槍が弾き飛び、地面に転がる。閖姫の刀は相手の首筋に充てられていた。

「参った。くっそ! 一体いつになったら閖姫に勝てんだよ」

 忌々しそうに十夜ははきすてる。

「俺だって負ける気は毛頭ないんだからさ」
「ちっ」

 組み手は閖姫の勝利で幕を下ろした。ふと、周囲を見ると組み手をしていた人たちが揃いもそろって閖姫と十夜の勝負を見物していた。
 ――何時の間に。
 と思って記憶を手繰り寄せようとするが、それは意味のないことだった。十夜と組み手をしている時、閖姫によそを見る余裕はないし逆もまたしかり。
 閖姫が実技能力のトップであるのならば、十夜はgUだ。アルシェイル学園において、二人程実技に特化している人間はいない。例え一つ上の学年だとしてもしかり。
 だから、閖姫は『覇王』の呼び名を有するのだ。
 程なくして終了を知らせる音が鳴り響いた。思ったより十夜と組み手をしていたんだな、と閖姫は額から流れる汗を拭きながら思う。

「次は負けないからな!」
「自由組み合わせだったらな」

 次の授業は選択だ。そして運動能力にたけている閖姫と十夜は二人とも実践実技の授業を選択していた。

「じゃあ、俺は展開術式の授業だから俺は行くわ」

 冬馬が閖姫と十夜に声をかけて、その場を離れた。

「前から思っていたけど、あいつなんで得意科目じゃない展開術式の授業受けてんだ?」

 十夜がボソリと疑問を閖姫へ問いかける。

「あれじゃないか、得意な勉強は勉強するだけ意味がないと思っているんだろ」
「成程。ムカツク」

 十夜は閖姫の言葉に納得した。冬馬の頭脳はこの学園内でも飛びぬけている。故に、得意な科目を受ける必要はないのだろう。学園で習う科目を既にマスターしているのだ。
 ならば、得意でない分野の授業を選択して知識を深めた方がいい、と冬馬は判断したのだ。
 勉強が得意ではない十夜にとってはこの上なく羨ましいことであった。


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