零の旋律 | ナノ

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 カナリアの屋敷を後にした閖姫と冬馬は、学園アルシェイルに戻る抜け道を通っていた。冬馬が先頭を進み、閖姫が続く。だが、突然冬馬の足が止まる。閖姫が何事かと声をかけるよりも早く――冬馬が口を開いた。閖姫へ言葉を繋がせないためのけん制も含まれている。

「何故こんなところで待っているんですか、先生」
「無断外出は禁じられているはずでしたが、私の検討違いでしたかね?」

 無断外出が教師にばれたのだ、と閖姫は冬馬と教師の声から判断した。
 抜け道は狭いトンネルのようになっており、人一人が通るのがやっとの場所だ。
 冬馬が先頭にいる以上後にいる閖姫の姿は死角になっている。薄暗い夜ではなおのこと閖姫の姿は見えないだろう。

「狭い学園に閉じこもってばかりじゃ、息も詰まりますでしょ。たまには一人羽を伸ばしたい時もあるんですよ」
「一人で、ですか?」
「勿論。先生知っていますか? 秘密ってのは共有する人間が多いほど露見しやすいんですよ。俺のせっかくの憩い、他人に教えるわけないでしょう」

 閖姫のことを庇っている冬馬に対して、閖姫は気配を極力消して無言を貫いた。
 暴君が覇王を庇ってくれているのだ、下手に口出しをしてその思いを無駄にすることは出来なかった。

「成程、暴君というわけですか」
「当然。暴君の称号を頂いているのは伊達じゃありませんよ」
「さりとて、規則を破った罰則は受けて頂きますよ」
「仕方ないですね。甘んじて受けますよ。次は――ばれませんよ」
「反省くらいしなさい」

 閖姫は音を立てず、街の方へ下がっていく。冬馬がこの場から出たら閖姫の姿が目撃されやすくなるからだ。
 冬馬が抜け道から学園に戻ってから数時間は念のため学園に戻らなかった。

 朝日が昇りかけている中、学園に無事戻った閖姫は自室へ戻る。すやすやと寝息を立てている。寝返りを打つたびにみつあみにしたローズレッドの髪が揺れる。
 昨日は数時間程度寝ても仕方ないと寝なかったが、数時間でも寝た方がいいと昨日の今日で結論を出した閖姫は僅かな時間でも睡眠を取ることにした。
 冬馬のことは気になるが、しかし自分が出る幕ではない。後で――冬馬に庇ってくれたことに対するお礼を言えばいい、と判断した。


 日差しの入らない暗い地下では、小鳥のさえずりさえ聞こえない。

「全く持って無様ですねぇ」

 聞こえたのは人間の声だ。嘲るような言葉に瞑っていたラピスラズリーの瞳を開ける。
 冬馬の視界には独特の癖があるアイスグリーンの髪が映った。次第に鮮明になった視界で、カーマインからレモンイエローにグラデーションするこの世の瞳とは思えないほどに綺麗で独特な瞳と目が合う。

「第一声はそれかよ。ってかどうしてここに?」

 暴君は問う。
 この部屋は地下にある独房のようなものだ。規則を破ったものが時々反省のために入れられることがある。尤も滅多にない。普通は課題を出されてそれをこなす、というのが一般的だ。
 しかし、頭脳明晰な暴君には此方の方がいいと判断されたのだ。
 課題を出された所で暴君の頭脳では瞬きをしている間に終わってしまう。

「忍び込んだに決まっているじゃありませんか。檻に入れられている哀れな暴君が、どんな醜態を晒しているのか見たくなりまして」

 アイスグリーン髪の少年は――冬馬と同室の人物で、名前は李真(りま)だ。

「何処のサディストだ」
「私はそのようなつもりはありませんが? 至って真面目です」
「そんなわけねぇだろう」
「何時も度って来るのですか?」
「多分、今日の昼ごろだろーな」
「おや、もっと早く戻れるものだと思っていましたよ」
「いやー反省するのは何だか暴君に反している気がして、反省した振りしなかったもんで」
「呆れた暴君ですねぇ、全く。わかりました、では帰還をお待ちしていますよ――冬馬」

 主君に仕えるかのような丁寧な礼をしてから李真は誰の目にもつかずにその場を立ち去った。

「さて、暇だし寝るか」

 反省の色を一向に見せないで暴君は再び眠りについた。
 この様子を教師が目撃していれば、下手に檻の中で睡眠時間を与え、授業を欠席する羽目になる罰を与えなければ良かった、と後悔したことであろう。


 午後の授業が終わるかという頃合い、暴君が閖姫の前に姿を現した。

「冬馬!」
「よ、閖姫問題なかったか」

 暴君は閖姫に近づき耳打ちをする。閖姫は頷いた。冬馬の暴君としての振舞いのお蔭か、閖姫も無断で外出していたことがばれることはなかった。

「それにしても……」
「ん? 俺が暴君だってか?」
「いや、そういう意味じゃないんだけどな、まぁいいや」

 庇ってくれて有難う、そう心の中で閖姫は告げる。冬馬はお礼を求めていないのだ、これ以上その出来事を掘り返す必要もないだろう、だから今度冬馬の好物であるガトーショコラを作ろうと決める。

「次の授業内容なんだっけ」
「……歴史学だろうが」
「あぁ、そうだったか、忘れていたよ」
「相変わらずだなぁ……勉強しなくても頭がいいってのは羨ましいけど」
「勉強しなくていいんじゃなくてさんざん勉強したから習うことがないだけだ」

 嘘偽りではなく、紛れもない事実だった。大貴族の嫡男として、幼少期よりあらゆる英才教育を受けてきたが故に、勉強面に関して冬馬は非常に優秀なのだ。それこそ冬馬と同じレベルに立てるものは数が知れている。
 大貴族の嫡男である“冬馬”の名前は冬馬が本名ではない。アルシェイル学園で名乗る名前は全て偽名だ。
 生徒に関する秘匿性が高く、優秀であればどんな人間――例えば犯罪者だろうが受け入れる学園にとって、名前が障害になってはいけないと入学する際に、学園名で名乗る名前を決めるのだ。
 大貴族トライデュースの嫡男である彼は冬馬を名乗る名前。閖姫も同様だ。
 だから、冬馬は閖姫の素性を知らないし、閖姫も冬馬の素性を知らない。
 尤も親しい間限定で己の本当の名前を教えているものもごく少数ながら存在するし、時折自らの名前を誇示したい生徒が本名を堂々と名乗っている場合もあるが、やはりそれは稀なのだ。
 冬馬は“頭脳”の優秀さで学園アルシェイルに入学し、閖姫は“剣技”の優秀さで入学している。学園において必要なのはそれだけだ。

「同じだろうが、さんざん勉強したって覚えられない奴は覚えられないし、才能でもなきゃ――勉強しまくったってせいぜい秀才どまりだ。天才の域に入るには才能が必要だろう」

 勉強したから習うことがない、という冬馬に対して閖姫は苦笑する。
 例え勉強したところで才能がなければアルシェイル学園に入学することは叶わない。

「まぁ否定はしないけど。そんなことを言ったらそもそもアルシェイルは天才の集まりだろ。プロ顔負けの展開術式を扱えるナヅッちゃんだって、変装術の達人の久遠だって、槍の名人の十夜だってな」
「お前の相棒抜けているぞ、名前が」

 閖姫は苦笑する。名前を上げない所が、『暴君』の二つ名を持つ冬馬らしくて。

「……態々上げる必要がないと俺が判断した、それだけだ」
「そうだな。じゃあほら授業行くぞ。遅刻したら目くじら立てられるぞ」
「そんなこと俺の知ったこっちゃないんだけどなぁ」
「ほらほら」

 閖姫に引っ張られて冬馬は勉強しなくても出来る歴史学の授業を真面目に受ける羽目になった。抜き打ち小テストがあったが、当然のごとく冬馬は全問正解だった。それを見た歴史学が苦手な閖姫に勉強を教えろと言われるのもまた日常だ。
 学園の規則違反を起こした昨日の今日とは思えない日常。
 けれど、彼らにとってそれは普通だ。


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