零の旋律 | ナノ

I grant a wish


 案内された客間へ重厚な扉を開けた先にはスノーホワイトの髪に、カーマインからレモンイエローへグラデーションする瞳持つ、カナリアの父親とは思えないほどしっかりとした体格の男が椅子に座って待っていた。カナリアの姿を見ると、椅子から立ち上がる。だが、カナリアへは近づかなかった。戸惑っている――閖姫と冬馬はそう直感した。

「お帰り、カナリア」
「ただいま……です。あのね、話したいことが、あるの」
「わかった。その前に少しカナリアを送ってくれた“客人”と話がしたいのだが、いいだろうか?」

 客人である閖姫と冬馬へ視線が僅かに映り――そして、やや瞳が見開かれた。同様を隠すためかすぐに視線がカナリアへ戻る。

「うん、わかった」

 カナリアは父親の言葉に素直に従って、外へ出て行った。重厚な扉は音が外に漏れるのを防ぐ役割も担っている。

「客人ねぇ……昨日は殺されかかったんですけど」

 冬馬は苦笑しながら物おじせずに話す。相手は仮にも上流貴族なのに、普段通りの振舞いが出来るのは流石。暴君の名前は伊達じゃないと閖姫は思う。

「それについては詫びよう。しかし――君たちがカナリアの力を口外するというのならば話は別だがな」
「別にしないさ、興味もない」

 とはいえ、暴君の態度を見てか閖姫も普段通りの口調で返答をする。

「あぁ、閖姫に同意だ」
「そうか、それは良かったよ。しかし、アルシェイル学園の生徒がこんなとこをふらついていていいのか? あそこは外出は禁止されているはずだが?」
「構わないさ。あんたが口外しなければいいだけの話だ」
「成程。そうしよう」

 冬馬の言葉にカナリアの父親は素直に頷いた。

「さて、カナリアから話を聞く前に君たちからも話を聞きたいと思ってね。カナリアはどうして家出なんてしたんだ?」
「自由が欲しかったからいっていってたぞ」

 閖姫の言葉に、カナリアの父親は首を傾げる。

「カナリアを守るために閉じ込め、箱庭の中で何不自由のない生活をさせていたんだろうけど、それがカナリアにとっては窮屈だって話だ」

 冬馬が閖姫の言葉を続けた。

「……成程、そういうことでカナリアは」
「あぁ。別に今までの生活をガラッと変える必要はないだろうな。ただ、外の世界を見せてあげればいいだけだ。ピクニックでもして。フェルティースなら不審者が現れても、今は対処出来るだろ」
「そうだな。わかった、カナリアと話をしよう」
「そうだ、カナリアのあの格好は何? 趣味?」

 冬馬の言葉にカナリアの父親は苦笑した。冬馬と閖姫としても聞けるなら聞いておきたい真相だ。
 少年でありながら、フリルがふんだんにあしらわれた白のゴシック調ドレスに身を包み、スノーホワイトの長い髪はツインテール。髪留めにはリボンまであしらえてある。その格好は何処からどう見ても少女のものだ。そして、何よりカナリアは街の人間がカナリアみたいな恰好をしていると本気で思いこんでいた。

「あれはな、カナリアの可愛さに虜にされた使用人たちが着せたものだ。本人は別に気にした様子もないし、まぁいいかと思っていただけだが……」

 父親の言葉に閖姫と冬馬は反応のしようがなかった。さて、と父親は話を切り替える。

「カナリアを話がしたい。閖姫君、だったかな? ちょっとカナリアを迎えにはいってくれないだろうか。恐らくカナリアは自室にいる。場所はメイドでも捕まえて聞いてくれ」
「わかった」

 閖姫は扉の外に出て、廊下を清掃していたメイドにカナリアの部屋を聞いた。

 閖姫がいなくなった所で父親の表情が今までの柔和的な雰囲気から一変した。それはカナリアの父親の顔ではない。貴族の顔だ。冬馬に対して一礼をする。

「さて、一つ問いたいのだが、何故大貴族トライデュース家の御子息がアルシェイル学園などに?」
「……さぁな、それに答えてやる義理はない。それともあれか? あんたは今すぐトライデュース家に連絡を取って、俺のことを話すか?」

 冬馬は腕を組みながら、カナリアの父親を見据える。鋭い眼光は蛇をも丸のみしてしまいそうだ。

「話したらどうするつもりで?」
「潰す」

 言葉通りのことを実行する力強い断言だった。

「話はしませんよ。フェルティース家を潰されたくはないですからね。例えフェルティース家が貴族の中でも上流貴族に分類される立場にあろうとも、第貴族トライデュース家には手も足もでないですよ。ただ、トライデュース家の御子息が何故アルシェイル学園にいるか気になっただけなんで」
「気になられた所で答えはいわないよ。それに、俺は今トライデュース家の御子息として過ごしているわけではない。今はただの“冬馬”だ」
「わかりましたよ」

 ただの“冬馬”と過ごしていようとも潰すと断言した“冬馬”のそれは紛れもなく大貴族トライデュースそのものだと思いながらも言及はしない。言及をすれば――冬馬の存在を外部へ漏らせば“冬馬”は容赦なく不言実行するだろう。
 癖のあるペールブラウンの髪を、しなやかな指先で絡め取るしぐさは優美で、大貴族の血を感じ取る。
 話が一区切りついたところで、カナリアと閖姫が戻ってきた。閖姫の戻ってくるタイミングが良かったのではない。カナリアの父親が予め戻ってくるだろう時間を計算して、その時間内に会話をしていたのだ。

「お、何か話していたのか?」
「あぁ、カナリアのとの出会いを此方側視点でな」

 冬馬は閖姫に対して顔色変えずに嘘をつく。それは、普段から嘘をつきなれていることを証明するかのように、一瞬の戸惑いもなかったし、罪悪感を覚えることもなかった。

「さて、カナリア。閖姫君と冬馬君とは話をした。次はカナリアと話をしよう、カナリアはどうしたい?」
「あのね、僕は……外に出てみたいんだ」
「わかった。今度一緒に街へ出かけよう、それでいいかな?」

 カナリアのことを父親は愛している。無償の愛をそそいできたといっても過言ではない。カナリアがいなくなった時、心中を襲ったのは何故という疑問よりも心配が先だった。カナリアが何処かで殺されたら誘拐されたら――カナリアの存在を知られて利用されたら。心配が不安を呼び起こし、使用人たちに命じてカナリアを何が何でも連れ戻すように命令した。
 だからこそ、カナリアが外を望むのならば、カナリアを守りたいが故に囲うのではなく、外に羽ばたかせてやりたかった。

「ほんと!?」

 カナリアの瞳が年相応に、そして無邪気に輝く。

「嘘はつかないよ。約束だ」
「うん!」
「だから、カナリアは脱走なんてしないで家にいてくれるね?」
「うん、いるよ!」

 カナリアは父親へ飛び付いた。微笑ましい光景を傍目に、閖姫と冬馬はもう自分たちが出る幕はないと扉を開けて外に出る。外に出ると昨日倒した黒服の男の一人がたっていた。記憶が正しければリーダー格の男だ。

「昨日は大変失礼いたしました」
「いや、別に結果として俺たちは生きているからいいけど、それにしても昨日と今日で扱いが随分違うな」

 閖姫は苦笑する。昨日は、カナリアの存在を誰にも知られないように――カナリアを守るためにかかわった人間を消そうとしていた。
 だが、今日は一切刃を向けないどころか、自分たちをこの屋敷へ招き入れたのだ。カナリアが頼んだところで、もし殺せという命令が出たままであるのならば、カナリアだけを誘導してから殺したはずだ。

「カナリア様が自らの足で戻って来てくれるというのでしたら話は変わりますから」
「成程な」
「それに、カナリア様が当主と話をなされるというのでしたら、やはり話は変わってきますので」
「まぁ、なんか円満に纏まったみたいだから構わないけどさ」
「寛容なお言葉感謝いたします」

 一礼をしてから男は去って行った。冬馬と閖姫は外に出ようとした時、カナリアがやってきた。

「閖姫お兄ちゃんに、冬馬お兄ちゃん! 有難う。よかったらまた遊びに来てね! ぼ、僕待っているから!」
「あぁ、また遊びにくるよ」
「だな。じゃ、今日はさようなら」

 彼らは手を振ってカナリアと別れを告げる。
 カナリアが遊びたいと望めば――尤も事前連絡を入れることは叶わないが、突然訪れても嫌な顔一つせずに喜んで出迎えてくれるだろう。
 アルシェイル学園の生徒である以上無断外出は叶わない。けれど、彼らは抜け道を使って無断外出を可能とする。ありのはい出る隙間のないような警備を実現し続けることは難しいのだ。何処かで綻びがあったところで不思議ではない。数多の人間を内側に囲い続けている以上は、外界と接する面がある以上は。



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